第27話 ほどけたのならもう一度

 私は市のホームページを、次いで乗換案内を調べた。

 予想は当たった。今日は移動図書館が柑橘広場に巡回する日だ。私たちのきっかけ。すべての始まり。けりをつけるならここなのだと思う。

 立ち上がると体がふらつく。こんな体たらくではだめだ。

 水を飲んで、アルコール分の分解に努めた。何度もトイレに出たり入ったりをして、2回ほど吐いた。

 急性アルコール中毒になってはいけない。アルコールを抜く作業をしていると、夜が明けていた。死にそうになりながら横たわる。

 眠い。まぶたが重たすぎる。これは、死ぬかもしれない。けれど、二通目のメールが届く。

 すぐにメールをみた。

 ――なんとも言えない。私は肘で体を支えながら起き上がった。音は響くしややめまいはするが、行けないことはない。

 外出できる用意を整えて、インターネットで相模セナに関する記事を残らず集めて、頃合いを見計らって家を出た。メールを見る。内容はやはり変わらない。


引っ越したこともあり、移動図書館に行かなくなってすでに何年も経っている。だけどきっと場所は変わっていない。私たちの思い出の場所は柑橘広場だ。

念のため、市のホームページを調べた。図書館の利用率が高いということをPRするポップを横目に、図書館のタブをクリックする。ーー予想通り。今日は移動図書館が柑橘広場に巡回する日だ。

 立ち上がると体がふらつく。目も回る。こんな体たらくではだめだ。

 私は水を飲んで、アルコール分の分解に努めた。何度もトイレに出たり入ったりをして、二回ほど吐いた。

 胃液を垂らしながらトイレットペーパーを破る。急性アルコール中毒になってはいけない。動けなくなったら困る。

いつの間にか夜が明けていた。吐き続けで死にそうになりながら横たわる。実際死ぬかもしれない。それは私が望んだことだから、本来は喜ぶべきことだ。

 そんなときに限って二通目のメールが届く。なんだろう、私がこんな状態だってことをどこかで見ているんだろうか。

 

 ドーナツ屋さんで佐井くんが笑っていた。昔私が移動図書館を使い始めたころ、誰かに図書カードを拾ってもらった話をしていた。どうも拾ったのが佐井くんだったようで、初対面は中学じゃなかったんだね、という話になっていた。

 あるいは、好感を持てるキャラクターの話。刹那的でひょうひょうとしている感じの男性キャラクターがわりと好きだというと、現実でもそんなやつがタイプなのかと半ば心配された。

 私のほうばかり話していたっけ。

「羽瀬川さんは好きな人とかいないの?」

「いないよ?いきなりどうしたの?」

「女子の恋愛感情は女の子の実体験を聞いたほうが物語に落とし込めると思って」

 そんなふうなことを言っていて、協力したくてもできないことを謝った。

気にしていない風だった。確かそのあと私も聞いたのだ。

「佐井くんは?」

 ――なんとも言えない。夢みたいな、記憶を都合のいいように書き換えたみたいな感じ。

いつのまにか既読マークのついていたメールを見る。内容はやはり変わらなかった。

 

 ベンチシート型の座席の端に座り、壁に寄りかかりながら目的地へと向かっていた。悪くはないがよくもない、動きやすさを重視した服装だ。かばんには水を何本か突っ込み、途中で停車するたびに水を飲んだ。思い出すのは昔のことばかりだ。

 佐井くんのお姉さんは、投稿サイトを皮切りに、中学生のときから同人活動を行っていた。平凡なペンネームだったけれど、確かな作品力で固定ファンも多かった。ただそれも、相模セナが注目されたことで、お姉さんの情報がネットに流出するまでの話だ。

 お姉さんの本名は、控えめにいってもかなり特徴的だった。同人活動を周りに伏せて行っていたけれど、本名までばれたらすぐに情報は行き渡る。その影響で勤めていた会社を辞めた。作家名義のアカウントや、投稿サイトは全て閉じた。今ではすっぱり足を洗って、遠方で家庭を築いている。

インタビューで答えていた、イベントから離れざるを得なくなった二人のうちの一人は佐井くんのお姉さんのことだ。

 私は私で佐井くんのおまけのように感じただけではない。瀬川みなせでばれるのなら、名前を変えて活動しようとしたこともあった。ただ、オークションで「モノクロランプ」の切り抜きが、私の作品をそぎ落としたものが売られているのをみて、なにかが折れてしまった。

 もう、つくれない。必要とされていない。必要とされていなくても書こうと思える強さが私にはなかった。

 私は物語を書かなくなったし、イベントにも行かなくなった。相模セナの本を読んで、かなわないと思うことで才能の差だと自分を言い聞かせた。

 どうしようもなく悲しくて苦しくて。しんどかった。

 書きたいのに書けない。私じゃなく、佐井くんが書き手だったら、もっと多くの人に受け入れられるような話になるのに。私の手で書かれたばっかりに、ごめん。物語に何度も謝った。

 好きなのに嫌いなの。まぶしすぎて目が痛い。

優しくされたら、自分の醜さが浮き彫りになって、どうしても手を取れなかった。

 こんな自分を見ないでよって。そして離れた。たくさん助けてくれたのに。手をさしのべてくれたのに。

 でも本当は。

 書きたい。読んだよって、伝えたい。誰か一人でも読んでくれるなら、私はその人のために書きたい。 

 私は佐井たすくに会いたい。だから、電車に乗って、昔住んでいた町へ向かっている。

私がただ嘆いている間、きっと見えないところで努力していたね。

 車窓の景色はどんどん見覚えのあるものになってきて懐かしい。本を見た風景が昨日のことのようだ。

佐井くんの物語は、全部素敵だから。手に取れなかった時期もあった。だけどずっと追いかけていた。

比べて私なんてと思った。隣にいるのは似合わないと思った。ふさわしくないと思った。

けれど、止まり続けていたからだ。

私は、佐井くんに見合う私になればよかっただけだ。

 柑橘広場まであと少し。あのときみたいにまた笑えるだろうか。イベントでの一件以来、時間は止まってしまっている。それはひとえに私の怠慢だ。歩み寄ろうとしなかったのは私だから。まだ間に合うなら精算したい。時計の針を進めたい。ただ、会いたいだけだ。

会って話したい。こんな感情を今までどこに隠していたのかというくらい。私は自分を隠して生きてきた。

 はやる鼓動を抑えてホームに降り立つ。

 救急車の音がけたたましく鳴っている。それ自体は珍しいことじゃない。ただ、なんとなく鼓動が遅くなる。

 ――スマートフォンが震えた。ニュースの号外だ。

 逃走中のとある犯罪集団と、それを追ったパトカーのカーチェイス。

 終着点は、人が集まる場所へ突っ込んだ死亡事故。場所は柑橘広場だった。

 死傷者の中には、相模セナも含まれた。

 足がもつれた、アスファルトのざらついた感覚が着衣越しに伝わる。

 たっていられない。アルコール?それとも。

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