ヒロインズ/ケイト・ザンブレノ
インターネッツブログ文芸部。作家、ケイト・ザンブレノのブログをまとめて出版したものであるらしい。ケイトは最後の方でマイナーな出版社から小説を出した自身とゼルダを重ねて嘆く。その状況は小説投稿サイトで活動している我々にも当てはまるのではないかと思った。示唆深い。
第二部まではアメリカの著名な作家とその周辺の女性について語られていて、読みごたえがある。第三部はほとんど私信というか日記だった。web小説書きの嘆きに近いものがあるかもしれない。
ケイトは男性の書き手への嫉妬を綴っている。アメリカではそうなのかもしれない。男性作家の方が恵まれているのかも。日本だと女性の作家の方が恵まれている、と感じることもある。それは例えば若いころにデビューした才媛としての看板や、アメリカで翻訳されフェミニズム文学の流れで輸出されてい行く日本の才能を見て感じることかもしれない。
でも私は最後のケイトの嘆きにどうしても賛同できなかった。偉大な作家の娘。その恋人の性的な不能をにおわす攻撃的な文面。
ケイトは女性の立場を低く見ている。結婚した女性に対する風当たりの強さというのは確かに今も存在しているのだろう。アメリカの南部の都市ならなおさらのことだ。男性なら結婚相手にハウスキーピングを委託して執筆に専念できる。だから彼らは大作を書ける。なるほどね。
それでもベッドの中のことまで、外側の人間が騒ぎ立てることではないのではないか、と私は感じてしまう。フェアではない、と感じてしまった。
私はゴシップにあまり興味がない。それでも作家同士の交友関係というのは人々の興味を惹くものだし、作家自身も交流の中で成長していくものなのかもしれない。芥川を見出した漱石、芥川に憧れた太宰、やたら交友範囲の広い坂口安吾、作家のグラビアが文芸誌を飾り、売れていた時代の話だ。
ギャッツビーの空疎な城。ヘミングウェイとスコットの友情。
今日作家の持つ魔力的な側面はどんどん薄れてきている。文芸誌も売れない。廃刊が続いている。築かれていた城も崩れつつある。
私が気になったのは、ケイトが過去の偉大な作家の伝説的な面にとらわれていて、時代の変化についてほとんど触れていないことだ。それはひどく内向きで内省的な姿勢に見えた。本が売れない。映画の市場も縮小している。娯楽の主戦場はタブレット型端末とインターネットを通して供給されるエリアに移っている。
わたしたちが生きているのは、二十一世紀の今だ。豪奢な過去の名声にすがっていても仕方がない。それに輝かしい過去の時代にも、凍るような痛々しさは含まれている。名声のオーラが真実を隠してしまっているだけだ。
過ぎ去りし時代を生きた女性作家たちの生い立ちが体系づけて語られているようなものを想像していたので、私にとってこの本は少し期待外れだった。それでも、ケイトがことさら愛したアナイスやゼルダの残した文章を読み始めるきっかけになったので、ありがたい。
アメリカ、イギリス、フランスの文章。海を渡って翻訳されるものには魅力的な小説が多い。言い換えると、不出来なものをふるいおとす構造が作用している、という意味でもある。私は海外文学に無知なので、ここのところ色々な小説家や小説の話をあちこちで聞けて反応できるようになったのが嬉しいなと感じている。
森鴎外の時代の話だと、彼ら自身が海外の小説を輸入して紹介してくれていたというし、望む本の翻訳を手に入れるのに十数年要するようなこともあったらしい。世界の流れを把握するためには原著で読み解く必要があった。今はまだ、日本語で海外の書籍が手軽に手に入る状況にある。それが私はとても嬉しい。
でも同時に、翻訳者の育成が滞り、思うように外国の文学が手に入らなくなったら、という状況を想像するととても怖いのだ。
日本語はマイナー言語で、検索エンジンからもはみ出した言語だ。
日本が文化的に閉ざされてしまうような未来があれば、それはほんとうに恐ろしいことだと思う。同時に私は、その未来がすぐ側に近づいているような気がしてどうしようもない。出羽守という単語や、海外の思想をバカにするような言説に触れるたびにその思いが強くなる。あこがれから手を伸ばすのではない、優れた文明というのは大体文化と文化の接地面が大きなところに誕生するのだ。歴史や統計が証明している。
わたしたちはあえて、目の前に開かれた可能性を手放し、いばらの道に足を踏み入れようとしているのではないか?
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