第9話 え?

 クラス中から誹謗中傷に晒される石を投げつけられるも、ガンジーの如くひたすら耐え忍ぶこと数時間――。


 キ~~~~~コ~~~~~カ~~~~~~コ~~~~~ン――……。


「――っ‼」


 遂に待ちに待った待望の昼休み……‼


「――くっ‼」


 くぅ~~~~、正直、今日ほど昼休みを待ち侘びた日もなかったぜ。


 授業終了のチャイムが鳴り響くやいなや、挨拶もそこそこに教室を飛び出ると、一目散にとある場所に向かって走り出していた――。



 ――コンコンッ‼


「し――失礼しますっ‼」


 ガチャ。


 相手の返事も待たずに、勢いよくドアを開けるや勢いそのままに部屋の中へと雪崩れ込んでいく。


 と、


「ん? ああ、陽太か……。そろそろやってくる頃だとは思っていたぞ」


 と、ソコにいたのは、別段、これといって驚いたような素振りもみせなければ、まるで俺がやってくるのをあらかじめ分かっていたかのように落ち着き払った葵先輩の姿があった。


 その姿を見た瞬間、それこそ救いを求める亡者がごとく葵先輩のもとへと駆け寄っていくなり、


「あ、葵せ、い、一大事、お、俺、あの……っ‼」


 最早、テンパり過ぎて言葉にすらならない俺に対し、


「まぁ、そう慌てるな、陽太……。ホラ、これでも飲んでひとまず気持ちを落ち着けろ」


 そういうと無駄に豪華そうなティーカップに注がれた紅茶らしきものを差し出してくる。


 正直、そんな気分でもなかったが極度の緊張状態+全力で走ってきたことも相まって、すっかり喉がカラカラになっていたことに気付くや、カップに手をかけると勢いよく喉の奥へと流しこんでいく。


「んぐ、んぐ、んぐ……」


 まるで風呂上がりのフルーツ牛乳さながら腰に手を当て、紅茶を豪快に飲み干していく。


「んぐ、んぐ、んぐ……――プッハァアアアアア~~~ッ‼ ……あ~~~~っ、不味いっ、もう一杯っ‼」

「フム」


 トクトクトクトクトク……。


「……あ、ドモ……――って、だから、そうじゃなくってっ‼」


 口を通して鼻腔全体に広がりをみせる青臭い香りハーブの香りに、ついつい往年の名台詞が口をついてでるも、紅茶のリラックス効果のお陰か少しは周りを見る余裕が戻ってきた。


 見渡せば、どういった訳か生徒会室には琴姉はもとより、他の生徒会メンバーの姿もなく、葵先輩一人で俺を出迎えてくれていた。


 そう、俺がやってきたのは生徒会室――。


 焦りと勢いに任せてやってきたこともあって、琴姉を含め他のメンバーがいる可能性をすっかり失念していたわけだが……。

 このチャンスを渡りに船とばかりに、あらためて葵先輩へと詰め寄っていくなり、それこそ、今俺が置かれている現状などをキッチリ、事細かに説明していく。

 あーだこーだと、これでもかと捲くし立てていく俺とは対照的に、葵先輩は普段と変わらない涼しげな表情でもって俺の話を最後まで、それこそ途中で口を挟むようなこともなければ、黙って聞き続けてくれた。



「――……ふむ、やはりその件か……。安心しろ、陽太。何も問題ない」

「いやいや、大問題ですって! 何を悠長に構えてんですか? これ以上事態が大きくなれば、俺だけの問題じゃなく琴姉、ひいては生徒会においても致命的な大打撃になりかねませんよっ⁉」

「何だ? 私たちの心配をしてくれているのか? それとも琴葉のことだけが心配なのか?」

「――なっ⁉ ち、茶化さないでくださいよっ!」

「ふふ、スマンスマン、ま、確かに内容が内容なだけにいつまでも放置しておいていい問題ではないな……」

「だったら!」

「ああ、でも、だからこそ今回の件に関しては問題ないのだよ」

「?」


「そうだな……。例えば、数々の奇跡をもたらし、数多あまたの人心をつかみ取った聖女さまがいるとしよう。彼女は誰にでも分け隔てなく優しい一方で、時には厳しさもみせた。それでいて清らかで、何よりも美しい……」


 ハァッ? せ、聖女さまぁ? い、一体、何の話だ?


「あ、あの、葵先輩?」

「いいから最後まで話を聞け」

「…………」

「コホンッ、そんな非の打ちどころのない聖女さまに対し、ある日、謂れのない聞くに堪えない誹謗中傷が飛び交った……。当然、ソレらは瞬く間に信徒たちの耳にも入り、それはもう蜂の巣をつついたような騒ぎが起こる……」


 ふむふむ……。


「さて、ここで一つ質問だ。信徒たちはその誹謗中傷を鵜呑みにし、手のひらを返したように今まで信じてきた聖女さまを罵倒すると思うか?」

「へ? い、いや、それは……」

「答えは否……。聖女さまの純潔さ、そして今までに彼女がなした数々の奇跡を目の当たりにしてきた信徒たちが誹謗中傷ごときその程度のことで揺らぐはずもない……。それどころか聖女さまを侮辱されたと激高し、信徒同士の結束はより強固なものとなった挙句、犯人探しと火消し作業に躍起になるのは目に見えているからな……」


 ほうほう……。て、え? そ、それだけ?


「あ、あの、葵先輩? それで……。そ、その聖女さまと琴姉に一体、どんな関係が?」

「フゥ~、まだわからないか? つまりだ。まぁ、お前には信じ難いことかもしれないが、当学園内における結城琴葉の存在というのは二、三年生及び一部の一年生在校生はもとより教職員に至るまで、今話した聖女さまも同然に敬われているということだ」


 …………へ? え? えぇえええええええええっ⁉ ――せ、聖女さまぁあああああああああっ⁉ あ、あの、あの喪黒琴姉がぁっ⁉


『オ~~~ホッホッホッ♡』


 てな具合に、俺の脳裏には高笑いとともにを陥れることにのみ喜びを見出している琴姉の姿が浮かんだ。


「………………」

「………………」


 ま、マジですか? そ、そりゃあ、生徒会長をやってるくらいだから、多少は人気もあるんだろうとは思ってたけど……。

 それにしたって、聖女さまは持ち上げすぎっしょ?


 そんな考えが顔に出ていたのか、


「ま、無理もないか。お前はさきの生徒会選挙での琴葉を知らないからな……」


 ポツリとそんなことを呟く葵先輩。


「へ? 選挙って、あの……? た、確か、最後は葵先輩と琴姉の一騎打ちになって……。ものすごいデッドヒートを繰り広げた結果、僅差で琴姉が当選したってヤツでしょ?」

「ほぅ、琴葉からはそんな風に聞いていたのか?」

「え、ええ、すごい接戦だったって……」

「そうか……。僅差、接戦、か……」


 そう呟いた葵先輩の目はどこか遠くを見据えているようであった。


 へ? ち、違うのか? てか、い、一体、何をやったんだよ? あの姉は?



「ともあれ、そういった観点から鑑みても、遅くても明日……いや、今日の放課後までには事態は鎮静化していくだろうことは想像に難くなかったという訳だ……」

「ハァ~~~~、なるほどねぇ……。そういう事かぁ~……って、アレレ? で、でも、そうしたら、今度は噂をバラ撒いた奴らと揉めることになるんじゃね? それじゃあ、根本的な解決にはなってないんじゃ?」


 そうだよ、それでまた暴動とかが起きたらそれはそれで面倒なことになるのでは……?


「ふむ、よくその点に気が付いたな。流石は琴葉の弟といったところか。偉いぞ、陽太」

「あ、えへへ、ど~も……――って、そうじゃなくてっ‼」


 よしよしと俺の頭を撫でまわしてくる葵先輩についつい俺もされるがままになりかけるも、子ども扱いしないでくれとばかりにすぐさま距離とっていく。


「ふふ、だから安心しろと言ってるだろ? その件についても何ら問題はない。何故なら、噂を流したのは他ならぬ私なのだからな。当然、足がつくようなへまもしてはいない」

「アンタかよっ⁉」

「もっとも、私が流したのはもう少しオブラートに包んだものだったのだが……。ふむ、ま、噂には尾ひれがつきまとうものだからな。だが、そのお陰でお前たちが手を繋いで仲睦まじく登校してきたという事実は消し飛んだだろうが?」


 事も無げにそう言い放つ葵先輩に若干の呆れのようなものを覚えつつも、彼女がそういうのなら大丈夫なのだろうと納得してしまう自分がいることに改めて気づかされる。仮に、これがもし、他の奴に全く同じことを説明されたとしても、多少の不安感が残るのは否めなかったと思うが、どういったわけか葵先輩に言われると真っすぐ胸にストンと落ちてくるから不思議というか何というか……。ま、ソレがこの人が持って生まれた人徳ってヤツなのかもな……。



「――……さてと、納得してもらったところで、お前の相談はこれで終わりということで構わないか?」

「へ? あ、ああ、は、はい、問題ないっす……」

「うむ、それはよかった。ところで今度は、私の方からもお前に折り入って頼みたいことがあってな……」

「へ? あ、ああ、はい、別にイイっすよ。他ならぬ葵先輩の頼みでしたら……。俺に出来る事でしたら何なりと……」


 今回の件もそうだが、これまでにも俺はもとより琴姉も含め何かとお世話になりっぱなしの先輩だ。

 頼られるのは俺としてもやぶさかではない。

 もとより断る理由もなかったのでとくに深く考えるでもなければ、二つ返事で頷いてみたところ、


「うむ、そう言って貰えると心強いな……。では、改めてお願いするとしよう。コホンッ……――結城陽太、私と付き合っては貰えないだろうか?」


 へ? え? 江? ……――な、なななななんですとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉

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