第3話

 私は28歳になった。昇進して、ある程度大きな仕事も任されるようになった。アリカは去年いなくなった。


『センターから通知が来た。今までありがとうね。またどこかで会えたらいいね』


 清浄化処置を受けて新たな人類番号を得て6歳になればアリカはまた都市で暮らす事になる。でも勿論今の記憶はないから、会えたとしてもお互いに判る事はない。だけどそれでいい。もしもどこかで会えたら、また自然に仲良くなるかも知れない。あと6年、私が今のままでいるかどうかはわからないけれど。アリカが都市に戻る頃には、私はもっと小さな子供になってセンターで育てられているかも知れない。


 こうやって、閉じた輪の中で私たちは永遠に巡り、生きてゆける。素晴らしい事だと思う。


『きっとまた会えるよ。でも寂しくなるなあ。まあ、行ってらっしゃい。今までありがとう』


 こうやって私とアリカは別れた。こんな別れはごくありふれたものだ。


 アリカがいなくなって2~3日は、一緒に食事をする相手がいなくて少し寂しい気がしたが、同じようにつるんでいた相手がいなくなった隣の部署の娘とすぐに仲良くなって、一週間もしないうちにアリカの思い出は遠いものになっていった。


 新しい友達はルリという。種C、黒い髪と肌。ひとつ年下でスタイル抜群の美女、常に男性から声がかかり、私は約束をすっぽかされる事も珍しくない。ひとりの時は大抵、ミックの店で夕食を摂った。




 ある日ふと、休日に一人で出かけた。用がないのに一人で出かける事は、普通は滅多にしないものだ。私もそれまでそうだった。何しろ、自分の『個室』は自分にとって最高に居心地がいい。映画、音楽、読書は勿論、仮想空間でのスポーツも出来る。その他、あらゆる娯楽。個人の嗜好と要求に合わせ、管理機構が提供してくれるのだ。誰かと一緒に遊びたい時には公共の娯楽場もあるが、この日は誰とも約束はなかった。


 私は車に乗り、都市の端の方へ向かった。都市の端と言えば勿論都市を覆い外界から護ってくれるドームの壁という事になるが、そこまで市民が近づく事は禁じられている。居住区の最端は壁からかなり距離があり、高い隔壁が設けられている。その向こうがどうなっているのかは誰も知らない。なぜそっちに向かったのか、自分でも判らなかった。ただ何となく、出来るだけ近くで壁を見てみたいと思ったのだ。初めての思いつきだった。パターンから外れた行動をとるのはあまり良い事ではないと知ってはいたが、禁じられている訳でもない。乏しい感情では、この衝動の理由を突き詰めてみようとまでは思い至らない。ただ、何となく行きたいと思っただけだ。


 隔壁の近くまで来た。この辺りに住む人たちの為に公園があり、その傍の駐車場に私は車を停めた。この辺の人にとっては、隔壁も壁も珍しくもなんともないものだろう。だが私は、学生時代に資料で見た事しかなかった。


 人々が何となく私を見ている。テリトリーの外から来た人間が珍しいのだ。私は恥ずかしくなる。どうしてこんな無意味な事をしようと思ったのだろう? 秩序正しい生活とはいえない。


 それでも、折角来たのだからと思い、私は許可されたラインのフェンスまで行ってみる事にした。隔壁の手前、ドームの壁を一番近くで見られる場所。壁は灰色の硬質な何かで出来ていて、見ても面白くもなんともない。でも大事なもの。私たちを外界から護ってくれる源。見ていると涙が出てきた。悲しくもないのにどうしてだろうか? 今日の私は何かおかしい。


(あれ……何かな?)


 ドームの壁の近くを、ふわふわと何かが飛んでいる。余程壁を凝視していない限り見逃してしまっていただろう。小さくて黄色くて紙みたいな……。


もっとよく見たいと身を乗り出した時だった。どこかから細い光線が走った。あっという間に、黄色い何かは跡形もなく消え去っていた。


何だったのだろう、今のは? 周囲を見ても、気づいた人はいないようだった。何か、本か資料で見た事がある気がする、黄色い飛ぶもの……。


 周りの人が、挙動不審なわたしをじろじろ見ている。目的の壁も見たので、わたしは早々に帰る事にした。帰って、資料を調べてみよう。




 帰宅したら、通知が届いていた。センターへの出頭命令。明日、わたしは清浄化される。

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