鳥かごに囚われた若殿様が、外の世界の広さを知る冒険譚。

小中学生の子供向けに書かれた、非常に親しみやすい歴史小説です。

時は江戸中期。
大きな戦争もなく、一見平和に見える時代ですが、幕府や大名の内政は常に火の車だったと言われています。

菰野藩(現在の三重県)を治める主人公はまだ弱冠13歳。
元服前の子供ということで政治はご隠居に任せ、江戸の屋敷で自堕落な生活を送っていたのですが……実は菰野藩の財政は借金まみれだと知り、子供ながらに故郷を建て直そうと一念発起する物語です。

ここが凄いな、と感じたのは歴史小説を見事に子供向けの題材へ変換していた点です。
・実在した菰野藩の大名・土方義苗の幼少期を舞台に据えたこと。
・歴史的にはスポットの当たらない江戸中期、しかもド田舎の菰野藩をあえて舞台に据えたこと。
・時代考証が的確で、多分にフィクションを交えながらも史実には一切矛盾がないこと。

歴史的な大事件は起こりません。僻地のささやかな「内政モノ」です。
でも、このチョイスこそ、児童文庫にちょうど良いスケールなのだと思い知らされます。
なぜなら徹頭徹尾「読者(児童)の視点に寄り添った設定」に終始しているからです。

地の文を見れば判る通り、徹底的に堅苦しさを排除し、ともすれば楽屋オチすれすれのメタフィクショナルな砕けた文章が連なっています。
これはプロの児童作家でもときどき見かける手法ですが、さらに「読者(児童)が認識できる世界の広さの限界」を計算し、スケールを「田舎の大名」(現代モノで言えばせいぜい町内規模)に絞っているのです。

歴史モノの皮をかぶった「現代っ子が町おこしに奮闘する町内活劇」とも言い換えられるドタバタ劇であることからも、著者の狙いが読み取れます。

歴史モノだけど小難しくない、苦手意識を取り払う配慮。
キャラ造詣も現代的な味付けで、とても歴史小説とは思えないのですが、現代社会のメタファーとして江戸時代にフィードバックされているので、非常に読みやすいのです。

「子供にも理解しやすいよう、敷居を下げまくる」

このサービス精神とリーダビリティが、児童小説に最も重要な素質ではないでしょうか。

借金まみれの菰野藩を救おうと、江戸の屋敷で箱入り生活をしていた義苗は故郷へ帰ります。
帰郷するだけで何日も旅しなければいけない、外の世界の広さ。
今まで考えもしなかった、地元住民たちの貧しい生活。
庶民に親しまれた相撲文化、実在した力士たちの頼もしさ。

初めて知った現実に義苗は打ちのめされます。
臣下や仲間と協力して菰野藩の再建に努める姿は、現代小説の成長物語にも通じるものがありますね。
やはりこれは、歴史モノでありながら現代を投影したメタファーです。

将軍の徳川家斉、御三家の徳川宗睦、老中の松平定信など、歴史上の偉人も登場し、再建をめぐる駆け引きに奥行きを持たせている点も巧みです。

義苗はご隠居の放蕩三昧を阻止し、菰野藩の未来を守れるのか?
少年期が舞台のため、義苗はまだまだ道半ばですが、確かな希望を感じられる幕引きにも感動しました。



……ただ唯一、主人公の仲間たちがほぼ全員イエスマンと化してしまっているので、義苗と同世代の忍者ミヤちゃんはもうちょっと反発しても良かったかなと感じました。口喧嘩しながら打開策を思い付くとか、若い男女なのでちょっと初恋イベントを挟むとかすれば、さらに良くなると思います。

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