第7話

 暫し、静寂がその場を包んだ。アンドロイドの言葉が何を意味するのか? 誰もがはっきりとわからなくて、ただ何となく、不安な気持ちにさせられる。だが、黙っていると、そのままアンドロイドは装置へ向かおうと背を向けかけたので、一人の女性が思いきって質問を口にする。


「あのぅ……自分で、ってどうやってですか? 手順を説明して頂かないと、私たち、前の記憶がないのでわからないんですよ」


 皆が固唾を呑んで待ったアンドロイドの答えは、想定外のものだった。


「私にはわかりません」


「は? では誰が説明してくれるんですか?」


「説明の役割は特に誰にも与えられていません。ご自分でお考え下さい」


「考えるって言ったって……わからなかったらどうなるの?!」


 わからなかったら? 私たちは先程のアンドロイドの言葉を反芻した。電気刺激で意識を奪われた後、この身体は処置により分解され、再利用されるのだ。もしも、その時にまだ、新しい肉体へ移行しきれていなかったら……? 生きたまま、今の「私」のまま、身体を分解されてしまう。肉の主な部分はフードにされる。骨も、髪も、爪も……生きたまま、それらは分別され、あのチューブに吸い込まれて、バラバラにどこかへ運ばれていくのだ。それは、「死」というものではないのだろうか? 昔の人間がひとつの生の終わりに行き着いたという死。無。意識のない中で、その「死」はいつの瞬間に訪れるのだろう? 頭蓋から脳髄が取り外され、食用として処理される瞬間? それとも、もっと前だろうか……?


 ぼんやりと、そんな事を考えていた。心が麻痺してしまっていた。私たちは、新しく生まれ変わる為にここに来たのだ。昔の人間みたいに「死ぬ」為な訳がない。昔の人間みたいに「死ぬ」訳がない。私たちは、人類管理機構に守られた、特別な存在なんだから……。


 だが、周囲ではちょっとしたパニックが起こっていた。


「そんな! 教えてもらわないと困ります! 新しい肉体は既に用意してあるんでしょう? ちゃんとやり方を教えてください!」


「もしうまく出来ないと、私たちどうなっちゃうの?! この肉体のままなんていやよ!」


「ちゃんと俺たちが移行しないと、新しい肉体が無駄になってしまうだろ?」


 口々に訴えかける声の、最後の男性の言葉に、アンドロイドは反応した。


「新しい肉体は、その時が来ればちゃんと活動を始めます。その、活動開始を以て、皆様方の肉体の移行が完了した、と見なすのです。過去、この移行が失敗に終わった事はありませんので、ご心配なさらずとも結構です。現在地下には、五百体の新しい肉体が人工授精によって製造され、保管されています。ここに今いらっしゃる五百名の方々の劣化体の処理が手順通りに済めば、新しい肉体は睡眠槽から取り出されます」


「新しい肉体のどれが私なのか、どうやってセンターは判別するの?」


 この女性の言葉に、アンドロイドは冷たく答えた。


「判別の必要はありません。新しい肉体には新しい人類番号が付与されます」


 冷たい水で打たれたかのごとく、私たちは言葉を発せなくなっていた。さっきから、意識のどこかで恐れていたこと、そんな訳がないと思い込もうとした事。そう、新しい肉体に宿るのは私たちじゃない。私たちはこの身体と共に抹消されてしまう。新しい肉体に宿るのは、新しい別の誰かなのだ。その事実が、はっきりと、絶望的に、じわじわと心の中にしみ込んできた。


「センターは、私たちを守ってくれるものじゃなかった……」


 私は思わず呟いた。アンドロイドは私を見た。


「『私』とはなんでしょうか。人類管理機構は、人類の安全保護管理を一括して行う、人類存続の為の機構でございます。人類管理機構は、製造した人類を管理し、常に安定して一千万人に保っておく為の機構でございます。初期からそう定められています。この安全で清潔なドームの中で、常に人類が幸福に暮らせるように管理する事が使命なのです。人類番号を剥奪された皆様は、我々が保護する対象から外れており、肉体処理を受ける事で都市に還元されるのです。ご不満などない筈です」


「人類であれば、人類の数が合っていれば、それでいい、ということ?」


「そうです、永遠にそうやって人類管理機構は人類を管理し、守ってゆきます」


 アンドロイドはそう言うと、近くにいた40代と思われる男性の腕を掴んだ。


「では、装置へどうぞ。元WA-Cx89-a1456-y7835の劣化体の方」


 男性はひいっと声にならない呻きを洩らした。


「た、たすけてくれ。フードになるのは嫌だ!」


「反論は許されません。電極をつながないと、苦痛が訪れます」


 そう言うと、女性型アンドロイドは軽々と、自分より大柄な男性を持ち上げ、有無を言わさず箱へ押し込んだ。人々の間から悲鳴がいくつも上がった。


「待って!」


 私は思わず、何とか救いを得られないかとアンドロイドの注意をひこうと声を上げる。


「これ以上の質問は受け付けません」


「もう一つ教えて! さっき言ってた、危険因子、消去ってなに?」


「元WA-Oh76-k3692-y5271、あなたのような思考を持つ個体の事です。パターンから外れそうな危険を持っている。そういう個体は、脳髄はフードにせずに廃棄処分にします。それだけの事です」


 そう言うと、アンドロイドはがちゃり、と箱の蓋を閉めた。


「5秒以内に電極を繋いで下さい。5秒後に処理を開始します」


「ま、待ってくれ、どこにあるんだ、ちょっと……!」


 アンドロイドは無情に、きっかり5秒後に箱のボタンを押した。まだ電極をつなげられていなかったと思われる男性の絶叫は、そこにいた全員の脳裏に焼き付き、消える事はなかった。

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