第21話 待ち合わせ

「お待たせ、遅れちゃってごめんね?」

「気にすんなよ、俺も今来たところだから」

「いやぁ~、わりぃわりぃ~、出掛けにちょっとバタバタしちゃってよぉ~」

「もぉ~、おっそいわよ~、来ないのかと思ったじゃないっ!」


 平日の午後一時――。

 駅前はカップルたちで溢れかえっていた。

 右も左も、周囲からはそんな会話がバンバン飛び交う中、つがいのない独り身の奴らに至っては、


「――くっ!」


 てな具合に、隠れるようにコソコソと――。

 この場から一秒でも早く消えてしまいたいとばかりに立ち去っていく。


 そんな中、俺こと結城陽太もただ一人、かれこれ二十分近くもこの場でじっと立ち尽くしているわけで……。


 とまぁ、そんな風に待ち惚けを食らっていたところへ、


「――なぁ、おい、ちょっとアイツ、見てみろよ?」


 ん? 何だ何だ? ひょっとして、俺のことか?


 不意にそんな声が聞こえてきたかと思えば、一組のカップルの片割れである鼻ピアス鼻ピをした如何にもな、バカ丸出しの茶髪の兄ちゃんがこれでもかと俺を指さしこんなことを呟き始めた。


「アイツさぁ~、さっきからずっとあそこで突っ立ってるけど、もしかして女にでも振られたんじゃね?」

「え? あ、ホントだぁ~。てか、振られたんじゃなくて、ただ女子に揶揄からかわれてるだけとも知らずにその気になって待ち続けちゃってるってだけなんじゃないの?」


 彼氏(?)のそんな発言を受け、およそ人類からはかけ離れたお顔立ちをした彼女と思しき女がそんなことを口にするなり、


「――ぷっ、ギャハハハ♪ それ、マジありそー♪ 暗そーなツラしてやがるもんなぁ~。あ、そ~だ、可哀そうだからお前、話しかけてやったら? きっと女なんかとはあまり話したこともねーだろうから、感激して泣き出すかも知んねーぞ?」

「え? や~よ、あんな陰キャっぽい奴に話しかけたら、あたしにまで陰キャ菌が移っちゃうじゃない!」

「ギャハハハ♪ ヒッデェ~、お前、そこまで言うかぁ~?」

「何よぉ~、アンタだってどうせ同じこと思ってるくせにぃ~♪」


 おーおー、黙って聞いていれば言いたい放題だなぁ……。

 しかし人ってのは、たとえ種族が違っても、つがいがいるというだけでここまで増長できるものなんだなぁ……。

 そんなことを思いつつも、流石にこんな完全アウェイな状況の中で、延々一人立ち尽くしていては悪目立ちしすぎるというものか……。


 そう思い、一旦この場から離れようとした時だった――。

 周囲が一際ざわつき始めたかと思えば……。


「――お、おい、あの子、誰よ? メッチャ綺麗なんですけどぉ……‼」

「え? うわぁ~、ヤッバ……。あそこまでキレイな子、芸能人でも見たことないかも……」

「アレって、藍華の制服じゃね? あんなキレイな子がいたんかよ?」

「はわわぁ~、て、天使さまだ……!」

「きっと、どこかのご令嬢かなんかじゃねーの?」

「ふぁ~……。ホントに、すっごく、綺麗……」


 そんな風に男女問わず、誰も彼もが息をのんでただ茫然と立ち尽くす中、


 サァーーーーーーーーーーッ……。


 それこそまるでモーゼの十戒さながらに、あれ程あった人の波が見事なまでに真っ二つに割れたその中央を、たった一人優雅な立ち振る舞いでもってコチラに向かって歩いてくるウチの学生服に身を包んだ黒髪ロングの美少女の姿があった。


 うわ~、ナニコレ? ある意味、珍百景じゃね?


 そんな感想を抱いていたところ、


「? ……――あっ♡」

「ウゲッ!?」


 運悪く(?)も話題の美少女とバッチリ目が合うやいなや、そこまでクールに振舞っていた美少女の顔がパッと綻んだかと思えば、


「――‼ ち――ちょっと待って――」


 嫌な予感とともに、慌てて声をかけようとするも、そんな声が届くよりも早く、


「お~~~~~い、ヒ~~~ナ~~~ちゃ~~~んっ♡」


 これでもかと大きな声でもって、俺の名を叫ぶとともにコチラに向かって大きく手を振る美少女。


 うぅっ、お、遅かったか……。


 美少女のそんな声に、この場にいた全ての人間がコチラへと振り返る中、


「……は――ハ~~~~~イッ、僕、ヒナちゃんでぇ~~~す♪」

「「「「――⁉」」」」

「――⁉」


 何が何やら……。さっきまで俺を貶しまくっていた茶髪の兄ちゃんが真っ先に名乗りを上げた。


「ハ――ハァッ⁉ ち、ちょっと孝也っ⁉ あ、アンタ、一体どういうつもりよっ⁉」

「うっせー、このドブスがっ‼ 俺の名前は五分前からヒナちゃんに改名したんだよっ!」


 んな無茶苦茶な……。

 誰が聞いても無理のある話なのだが、


「ざ――ざけんなっ、それなら、俺だってヒナちゃんだっ‼」

「――⁉」

「いいや、俺の方こそ、本物のヒナちゃんだねっ‼ テメーみてーな偽物は引っ込んでやがれってんだっ‼」

「――⁉」


 お、おいおい、お前ら……。


 そんな兄ちゃんに続けとばかりに、続々と我こそはと名乗りを上げるバカ共の姿が……。

 そんなこんなで周囲は、自称ヒナちゃんで溢れ返っちまうことに……。


「――おい、コラッ‼ テメー、調子こいてっと、いてー目見るぞっ⁉」

「ふ、フンッ、な、殴りたいなら殴りたまえよっ! だ、だが、天使さまは言ったっ! 左の頬を殴られたら、右の頬を差し出――ヘブフォッ!?」

「――死ね、オラーッ‼ この似非ヒナちゃんがっ‼」

「上等だ、ゴラッ‼ テメーを倒して、俺が本物であることを証明してやらぁーっ‼」


 とまぁ、事態はついには殴り合いにまで発展し、そこかしこでヒナちゃん決定戦とでもいうべき戦いの幕が切って落とされていった。


 そんな中、当の美少女はというと――。


 コツコツコツコツ……。


 まるでそんな連中など目に入っていないかのように、あくまでも自分のペースでもって、ゆっくりと小気味の良いローファーの音を響かせながらもコチラに向かって歩いてくる。


 コツコツコツ、ピタッ……!


 そして、とうとう俺の目の前までやってくるなり、


「えへへ♡ お待たせ、ヒナちゃん♡」


 そう言って満面の笑みでもって俺に笑いかけてきた――。

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