第18話
「……わかりません」
私は正直に答えた。閉鎖空間の中でも無限に生み出せる……? まるで謎かけのようだ。村長は一呼吸置いて、聞いている皆に衝撃を与える言葉を口にした。
「それは、人間だ。言い換えるなら、人間の肉体だ。人工授精のシステムを自動化すれば――勿論、そこには倫理観だとかいうような旧時代の『ゆとり』はない――人体は機械的に創り出す事が出来る。一人の女性が産まれる時、その身体は約200万の原始卵胞を持っているのだから。どの成長段階で、きみたちの肉体から卵巣が摘出されるのかはわからないが、彼らは、そうやって創りだした人体からエネルギー源を搾取し、肉の部分は食料に変換する……そういうシステムを作り出したのだ」
「そんな。 そんな事が……」
「詳しい技術については私にも勿論理解できない。だが人体は、炭素、酸素、水素、カルシウム……様々な元素の集合体であり、栄養分さえあれば、勝手に育っていく。かれら最高責任者たちの中の科学者は、ひとつの人体を、数十倍、或いは数千倍のエネルギーに変える方法を発明したのだ。ただただ、人類の存続を……子孫の幸福を願って、かれらは己の肉体を、そして市民の肉体を投げ出したのだと思う。人類の存続の為に人体を培養しているようなものだ。その人体に付随する人格、感情などは、人類の存続という目的の前には余計なものであると認識し、生存して都市に貢献する事に不必要なものとして極力除去したかった。だが、そうは言っても、全ての人間をロボットのようにしては、何の為に人類を存続させるのかという目的が曖昧になってしまう。だから、エネルギー源として使用する為の、生命維持以外に必要ない器官を全て取り払われた自我を持たない肉体とは別に、出生時に、幸福感を持って生きる事に不要な感情を司る大脳の部分を摘出され、センターに従順であり、様々な娯楽を享受して楽しむ感情は残された、きみたちのような人間が生み出された……出生時にきみらは振るいにかけられて残ったのだ。それでも、きみらのその肉体を無駄には出来ない。人生を楽しんだ後に来る死……人体の分解……。その執行にあたって、不公平があってはならないし、恐怖や憐憫によってシステムが乱される事も許されない。だから……かれらは、アンドロイドにそれを託したのだ。感情がなく寿命も長いアンドロイドならば、プログラムを、外が安全になる日までずっと、守り通してくれるだろう……かれらはそう考えたに違いない」
「だけど、もう外はとっくに安全なのになぜ?」
「恐らく、長い年月の間に、システムロックがかかってしまったのだと思う。外の状態など調べもせずに、アンドロイド達が完全に機能停止するまで、あれは続くのかも知れない……」
「村長さん」
私はさっきから疑問に思っていた事を口にした。
「なんで……文明を捨てたあなたがたが、そんな事を知っているんですか?」
「文明を捨てたと言っても、知識そのものまでをも捨てた訳ではない。それでは、またいずれのうちにか先人と同じ道を辿る愚を犯す危険がある。だから、歴史的な知識だけは、代々長に受け継がれているのだ。先史時代の膨大な資料が詰まったパソコンをわたしは扱う事が出来る。そこからきみたちの都市に関する知識を得、悲惨な境遇に喘ぐきみたちを救う為、時間をかけて少しずつ、壁の綻びを探し、思念波を送り込んできた。そして、初めてその呼びかけに反応してくれたのがきみだった、という訳だ」
「私が……」
「そう。さすがに今では、壁自体も、アンドロイドも経年劣化している。定められた役目以外を計算してこなす能力もない。イレギュラーが起こった時、かれらは完全な対応ができないのだ。構造自体も劣化しているから、少し思念波の力を貸すだけで、きみたちの力でもお飾りであるアンドロイドの頭部を破壊したり、体当たりして内壁を壊したり、といった芸当も出来た、という訳なのだ」
そう言って村長は私の頭に手を伸ばした。他人のそんな仕草に慣れていなかった私は、思わずびくりとしたが、村長はただ、私の頭を撫でただけだった。その目は微かに月光を反射し、潤んでいるようだった。
「呼びかけに応えてくれてありがとう……。きみたちを救い得た事は、我々にとっても、誇りとなる出来事なのだよ」
その手はとても温かかった。私はようやく、ああ、本当に救われ、人間になれたのだ……とこの時にはっきりと感じた。快楽を与えられて使い捨てられる人体から、心を持った誰かにありがとうと言われる人間に。
「私はただ、必死に逃げただけ。ありがとうなんて私たちの方こそ、何度言っても言い足りません……」
俯いた私の目から涙が零れる。他の三人も口々に改めて謝意を述べた。
「きみ達は、感情を抑制される処置を受けていながらも、色々な事を感じ取る素養があったのだよ。センターの機能が少しずつ劣化してきている現状、処置が完全ではなかったのかも知れない。だけど、それよりも、わたしはこう思いたい……結局、先史時代の人間が、人類存続の為に足掻き、良かれと思い捨て去ったもの……『自由』そして『感情』。これこそが人間を人間たらしめるものだったのだと。市民を少しずつあるべき姿に戻そうとする大いなる力がときの流れと共に働き、今日の日が来たのだと」
村長の穏やかだがよく響く声は、聞いている者全ての心に浸透していくようだった。
「思念波を含め、全ては諸刃の剣でもある。しかし、先史時代の過ちを繰り返さない為に必要な事を……助け合い、思い合うという事を、この、手を取り合って苦難を越えて壁の外へやって来た四人が見せてくれた。リナ一人を逃がす為に、三人は犠牲になろうとした。都市の人間の精神パターンとは完全にかけ離れた行為だった。遙か昔に犯した人類の過ちは、大変な犠牲の上に洗い流されて、最早繰り返される事はないとわたしは信じる……」
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