さびしがり屋のチョコレート
コイデマワル
さびしがり屋のチョコレート
『さびしがり屋さんのお菓子です』というメッセージとともに、読めない文字が描かれた、お菓子らしきものがデスクに置かれていた。
仕事に疲れ果てて部屋に帰りつき、部屋の定位置でニュースを見ながら缶ビールを1本あけたところで、今朝カバンに入れたお菓子をおもむろに取り出した。包み紙には太陽を拝む2人の人間が描かれている。しかし文字は読めない。
スマホで写真を撮ると画像の文字を翻訳してくれるアプリを使ってみると、表のお菓子の名前らしき大きな文字で書かれていた内容は「さびしがり屋」。添えられた小さな文字は「1人でも2人でも」と翻訳された。翻訳の精度が悪いのか、製品の名前を翻訳するのが難しいのかは分からない。
裏面の翻訳は、中身が「板チョコレート」らしく、「容量:2人分」、「原産国:地球」と書かれていた。
男は包み紙をビリッと破いて、銀紙の上から左端のピースを折った。
(さびしくない?)
誰かの声が聞こえた。ベランダに気配を感じて窓を開けてみると、そこにはいつもベランダを行き来する黒猫がいた。
「にゃーん」
黒猫は隣のベランダに歩いて行った。
定位置に戻り、銀紙を破いてチョコを食べようとしたら、板チョコは割れていなかった。「まあいいさ」と板チョコを1ピース割って皿に置いた。
缶ビールの2本目を冷蔵庫に取りにいったところで、スマホがピロンと音を鳴らす。Eという名前の誰かから、「さびしくない?」というメッセージが届いていた。
定位置に戻り皿を見やってギョッとした。間違いなく割ったチョコのピースが、元の1枚の板チョコにくっついていた。
男はもう一度ピースをパキッと割った。割れた面は何か接着剤でくっつけた訳ではなさそうだ。男は割ったピースを板チョコに戻そうと割れた面を合わせる。すると断面がスーッと光って元の1枚に戻った。少し頭を冷やそうと2本目の缶ビールをグイッと飲む。
再度チョコを割り、テーブルの上に割ったピース、皿の上に元の板チョコを置いて、割ったピースの上に皿を重ねてから皿を持ち上げると、テーブルの上から割ったチョコが消えた。
「また元に戻ったのか?」と思ったが、皿の上の板チョコに変化はなかった。皿の下に割ったピースがくっついている。
男は面白くなって、この作業をスマホで録画してSNSにアップした。直後からSNSの通知が鳴り続けた。「何これ!?」「面白いマジック!」といったコメントをニヤニヤしながら読んでいたが、「さびしくない?」というコメントが届いて男は興ざめして投稿を削除した。
気付くと光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
身支度して朝食をとろうとしたが、テーブルの皿に板チョコがあるのを見つけた。
板チョコを1ピース割って口に放り込む。すると皿に残ったチョコがカタカタ震え出し、男の口にビタン!と飛びついてきた。
男は怖くなったが「食べきってしまえば終わりだ」とばかりに、熱烈に口づけしてくるチョコを引きはがしては1ピースずつ割って、ついに食べきった。
(さびしくない?)
大きな声がした。男は窓を開けてベランダに出る。黒猫はいない。
(さびしくない?)
「もうそういうことも分からないのかも」
男がそう答えると曇り空が湿っぽく笑った。身体が数ミリ浮き上がった。
(さびしくなくしてあげようか?)
「本当に?でも、さびしくないって?」
男はフラフラした口調で答えて気づいた。身体はもうベランダから飛び出していた。
「友だちがたくさんいるところへ行けるの?」
(そうね)
身体は加速度的に曇り空を上昇してゆき、雲を突き抜けて、青空と太陽だけの世界を昇りつづけた。
太陽光線が皮膚に心地よく刺さる。ポカポカした感覚のする指先は、表皮が光った後、筋肉と血管がむき出しになり、次に骨が見えて、最後に骨が消えだした。
骨が光を放ちながら消える中、男の意識は発光して地球を包み込む気体をみた。
(これでさびしくなくなるよ…)
さびしがり屋のチョコレート コイデマワル @mawaruK
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