第3話 Doppelgänger

 俺は、俺を見据えている。視界の中に入ることは本来ありえない。しかし、事実として俺の前に俺がいる。

「貴様。どういうことだ。これは。いったい。」

化け物は答える。相変わらずその口はニタニタと歪んでいる。

「どういうことも何もありのままさ。君の理想の君を作ってあげたんだよ。アレは傑作だ。君はもともとそれなりに出来のいい人間だったからね。人間のいう理想像とやらに近いものになったよ。実に素晴らしい。僕は楽しくて仕方がない。」

 口腔が胃酸に満たされる。慌ててそれを飲み込む。酸味が舌の上に広がる。

「ドッペルゲンガーか?アレがドッペルゲンガーというやつか。」

「ドッペルゲンガー。確かに、そう呼ぶ人間も多いね。何やら対面すると死んでしまうとか、馬鹿らしい注釈を加えてね。まあ、あながち間違えてはいないのかもしれないけれどね。可笑しい話だよ。」

 ドッペルゲンガー。Doppelgänger。自分と瓜二つのもう一人の自分。巷では出会うと死ぬ、と囁かれている。馬鹿らしいとは理解していても、扉越しの見慣れた居間には、確かに自分が存在している。

「お前は…俺にどうしろというのだ。俺はどうすればいい。自分が二人いる世界で、どうして生きていけばいい。奴とは分かり合えるのか?会話ができるのか?」

「ああ、それなら心配いらないよ。彼もわかっているからね。」

 わかっている、と言いながら化け物はさらに笑みを深める。

「ほら、現実はいつでも無遠慮に近づいてくるさ。いつだってね。君が望むかどうかは全く関係ない。さあさあ、顔を上げて、前をみなよ。殺されてしまうよ。君にね。」

 ギシリと廊下が軋む音に身体中が総毛立つ。脳が、得体の知れない警告音を発している。視界に異様な光景が映る。人の影が近づいてくる。否、俺が近づいてくる。俺のようなものが、近づいてくる。背格好も、顔立ちも、吐き気に苦しんでいるその表情も、何もかも生き写しの俺が目の前に歩みを進めている。

「おい。」

 その声帯から、俺と同じような声を発する。それは、あまりにも気持ちが悪い。異様な異物感、違和感に俺の脳裏は支配される。

「あ…お前…は。」

 俺の問いかけを無視し、もう一人の俺は、前進する。手には、包丁が握られている。



「すまないな。だが、邪魔なんだ。この、出来損ないが。」

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