第18話 金縛り

 ギィィ――。


「――……っ、ん……」


 朝方、カーテンに仕切られまだ薄暗い部屋の中、微かな物音に俺の意識は目覚めた。


「……っ、なんの、おと、だ……?」


 未だ半覚醒状態も、とりあえず半分だけベッドから体を起こそうとしたその時だった――。


「ん、……――痛ぅっ⁉」


 突然、ズキッとした鈍痛が体を突き抜けていき、起き上がることが出来ない……。


 な、何だ今の痛みはっ……? てか、あ、あれ……? か、体が、お、重い……。てか、う、動けねぇ……?


「――くっ、ぬっ、ぬぬぬっ……――イダダダッ⁉」


 それこそ無理に体を起こそうとしても、さっき同様、鈍い痛みが走り抜けていくだけで。


「……ハァ、ハァ~~~ッ……」


 こ、これってひょっとして、噂に聞く金縛りってヤツか?


「………………」


 ……うわぁ~~~、ま、マジかぁ~? 自分には霊感なんてもんは皆無だと思ってたんだがな……。

 どうやらガキの頃なりたかった霊界探偵への道はまだ途切れてなかったってことか……。

 なんて冗談言ってる場合じゃねーな……。


 と、


 フワァ~~~。


「ん? くんくんくん……」


 今度は俺の部屋には似つかわしくない、何やら花のような甘い匂いまでもがしてくるような……。


 うわぁ~、これって、いよいよもってヤバくなってきてないか?


 起き上がるまでには至らないものの、辛うじて動かせる首を何とか動かし、匂いのしてきた方へ顔を向けてみた所――。


「………………」

「――‼」


 ヒィイイッ⁉ い、いい今、な、なななな何かいたぁああああああああっ……⁉ 


 薄暗い部屋の片隅、髪の長い人らしきものの姿がそこにあった。


 さ――サダコだ……‼


 ハッキリとは分からなかったが、俺の直感がそういっていた。


 と、次の瞬間――。


 スタ、スタ、スタ、スタ……。


 「(――ビクッ)‼」


 う、うわぁ~~~っ、きっと来たぁっ‼ とばかりに、サダコが俺の方へと近づいてくるのが何とはなしに分かった。


 スタ、スタ、スタ、スタ……。


 ゆっくりと、だが着実にコチラに近づいてくるような気配を感じながらも、金縛りによって体が動かないせいで、逃げることも出来やしねぇ……。


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ……。


「………………」

「………………」

 

 ついに俺の寝ている真横までやってきたサダコに対し、俺はというとあくまでも寝たふりをしてこの場を何とかやり過ごそうとしていく。


 そうしてしばらくの間、ジッと俺を見下ろしていたサダコだったが、何を思ったのかここで信じ難い行動へと打って出る。


「――⁉」


 ミシィミシィ……。


 そんな風にベッドを軋ませながらも、今度は大胆にもベッドへ――。そして、俺の身体の上へと乗りかかってきたではないかっ⁉

 

『ヒィイイイイイイイイッ!? 乗っかってきた、乗っかってきたよぉおおおおおっ⁉』


 余りの恐怖に完全にパニクりかけるも声を上げるわけにもいかず、必死に寝たふりをし続けていく俺。

 そんなコッチの事情などお構いなしに、ジワジワとまるで楽しむかのように俺の身体の上をゆっくりと這いずるように進んでいくサダコ……。

 一瞬、圧し潰されたらどうしよう? みたいなことが頭を過ったが……。

 流石に怨念だけあって、サダコ自身に重さのようなものはあまり感じなかった……。というか、重いというよりかは……――寧ろ、柔らかい!? 

 ふむ、如何にサダコとはいえ、その辺りは年相応の女の子ということなのだろうか?


 ともあれ、ホラー映画とかだと目が合った瞬間にジ・エンドってのがパターンだし……。


「――っ‼」


 幸いにも事前にそういった予備知識があった俺は、先人たちとは同じ轍だけは踏むまいと、何があっても目だけは開くものかとギュッと力強くも目をつむっていく。


「………………」

 

 そうしてる間中も、絶え間なくサダコがコチラを覗き込んでいるかのような気配は感じながらも、そこは怨念が消え去るまではとジッと我慢をし続けていたところ、


『……ッ、ん? な、何だ?』


 と、何やら細い、毛先のようなものが頬に、そして口元に当たってきて……。それがまた、何ともこそばゆいというか……。


 さわさわ、さわさわ……。さわさわ……。


『ガァアアアアアアアッ‼』


 執拗なまでの嫌がらせ(?)に、ついに我慢できなくなった俺は、大きく息を吹いてソレを吹き飛ばそうとするも、


「ふぅーーーーッ‼ ――んぐっ!?」


 その瞬間を待ってましたとばかりに、俺の唇が僅かに開いたのを狙っていたかのようなタイミングでもって、マシュマロのように柔らかな物体が俺の唇へと押し付けられてきたかと思えば、


「……ん、ちゅっ、んっ、ぴちゅ、ぐっ、ぬちゅ……⁉」


 突然口内へと侵入してくる闖入者ちんにゅうしゃによって、俺の口腔内はこれでもかと蹂躙されていくことに……。


 う、うぐっ、ん、な、何だ、こりゃあ……? うぅ、ん、き、気持ち、…………――イイ?


 信じがたいことだが、コレがあり得ない程気持ちよかった。


 ただ、この気持ちよさは……。ハテ? ど、どこかで体験したような……。う、う~~~む、一体、どこだったか……?


「んちゅ、ぷちゅ、ぴちゃ……」


 くぅ、……だ、駄目だ、な、何も、考えられなく、なっきてやがった……。


 その余りの快楽に徐々に思考能力さえも奪われていくかのような……。

 ――が、そんな中で不意にサダコが漏らした一言により、そこまで朦朧としていた俺の意識はハッキリと覚醒することとなる。


「……んっ、ちゅっ、んっ、フフ♡ ヒナちゃ~ん……♡」

「――⁉」


 そんな声が耳へと届いた瞬間、あれ程までに固く閉ざされていた俺のお目目が、それこそどこぞの乙女座の人以上にパッチリと開くなり、俺は叫んでいた。


「な――何やってんだよ、琴姉っ⁉」

「あ、おはよう、ヒナちゃん♪ 今日もすっごくいいお天気だよ♪」

「あ、うん、おはよう、琴ね――って、そうじゃねーだろうがっ‼ 一体、何のつもりだよこりゃあっ⁉」

「何のつもりも何も……。いつまでもお寝坊さんなヒナちゃんを、お姉ちゃん特性の目覚めのキスでもって起こしに来てあげたに決まってるでしょ?」


 さも当然のことかのように、あっけらかんという姉に対し、


「ふ、ふざけんなっ‼ 誰がそんなことしてくれって頼んだよっ⁉ てか、どうやって入ってきたんだよっ⁉ ドアには鍵がかかってた筈だろーがっ‼」


 そう、そもそも琴姉がココにいること自体があり得ないのだ。

 昨日の夜、寝る前に間違いなく部屋の鍵をかけておいたはずなのだから……。


「フフ~~ン、あんなモノ、お姉ちゃんとヒナちゃんの愛を妨げる障壁にはなりえないってことよ♡」


 よーするに、鍵をブチ破ってきたわけね……。

 犯罪行為を犯したくせにここまで堂々としてるといっそ清々しくさえあるな。


 ――ハッ⁉ てことは、もしやこの金縛りにも似た症状もひょっとしてっ⁉

 さては夕べの大根の味噌汁に何か仕込みやがったかっ⁉


「あ、それについてはお姉ちゃん何にもしてないから。昨日のご飯に関しては何も入れたりはしてないよ?」

「え? あ、そうなの? って、おい、ナチュラルに心を読むんじゃねーよ‼」


 ったく、この姉だきゃあ……。って、ん? ち、ちょっと待てよ? 今、昨日のご飯には……。には、って言わなかったか? そ、それじゃあ、今までにも何か入れられたりしてたってことか?


 改めて琴姉の顔をマジマジと見つめていく。


 と、


「ん? どうしたのヒナちゃん?」


 そこには満面の笑みを湛える姉の姿が……。

 うぅ、だ、駄目だ、とてもじゃないが、こ、怖くて聞く気にならねぇ……。


「と、ともかく、もう起きたわけだからさ、さっさとどいてくんない?」

「え~~~、まだ駄目だよぉ~。だって、お姉ちゃん、まだ満足してないもん!」

「ふ、ふざけんなっ‼ これ以上好き勝手されてたまっかよっ‼ どかないってんなら、力尽くで引き剝がしてもいいんだぞっ⁉」


 そう叫ぶやいなや、力業ちからわざでもって琴姉を引っぺがしにかかるも……。


「――フンッ‼ ……い、イデデデッ⁉ な、何だこりゃあ!? う、上手く力が入らねぇ……?」


 少しでも無理に体を動かそうものなら途端に襲い来る激痛……。

 くっ、し、心霊現象でもなく琴姉の仕業でもないってんなら、この不調の原因は一体何だっつーんだよっ!?


「フフフ、残念でしたぁ~♪ 今のヒナちゃんにお姉ちゃんを跳ねのけるなんてことは出来ません♪」

「な、何だと? や、やっぱり何か盛ってやがったのか!?」

「だから違うって言ってるでしょ? 大体そんなことしなくても、今のヒナちゃんの身体は昨日の野良作業による影響で、真面に動くことすら儘ならないくらい強い筋肉痛に蝕まれている状態なんだから♪」

「――‼ な、なるほど……。コレは全て筋肉痛によるものだったのか……。――て、ぐっ、こ、このヤロー……‼ か、確信犯かよっ‼」


 ここにきてようやっと自分自身に何が起こっているのか理解するも……。


「そんなわけで、今のヒナちゃんはお姉ちゃんにとってはまな板の上の大間のマグロも同然♪ さぁ~て、ネタばらしも済んだことだし、それじゃあ、改めて……♡」


 そういうと頬を紅潮させ、更に瞳をこれでもかと潤ませた琴姉の顔が再び俺へと迫ってくる。


「い――イヤァアアアアアアアアアアアアアッ‼」


 こうしてまだ早朝にもかかわらず、俺の断末魔の悲鳴がご近所へと響き渡っていった――。

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