第17話

 私たちの都市は、荒廃した地球上に残されたたったひとつの人類が生きていける場所であり、死の世界である外とは隔絶された素晴らしいユートピアである。……そう教えられて来たのに、実は都市は他にもたくさんあったのだ、という言葉をすぐに受け入れる事はなかなか難しかった。だが、村長の話を疑う理由はない。彼らに私たちを騙す益などある訳もないからだ。私は彼らを100%信用するつもりになっていた。昨日と今日、私が物心ついて以来信じてきた事は全てひっくり返された。本当は、だからもう全て何も信用しない、と逃げてしまいたい。だけれど、それでは結局生き延びる事は出来ない。この見知らぬ世界で、彼らの話に耳を貸さず、彼らの助けなしで生きるのは不可能だ。折角助けられた命……生きる為に、私は彼らを信じる。


「きみは、強いね、リナ。全てを覆されて、全てを失って、それでも折れずに生きていこうという意志がある。とても……難しいことだ。我々は以前にも、他の都市からの逃亡者を救った事があるが、その人は結局、それまで生まれ育った世界から自分が訣別した事を受け入れられずに自殺してしまった」


「あの……さっきからちょっと疑問に思ってたんですが」


 私の言葉に村長は頷いた。


「まるできみの考えている事が解っているように会話の先回りをしている……そう感じたんだろう?」


 その通りだ。村長は苦笑いをして、


「済まない。まだきみたちが本当に、我々のコミュニティに馴染めるかどうかが判断出来ないので……万が一、誰かが暴走して我々を傷つけようという考えを起こした時に備えて、君たちの思考は現在私が逐一トレースしている。先に言っておくべきだっただろうが、きみたちが無用な敵意を持ってしまってはいけないと案じてね……。勿論、きみたちが我々の仲間になれば、一切こんな事はしないと約束する。我々は……」


「ちょっと待って下さい。思考をトレース……って一体なんの事です?」


 ケンが口を挟む。


「我々は、言葉にされなくとも、相手の心を読む能力を持っている、という事だよ」


 村長は静かに応えた。


「先程も言ったように、生き残ったドーム都市はそれぞれ独自の道を歩んだ。我々の祖先は、早い段階でドーム都市を捨てた。残存放射能で多くは倒れたが、一部の者は生き残り、世代を重ねてゆくうちに、新たな力を得たのだよ。科学文明を捨てた代わりに、我々は、身を護る為の『思念波』を得たのだ。思念波を使えば、相手の心を読む事が出来るし、他にも、文明を捨てた穴を補い得る様々な事が出来るのだ。ケン、きみは四人の中で一番年長で、その分、都市での暮らしが長かった。だから、ここでの新しい暮らしに適応できるのか、最初は少し不安に思っていた。だけど、きみの感情指数はリナに次いで安定している。彼女に付いて都市を逃げ出す、という途方もない提案を受け入れる事が出来たのだから、やはりきみにも特別な適応力が備わっているという事だろう」


「相手の心を読む……」


 ケンは驚いたように絶句してしまったが、私は薄々、そんな事ではないかと思っていた。センターにいた時から、何度も私に語りかけ、助けてくれた声……あの声はこの人のものだった。私の心が解っていなければ、あんなに的確なメッセージを送れる筈がない。


「都市の外壁は、放射能だけでなく、あらゆる外部からの力を防御する性能を持っていた。我々の思念波も、例外ではない。先史時代の最終戦争の頃、そうした思念波を武器とする開発も行われていたという伝承もあるので、それに対する備えだろう。きみに呼びかけるのは容易い事ではなかった。もし簡単な事だったなら、もっと早くにそうしていた……センターで無惨に殺されていったあらゆる人に向けて」


「でも……じゃあなぜ私には通じたんですか?」


「我々は長い時間をかけて準備をしたのだ。目の前に聳えるドームの中で、無意味な虐殺が行われているというのに、何も救えないのはもどかしい……しかし、原始的と言っていいくらいの文明しか持たない我々には、武力で壁に挑む事は不可能だ。だが、我々には、科学文明とは違う武器がある。それが思念波だ。水滴が何十年もかけて岩を穿つように、我々は当番を置いて、少しずつ壁へダメージを与え続けた」


「……なぜ、そこまでして私たちを助けてくれたの?」


「さっき私は、生き残った都市はそれぞれの道を歩む事になった、と言っただろう。きみたちの都市は、わたしたちから見れば、最も悪い道を辿ってしまったコロニーのひとつだ。都市の時間は、最終戦争終結時で止まってしまっている。外では数千年の時間が流れたというのに、センターは、数千年前の極限状態の頃と同じ態勢で動いているんだ。外は放射能の嵐が渦巻く、人の生きられない世界で、ドーム都市内の資源は限られている……そんな極限状態だ。我々は他人の思念を感じ取れる代わりに、他人の痛みも感じやすい。都市の人が哀れだ、という気持ちは勿論大きいが、それだけではない。センターに裏切られたと知った人々の放つ断末魔……それが放たれる日は、いくら耳を塞いでも、我々にはそれが聞こえて来るのだよ……それは、我々の苦しみともなってきた」


 村長は嘘は言わないのだ、と私は感じた。綺麗事だけではない。あの都市の放つ汚泥のような苦痛は、都市の外にまで影響を与え続けてきたのだ。


「極限状態……俺たちは、今もそうなんだと、ずっと教えられてきました。それなのに、何不自由なく豊かな暮らしを送れるのは、全てセンターが人類をきちんと管理してくれているからだと」


 ローリーが俯きがちに言う。村長は気の毒そうな視線を彼に送ると、そのまま話を続けた。


「最終戦争後、きみたちの都市の責任者たちは恐らく悩んだ筈だ。彼らは、ドーム内に逃げ込んだ一千万人を生かさなければならない。勿論当分は耐え得るだけの備蓄はあっただろう。だが、外が安全になるのがいつの事なのか……恐らく、実際にことが起こってみて、かれらは自分たちの予測が甘かったという事に気付いたのだと思う。いずれ備蓄は枯渇し、エネルギーも食料もなくなってしまう……。そこで、滅亡を回避する為に、彼らが創造したのが、人類管理機構なのだ」


「滅亡を回避する為に?」


 私たち四人はほぼ同時に呟いていた。『センターはわざと騙していた訳ではない』という先程の村長の言葉が耳に甦る。集まっている村人たちからは何の声も洩れない。たまに咳が聞こえるくらいで、こんなに多くの人がいるのに、驚くほど辺りはしんとなって、村長の話に皆が耳を傾けていた。


「閉鎖空間の中でも無限に生み出せる可能性のあるもの……それはなんだと思う?」


 穏やかな村長の声が、篝火に照らされた闇の中から響いてくる。


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