第4話 理想

 目の前には私が横たわっている。血みどろの中に、己の生き写しが。実に奇妙な光景に、忌まわしい吐き気を覚える。

「おい。これで良いのか。もう一人の『私』は死んだぞ。」

 ふわふわと屍体の上で嗤っている化け物に声をかける。私の声は、自分で思っているよりも冷静だった。

「これは傑作だ。早いね。実に決断も行動も早い。それにしても君、君自身を殺すことに戸惑いはなかったのかい?」

 化け物は屍体の上に赤い体液のようなものを口から垂らすと、こちらへ近づいてきた。腐臭が鼻を打つ。生臭さがそれに追随する。不愉快なことこの上ない。しかし、私が生まれたのはこの化け物のおかげであることは疑う余地もない。実に馬鹿げている。

「これは私の欠陥品だろう。全てにおいて劣っていると私に教えたのは貴様だ。それならば、より理想に近い私が生き残ることこそが、道理にかなっているというものだろう。世界を考えても、私自身を考えても、これが最大の幸福を約束する術だ。何を迷う必要があるのだ。」

「いいね。実に素晴らしい。完璧だ。君は出来がいいよ。あの出来損ないにも伝えたが、本当に出来がいい。僕の最高傑作と言ってもいい。僕は、愉快でたまらないよ。」

 化け物は嗤う。私は、すでにその化け物に目を向けることはやめた。見るだけで不快になるからだ。この化け物から不快にされるのは匂いだけでもう十分だ。

 私は、屍体を拾い上げると、その処理について考え始めた。元より、超常現象によって生み出された私だ。現世の理に縛られる道理はない。私が存在する以上、屍体となったもう一人の私がいなくなったとしても、世界は何一つ怪しむことはない。安っぽいサスペンスドラマの犯人を気取る必要もない。ただ、私は私として私のしたいように生活すればそれでいいのだ。

「…それにしても、この屍体だけは消す必要があるな。化け物、この事態を招いたのも貴様の指図あってのことだ。何か知恵を貸すがいい。」

「行方不明にさえなりゃしないんだ。裏山にでも埋めておけば良いだろう。君しか、その屍体のことは知らないのだから。知ることもできないというのが事実だね。」

「それもそうか。しかし、私も存外重いものだ。ダイエットも検討した方がいいのかもしれんな。それにしても面倒だ。血を洗い流すのが面倒だ。」

 私は血塗れの屍体を担ぎ上げる。頰に鮮血がつく。その生ぬるさが、不快だ。

 屍体は裏山に埋めた。血は10分もあれば拭き切った。包丁も屍体と共に埋めた。証拠は何も残っていない。もう一人の私は死んだ。私は一人だけになった。

 


 一人殺して、やっと普通になった。何も、異常はない。私は、理想の私だ。

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理想と殺戮 鹽夜亮 @yuu1201

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