第10話 決戦前夜

 お付き合い――。


 この単語ワードを聞いて読者諸兄らはどのような事を連想するだろう?

 交友? 友誼ゆうぎ? はたまた莫逆ばくぎゃく……?

 ソレはソレで大変素晴らしいことではあるが……。ノンノン、ソレらは大抵同性間における間柄のことであって、異性間――。

 つまるところ男女間においてはその限りではなく、あれよあれよという間に性質を変えていく魔法の言葉と化すのである……。

 故にその単語ワード異性相手から引き出すのは容易ではなく、それこそ余程良い星の下に生まれるか、あるいは生まれながらにしてのリア充転生者でもないかぎり、下手をしたら生涯、それこそ死ぬまで関わり合いのない単語ワードとなりえる可能性も決して少なくはないという……。


 かくいう俺にしても、十六年における人生において異性よりこの言葉をたまわったのはわずかに二回だけ……。

 無論、俺はリア充転生者でもなければ、正直、今回の件にしたところで宝くじに当たったようなモノ……。


 その記念すべき一人目にしたところで、


「……………………」


 ……――ハッ⁉ あ、い、いやいや、止めておこう……。アレはノーカン、ノーカウントだ……!


 そんな気持ちを後押しするように、俺の脳内では緑色の作業着を着た小太りのオッサンがノーカン、ノーカンと必死に喚き散らしていく。


 あ~、コホンッ! んん、失敬……。

 それでは気を取り直して二人目一人目だが、読者諸兄らもすでに承知のことと思うが、我が学園の生徒会・副会長にして完全無欠のクールビューティーこと栗原葵先輩、その人である。


 キャアアアアアアアアアアアアアアッ♪ パチパチパチパチパチッ♪ ドンドンパフパフ♪


 ――ゴホン、んで、結局、あの後どうなったかというと……――

 

 葵先輩の余りに突然の申し出は俺にとっても正に青天の霹靂へきれき

 こういった状況に慣れていないということもあって、すっかり取り乱し一瞬パニくりかけるも、いつかこんな日が来ることを信じて散々エロゲーをやりこんでいたシュミレートしていたことが功を奉し、辛うじて我を保つことに成功。

 改めて、その真意について問いただすべく口を開いたときである。


「ヒナちゃ~~~~ん、お昼ご飯ですよォおおおおおおおっ♡ 今日もお姉ちゃんが、愛情込めて作ったお弁当、一緒に食べようねぇええええええええええっ♡」


 最早、定番となりつつあった昼食会をすっぽかしたことで、琴姉が生徒会室まで駆け込んできやがった。

 

 その後の展開は言わずもがな……。読者諸兄らのご想像にお任せするとしよう。

 ったく、ホントに間が悪いというかなんというか……。

 ひょっとして、盗聴器でもつけられてるんじゃねーだろうな?


 とまぁ、そんなこんなで葵先輩との話はすっかりうやむやになってしまったわけだが……。

 ともあれ、俺が葵先輩からお付き合いを打診されたのは紛れもない事実な訳であって……。

 仕方なく、家に帰ってからのその後のやり取りは、コイツ……――コミュニケーションアプリ・JAKINジャキンにて……。


 そんなこんなで先ほどからJAKINジャキンを用いてのやり取りとなったわけだが……。

 コレが中々どうして……。


『先ほどは姉が失礼しました。大事な話を途中で終わらせてしまって……」

『何、気にするな。私の方こそ琴葉の乱入など少し考えを巡らせれば分かりきっていた事なのに……』

『いえいえ、そんな、お気になさらず……。それじゃあ、お互い様、ということでここはひとつ……』

『ああ、そうだな』

『アハハハ♪』

『フフフ♪』


 ――……とまぁ、こんな何気ないやり取りなのだが……。そんなやり取りが思いのほか、楽しい……♪

 日常生活を営む上で、こんなやり取りはそれこそ何万回とやってきたことなのだが……。相手もそうだが、心のありようでここまで変化するというのだから、世の中ホントに不思議だ。


 ――が、そんなやり取りを続けていく一方で、不可解な点が二つ……。

 一つ目は、そうさな……。口で説明するより、先ずは見て貰うとしよう。


『あ、あのぉ~、と、ところで、あ、明日の、ことについて、なんですけどぉ……』

『ああ、その事についてだが、当日は、汚れてもいいような動きやすいラフな格好軽装で来てほしい』


 さて、この文面を見て、読者諸兄らはどのように感じただろうか?


 一見、どこにでもある何ら差し障りのない文章ではあるが、ここに大きなトラップが仕組まれていることに果たして何人の者が気付けることだろうか?


ラフな格好軽装で来てほしい』


 そう、このラフな格好軽装、コレこそがこの文章における最大のトラップなのである。


 フフフ、甘い、甘いぞ、葵先輩……。俺は騙されない、騙されんぞぉおおおおおっ‼


 こんな話がある。

 とあるところに一組の、付き合いたての恋人たちカップルがいた。

 初デート前日、何もかもが生まれて初めてで右も左も分からぬ彼氏に彼女が告げた言葉が正にコレであった。


『恰好なんて気にしないで……。私は、ありのままのアナタが大好きなんだから♡』


 それを聞いて、彼氏がとった行動はというと……。


 その言葉を鵜呑うのみにして言われるがままに見るからに草臥くたびれたスウェットの上下にクロックスといった出で立ちで待ち合わせの場所へと赴いてみたところ、その姿を一目見るなり、彼女の顔が見る見るうちに強張り、ついには青ざめていったかと思えば、彼氏とは一言も声を交わすことなく脱兎のごとく、逃げるようにその場から立ち去って行ってしまった。

 翌日、彼氏がどうなったかというと、大顰蹙だいひんしゅくを買ったうえ、別れ話を切り出された挙句、某衣料品メーカーと某人気漫画キン〇マンに登場した怪獣を掛け合わせたようなナチ〇ロンユニク〇ンという不名誉な渾名あだなまでつけられる羽目になったいう例まである位だ。


 そう――つまりこれはどういうことかというと、あくまでも、コレは奥ゆかしい日本人ならではの気の回し方というものであって、決して本心からの言葉などではないということだ。

 すなわち、女子が言うところのラフな格好軽装とは、


「勝負服で来いやぁあああああああああっ‼」


 ということに他ならないってわけなのさ♪

 この件については、過去の先人たちの例もそうだが、かの伝説的恋愛ゲーム・とき〇きメモリアル内においてもその点については実証されていること……。


 このことに気付けないで戦死していった彼氏たちのなんと多いことか……。

 もっとも俺に言わせれば、そんなバカどもは淘汰とうたされていって当然。

 何故ならば、ライアーゲームは既に始まっているのだから……。


 そして、二つ目だが……。


『――……それと、あの、待ち合わせの時間についてなんですけど……』

『ん? ああ、事前に伝えておいた通りだ。無理そうなら言ってくれて構わないぞ?』

『い、いえいえ、とんでもない。全然大丈夫です。そ、そうではなくてですねぇ、あの~、見間違いではなかったら、その~、五時……って書いてあるように見えたんですけどぉ……。書き間違い、じゃないですよね?』

『ああ、間違ってない。確かにそう送った」

『ああ、やっぱり……。あの~、これってホントの五時、ですよね? 十七時のことではなく、朝の……』

『ああ、そうだ。世間一般で言うところの、明け方、午前五時、5a.m.、とらの下刻の五時で大丈夫だ』


 ――……どう思うよ?


『初デートの待ち合わせが朝の五時って……。いくら何でも、ちょっと非常識過ぎじゃね?』


 そんなことを思った奴、正直に手を挙げろ。

 ……よしッ、歯ぁ喰いしばれぇえええええっ‼


 ――バキッ!


 分かってない、分かってないぞお前たちィいいいっ‼


 相手は生徒会副会長という役職もさることながら、琴姉のお守りやなんやらで俺たち凡人には想像を絶するプレッシャーの中で職務を全うしているお人だぞ⁉

 あれだけ忙しい人だ……。きっと時間にも限りがあるに違いない。そんな中で、彼女が漏らした偽らざる本音……。


『朝だけでも、陽太を独占したいの♡(当社比500%増)』


 くぅううううううううううう~~~~~っ、い、いぢらしい、何ともいぢらしいじゃないかっ‼

 だったら寝る間を惜しんででも都合をつけてやるのが彼氏の甲斐性ってもんじゃねーのかよっ⁉


 そ、それに、葵先輩は何もテキトーに時間を指定してきたわけではない。


 きっと葵先輩は、俺と二人きりで朝日を見たいとでも思ってるに違いない!

 そこは普段、クールビューティーとして名をせている彼女とはいえ、あくまでも年相応に女の子乙女ってことなのさ。


 だったら、そんないぢらしい彼女の願いくらい、ドンと叶えてやるのが彼氏の務めってヤツじゃないのかよぉおおおおおおおおおおおっ⁉


 そして、朝日を見ながら二人で飲むコーヒーとかって、そりゃあもう、さぞかし最高の気分なんじゃね?

 そ、そして、行く行くは、その間になんやかんや色々あって……。

 そ、その、え~~~~っと、な、なんだ……。あ、ああああ朝ちゅん、なんてのが理想なんだけど……。

 そ、ソレはまだ付き合いたての、ぼ、ぼぼボクたちには、は、はは早すぎだよねェえええええええええっ⁉


 ――だぁあああああああああああっ、ば、バカバカバカッ、俺のバカァアアアアアッ‼ そ、それこそ先走り過ぎだってーのっ‼


 ――にゃ~♪


 ん? ちょい待ち、葵先輩から新たなJAKINジャキンが届いた……。


「え~~~~っと、何々……?」


 ………………――フォオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉


 画面を見た瞬間、カッと目を見開き、それこそ穴が空くほどに食い入る様にスマホへと目を落としていく。


『流石に早すぎただろうか? 起きられそうにもないなら、私がモーニングコールをしても構わないが……どうだろう?』


 も、ももももももモーニングコールゥウウウウウウウウッ⁉

 ち、ちょっと奥さん、聞きましたぁっ? も、モーニングコールですってよっ⁉

 

 ……こ、コレはもう、起きれる起きれないではなく、絶対して貰うべき案件でしょっ⁉

 

 よ、よ~~~し、そ、そうと決まったら、とっとと寝よう……‼ 夜更かしして、マジで起きれなくて、気づいたら夜だった……なんてのはゴメンだからな♪


 そして俺はすぐさま部屋の電気を消すと、ベッドへと入っていった。


 フフフ、今夜はイイ夢が見られそうだぜ♪


 …………………………――ダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼

 こ、興奮しすぎて、ね、眠れねぇええええええええええええええええっ‼


 結局、この晩、俺が数えた羊は十万を超えた……。

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