周章狼狽:しゅうしょうろうばい
コンコン。
控え目なノックだったが私の心臓は大きく跳ねた。
飛び起きて、ベッド脇の小さな引き戸を見る。鍵を開けなくてはならない。
えっ⁉︎ 何この鍵?
アルミサッシに付くクレセント錠や、スイッチ式の鍵ではない。
黄色い金属の鍵のようなものが扉の重なる部分に設けられた金具に刺さっていて、どんなに強く引っ張っても抜けない。
コンコン。
ノックがもう一度。
鍵に似たツマミを捻ったり、逆に押し込んだりしてみたが、その位置は殆ど動かない。
何これ何これ! どうやって開けんのよっ⁉︎
あせあせとツマミを弄っているうちに、それが幾らでも時計回りに回ることに気がついた。
あっ! ネジ? そういうこと?
汗ばむ手をずるずると滑らしながら四回転、五回転と鍵ネジを回すと、すぽん、とネジ穴から抜けた感覚があった。
やった、開いた!
急いで鍵ネジを引き抜こうとするが、途中まで抜けたそれはガチャンと音を立てて途中で引っかかり、鍵ネジの途中に設けられた関節部分で、くたん、と下に倒れた。どうやら元々完全に抜き取ることはできないらしい。今までの私の人生の中では出会ったことのないタイプの鍵だった。
私は急いで、しかし乱暴にならないよう注意しながら引き戸を開けた。
こちらの部屋は明るいが、向こうの部屋は暗い。寝るのだから当たり前だけど。
そして開いた引き戸から、静かにその手が差し込まれて来た。
年配の、男性の手、だろう。
ごつごつとした大きな、歳を重ねた手。傷やアザはない。爪は綺麗に切りそろえられていて、糊の効いた紺色のパジャマと相まって清潔感があった。
私はごくりとつばを飲もうとしたが、口の中は乾き切って上手く飲めなかった。
急いで自分の寝る位置を調整し、雇用主の手を握るべく手を伸ばし掛けたが、さっき鍵にてこずった折に手が汗ばんでいたことを思い出して、私はコットンパンツの太ももで二度、手を
そして、その手に触れた。
温かくも冷たくもない。
少しかさついた、だが柔らかい手だった。
私がするりとその
私も、なるべく同じ強さになるように加減しながら、その手を握り返す。胸の鼓動が早くなるのを意識しながら。
「手を繋ぐ」ってこんなに難しかったっけ……? 力を入れ過ぎても、抜き過ぎても失礼な気がする。こちらの動揺とか、例えば嫌がったりしたら伝わってしまう気がする。向こうから離さない限り、私から離しては行けない気がする。
この人が眠り込んだら、手を離していいんだろうか……でもそれってどうやって分かるの???
ナツホ〜、もっと詳しくやり方教えといてよ……って、あ!!!
しまった携帯‼︎ カウンターテーブルに置いたまま充電コード繋いでないし、もう手も届かない! それに部屋の電気! もう消せない! 私まっ暗じゃないと眠れないタイプなのに……‼︎
こうして私のバイトの初日の、長い長い夜はスタートした。
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