如法暗夜:にょほうあんや

 目隠しをされて車に乗ることがこれほどに怖いものだとは、想像もしていなかった。


 いや、車はあまり関係がない。


 普段そういうものを使わない人間に取って「目隠し」とは恐怖そのものなのだと、私は二十年生きて来て初めて知った。


 見えないと分かっていても大きな音がしたり強い揺れを感じる度に、周囲を見回す動きをしてしまう。目隠しをしたままなら、どこを向いても真っ暗に決まっているのに。


 文字通り先の見えない不安に不気味な高額バイトの不安が重なり、重なった不安は相乗効果で巨大な恐怖となって私の胸を一杯に満たした。


 そんな私の胸中とはお構いなしに、車はぐんぐんと「その場所」に向かって行く。

 私はその行先が、一縷いちるの光もない暗黒の地獄か、恐ろしい魔物の大きく開けた口の中のように感じられて、小さな子供のように怯えて震えた。


 その時、私の手に重なる手があった。


 隣に座って、私と同じく目隠しをされている筈のナツホだ。


「大丈夫よ。あんた以外には譲りたくないくらい、オイシイバイトなんだから」


 ナツホの指は私の指の間にするりと滑り込んで、きゅ、と握った。


「怖がらないで。アタシがついてる」

「美味しいバイト……ならなんで辞めたのよ」

「アタシは続けたかったんだってば。でもマサヒコにバレちゃって。そんな得体の知れないバイト辞めろって変なヤキモチ妬いちゃってさ。アタシが辞めないなら別れるって泣くのよ? 子供かっての」


 ナツホはふふっ、と笑った。

 彼女とその恋人の遣り取りのその場面を想像して、私の頬も思わず緩んだ。


「もうすぐ着く。不安なのは最初だけよ。ダンナサマの素性はアタシも知らないけど、あなたの嫌がることを無理強むりじいするようなヤバい奴じゃない。それはアタシが保証する。お気に入りのアルパアルジムのバッグを賭けたっていいよ」


 私はナツホの手を、ナツホがしたのと同じだけの強さで握り返した。


 その手はどちらかと言うとひんやりと冷たかったが、その冷たさが、今の私にはとても心地よく感じられた。


 先行きは見えない暗闇のままだったけど、そこはもう地獄でも、魔物の口の中でもなかった。

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