第8話
男性の断末魔が聞こえなくなると、後はただ機械が作動する音が無慈悲に鳴り響いているばかりだった。誰も一言も発しなかった……発せなかった。これが、事実。もう間もなく、私たちは皆、あの男性のように生きたままバラバラに分解されてしまうのだ。センターに招集された者たちは全てこの末路を迎えてきたのだ。ずっと、ずっと昔にこの都市が造られた時から。どうしてだろう? 最初にセンターを設立した人達も、フードになったのだろうか?
「さあ、きちんと並んで下さい。一時間後には全ての処理が終了する予定になっています」
アンドロイドの口調にはなんの動揺も感じられない。彼女らにとっては、これはただの作業に過ぎないのだ。アンドロイドは進み出て、固まったまま動けないでいる若い女性の腕を掴んだ。
「い……いやあーーーっ!! 離して! 離して!」
裸の女性は急に泣き叫んでアンドロイドの手を引き剥がそうとする。恐怖……そんな感情は私たちから取り除かれていた筈なのに、確かにいま、私たちは初めてその感情を体験していた。不要な感情を司る脳の部位を全て完全に除去する事は不可能らしいが、生後に受けた処置でこれまでは殆ど問題なく制御出来ていた。それが、この極限状態に来て、コントロール出来なくなってきたのだろうか。
(怖い……怖い……)
アリカもこんな気持ちを味わったのだろうか。でも、もうどうしようもない。受け入れるしかない。せめて苦痛を味わわないように電極を繋げて……。そう思っても、怖くて膝ががくがく震える。その時だった。また、さっきの声が頭の中に響いてきた。
『死にたくないのか? だったらどうする?』
どうするって……? どうすればいいの?
「逃げなきゃ……」
殆ど無意識に言葉が口から出た。周囲の人々が、信じられない、という顔で私を振り返った。
「逃げる……ってなに?」
「どこへ? 入り口は塞がれてる」
「センターから逃げられる訳がない。逃げたって行くところもない」
「センターが決めた事から外れられる訳がないだろう……」
「そうよ、私たちはセンターに作られたんだから」
人々が口々に言う。だが、私は何かに突き動かされたように、
「本当にそれでいいの?!」
と叫んだ。
「たとえセンターに貰った命でも、これは私たち自身の命でしょ?!」
どうしてこんな言葉が私の口から出て来るのか、自分でも解らなかった。だが私は必死で皆に向かって言った。
「諦めない! 死にたくない! 逃げよう!」
だけど……人々の反応は鈍かった。
「無理だ。これは決められていたことなんだから」
「センターの決定は絶対だ」
私は唇を噛む。五百人で攻撃すれば、アンドロイドを倒せるかも知れないのに。
一方で、混乱してもいた。考えた事もないような思考が、言葉が次々に自分の中から生まれてくる。これはいったい、なぜなんだろう? だが、深く理由を探っている暇はない。期待した人々の代わりに、私の言葉に反応したのはアンドロイドの方だった。アンドロイドは捕まえた女性を放し、私に向き直った。
「元 WA-Oh76-k3692-y5271! A級危険思想! あなたの処理を急ぎます。電極の使用は許可しません。懲罰です。あなたの肉体は全て分解処理後に廃棄します!」
「い……いや!」
私は後ずさった。余計な事を言わなけりゃよかったのに、と誰かが呆れたように呟いた。私は必死で元来た方へと逃げ出した。人の列をかき分けて、震える脚に動け動けと命じながら。入ってきた扉は既に閉ざされ、どこにあったのかもわからない。人々は私の邪魔はしなかったが助けてもくれない。壁のところに辿り着いたが、凹凸のない黒く光る壁のどこに、入ってきた扉があったのか、まるで解らない。狂ったように壁を叩く私の肩を、背後から足音も立てずに追いかけてきたアンドロイドがぐっと掴んだ。
「いやぁっ! 離して!」
私はどこかに隠れたスイッチがないかと平手で壁を力一杯叩き続けたが、アンドロイドは、
「時間の無駄です」
と非情に私の肩をぐいと引っ張った。
「痛いっ!!」
鈍い音がする。激痛が走る。右肩が外れた、と感じた。
「痛い! 痛い! 痛い!」
今まで、こんな痛みを感じた事なんてなかった。センターに守られていた私たちは、怪我とも病気とも無縁だった。しかしアンドロイドは無表情のまま、泣き続ける私の右肩を掴んだまま、私をゴミか何かのように引きずってゆく。
「やめて、おねがい、痛い! 自分で歩くからっ!」
そんな私の懇願も全て無視し、アンドロイドは黙って道を開ける人々の真ん中を通り、私を装置の前まで引きずって戻った。私の反抗はいったいなんだったのか? 何故、逃げようなんて思ってしまったのか……。アンドロイドはボタンを押して装置の蓋を開け、私の身体を軽々と持ち上げる。装置の中は液体で満たされ、何十もの突起が内部に向かって突きだしている。それから、ぞっとするような鋭い刃。そして、幾つかの大きな穴は、そのまま外側の吸引パイプに直結しているようだった。頭部を置くらしき所に、電極のようなものが確かに二本下がっている。しかしアンドロイドは素早くそれを引き抜いた。それ以上詳しく観察する勇気も時間も、私にはなかった。
(苦痛の時間はせいぜい数十秒……)
さっきの男性の声が途切れるまでの時間を私は考えた。
(みんなが通った道なんだから我慢できる……)
そう思おうとした。だけど。
(だめ! いやだ! こんな死に方したくない!)
涙が溢れ、私は皆が見守る前で失禁していた。
『諦めるな!』
また声が聞こえた気がした。だけど、もうどうしたらいいか解らない。ただ、無我夢中で、かろうじて動かせる左手を思いっきり振り回したのが精一杯の抵抗だった。
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