準備万端:じゅんびばんたん

 延長コードの差し込みに、USBのアダプターを繋ぎ、充電コードを繋いでその先をスマホに繋ぎ、ベッドの枕元にセットする。

 アラームが午前7時にセットされているのは確認済みだ。

 また眠れない時には動画サイトを観たり音楽を聴いたりできるよう、普段あまり使わないイヤホンも引っ張り出してきて、すでに接続してある。


 寝巻きに着替えたし、歯は磨いたし、トイレにも行った。


 電気をオレンジの豆球にして、薄暗いベッドの上で、私は体育座りをする。


 壁掛け時計は午後9時5分。


 うーん……早く支度を終え過ぎただろうか。


 まあ昨日みたいなバタバタはもう御免ごめんだし、ここは仕事場で、すでに給与は発生してるんだから、これくらいの心構えで臨んでいいはずだ。


 ちょっとTwitterのTLを眺めたり、Youtubeの新着動画を観たり、Googleのニュースカードから関連情報を梯子はしごしたりして時刻表示を見ればまだ9時36分。


 やる事もなくなった私は、ベッドの上で軽くストレッチを始めた。じわーっと筋肉を伸ばす有酸素の体操だ。


 ……気合い入り過ぎかな。今から寝るのに一人で試合前みたいになっている私。


 いえ、これでいいのよサユミ。

 お給料を貰っている以上、私の方が旦那様より先に寝入ってしまって無意識のうちに手を離してしまうようなことがあってはならない。

 そういう意味で、今はまさに試合前なんだ。ベストコンディションで臨み、与えられたポジションに全力を尽くす。


 私は両方のほっぺたをパンッと叩いて「っしゃあ!」と気合いの声を上げた。


 あ、そうだ。鍵も開けとこ。

 昨日みたいにわちゃわちゃなったら困るし。


 私がネジ棒式の鍵に手を伸ばした瞬間、


 コンコン


 控え目なノックの音がした。


 来たぁっ! さあ行くぞーっ!


「ん、っん」


 私はベッドの上で背筋を伸ばすと、何か喋るわけでもないのに咳払いをしてイヤホンを耳にはめた。

 「寝る前」というタイトルのプレイリストをランダム再生にセット。

 そして手際よくネジの鍵を開け、そっと引き戸を引いた。


 差し出しされてくる男性の手。私は掛け布団と体の位置を調整しながら横になり、その手を握る。


 そうだ。難しく考えることなどないのだ。

 例えば、お父さんやお母さんと一緒に寝ていた頃。

 夜中に目覚めて不安になった時、母はトントンと一定のリズムで私を軽く叩いて安心させてくれた。父は何か優しい言葉を掛けて、手を握ってくれた。

 子供が、親の手を取るように。

 親が、子供と手を繋ぐように。

 なんの構えも意図もない、自然な感じで手を添えれば良かったのだ。


 その結論に、私は満足だった。


 なんと身近で、なんと遠い答えだろう。


 私は誰に教わるでもなく自分でその結論に辿り着いたことをちょっとだけ誇らしく思った。


 繋いだ手、大きな頼もしい手は、私の出した答えに、それでいいんだと言ってくれてるような気がした。


 完璧だ。完璧な仕事ぶりだ。


 私は失敗を繰り返さなかった自分に安心し、満たされた気持ちになりながら、旦那様と手を繋いで恐らく10分と立たない内に谷底に転がるように深い眠りに落ちた。

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