第15話

 私は訳がわからず、何一つ理解出来なかった。


「うそ。壁の外にこんなものがあるなんて。こんな……綺麗な世界がある……なんて? うそよ! 信じられない! じゃあ何もかもでたらめだったの? 私たちの生まれ育った都市は……私たちの教えられたことは……みんな嘘だって言うの?! 壁の外では人は生きられない。だから守られてた。植物? 太陽? そんなものがある訳ない!」


 混乱した私の叫びに年配の男性は優しく声をかける。


「当然の疑問だ。だがリナ、きみはそう叫びながらも、もうこの現実を受け入れ始めている。都市が市民を騙していた事を既に知っているのだから。だが、説明は後でゆっくりしよう。今は、きみの仲間を助ける事が大事なのではないかね?」


「! そうだ、まだ生きてるの? ローリーは、あの三人は? 命を捨てて私を助けようって……!」


「アンドロイドの一斉射撃が命中する前に、我々は最後の力で時間を止めた。きみに解りやすく言うなら、そうだな、超能力、というような力で。でも、きみにメッセージを送ったり、モンキチョウの幻影を生み出したりする事であらかたの力を使い果たした我々には、もういくばくも力は残っていない」


「残っていない? いやよ、三人も助けて」


「だからリナ、後はきみの力が必要なんだ。よくお聞き、この壁の金属は、我々の思念波も遮断するが、今きみが通って穴を広げてくれたので、さっきより力が内部に行きやすくなっている。我々がきみに力を貸す。時を動かす瞬間に我々はレーザーガンの照射軌道を逸らす。そこできみがローリーに呼びかけるんだ。隔壁に体当たりしてこっちへ来い、と」


「体当たり? それくらいであの隔壁が壊れる訳ないわ」


「逸れて隔壁にぶつかるレーザーガンのパワーが、隔壁の強度を脆くしてくれる。それに賭けるしかないが、たぶん大丈夫な筈。さあ、迷っている時間はないぞ」




 結果的に、彼の言う通りになった。私は必死で、


「早く、こっちへ、壁の外へ来て!」


 と三人の事を思いながら叫び続けた。後から聞いた話では、勿論私が壁の外から喚いた所で、壁の中の三人に直接聞こえる筈もなかったが、皆が私の声をローリーの脳内へ送り込んでくれたそうだ。


「……驚いた。あのコンクリートの隔壁が体当たりしただけで崩れるなんて思わなかった。でも、ローリーが、リナがそう言っている、と言うから……」


 レイが言った。既に脚を撃たれていたケンを助けてローリーとレイは無事に私たちの所へ来る事が出来たのだ。アンドロイドは隔壁の外までは追って来なかったという。


「リナ、ありがとう……」


 ローリーと私は抱きしめ合いキスをして互いの無事を喜び合った。


「あなたが、みんなが私を助けてくれたからよ。私は何もしてないわ」


「いいや、きみは都市の誰もが出来なかった事をやったんだ」


「私の力じゃないわ。この人たちが……」


 改めて私たちは、都市の外にいた人々を見た。




 私たちは都市の外の村へ連れて行かれた。私に最初に話しかけた年輩の男性は、村長であるということだった。村には百人程の住民がいて、私たちの救出に成功した事を祝う宴を開いてくれたのだ。


 私たちは初めて、元の形を留めた様々な料理を食べた。野菜や肉を調理したというもの。それは、歴史の授業の資料で目にした事があるだけで、それを自分たちが口にするなんて想像もしていなかったものだった。私たちは、材料を集めて毎食ごとにそれを摂取可能な状態にする『調理』という作業をしないと食事も出来なかった、という前時代の人々を馬鹿にしていた。私たちにはありがたい事に味覚などという無駄なものがないから、完璧な栄養バランスをもって製造されたフードを飲み込むだけでよかった。こんな身体にしてくれたセンターに感謝しなければ、と言い合っていたものだ。


 フード……今は正体を知ってしまったおぞましい食物。あれがこんな風に元の形状を保っていたら、と考えると食欲が失せたが、レイはわざと明るく、


「俺たちは食われなくて本当によかったな!」


 などと言っていた。勿論彼だって本当は、あの場に残った人々、センターの警告を真に受けて、折角逃げ出したのに戻ってしまった人々の事を考えてはいただろう。だけど、私たちにはどうしようもなかった……。


「おいしいかい?」


 太った女性が皿を運びながらにっと笑って尋ねてきた。私はこくりと頷いた。本当は、味なんてわからなかったけど、生きて、人々の笑顔に包まれて、誰かが私たちの為に作ってくれたものを食べている……その幸せが、しみじみと感じられ、たぶん、こうしてみんなで賑やかに食べる食事ならば、これから何度でも「おいしい」という気持ちを味わえるのだろう、と思った。




「四人とも、腹はいっぱいになったかい。では、話をしようか」


 周りではまだ歌や踊りが続いていたが、村長が静かな声で話を始めると、皆が神妙な面持ちになり、たき火のぱちぱちいう音や虫の声以外はしなくなった。たくさんの人が村長と私たちを囲んで地面に座り、話を聞く体勢になっている。普通に接してくれていたが、彼らにとって私たちはとても珍しい存在なのだと、今更に気付いた。


「壁の外がこんな世界で、さぞ驚いているだろうね」


「驚くのを通り越して、今でもまだ夢を見ているのではないかと思っています」


 脚の治療をして貰ったケンが答えた。勿論私の傷も丁寧に治療して貰っていた。


「そうだろうね」


「何故……センターはずっと我々を騙していたのか? 人間を作りだし、やがて肉の塊に変えてそれを新たに作りだした人間に餌として与えてきた……そう……センターに守られ、何不自由なく暮らし、永遠の生を享受できる、幸福な存在だと信じてきた我々は、実は、前時代で言う所の、家畜……もしくはそれ以下の存在に過ぎなかった……」


 ケンの目が赤くなる。私も、ローリーもレイも泣いていた。センターの真実を知ってから今まで、必死で逃げる事ばかりを考えてきた。たぶん、どこにも逃げ場はないのだろうと、絶望的な気持ちでいながら。だけど、こんなに素晴らしい外の場所があった。最初はただ、助かった事が嬉しかったけれど、今、改めて、一体私たち都市の人間は、何の為に生まれて生きたのかと思うと、ただただ哀しくなった。感情の揺れがどんどん激しくなってきているのを自覚していた。私たちは本来、役に立たない負の感情は抑制されていた筈なのに。


 だが、ケンの言葉に対する村長の回答は、私たちにとって更に理解不能なものだった。


「センターは君たちをわざと騙していた訳ではない。必要に迫られて、君たちの知るあの世界は出来上がったのだ」

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