第17話 チェックメイト

「ゲフッ、うぅ、も、もう無理……。こ、これ以上は、いろんな意味で動けねぇ……」


 昼間の嬉し恥ずかしお食事会からかれこれ五時間近くは経っただろうか?

 あの小一時間近くの間に体重3kg増という大食いタレント顔負けの偉業を半ば強引に達成させられた後も、情け容赦なく牛馬がごとく働かせ続けられるもやっと解放されるときがやってきた……。


 ハフゥ~~、ホント長かったぜ……。ったく、これ以上は何事もなく終わってくれよぉ~……。

 にしても普通さぁ、こういう野良仕事とかした後ってさぁ~、


「あ~~、いい汗かいたぁ~、結構疲れたけどその分、今日の飯は美味いだろうなぁ♪ それに大分体動かしたしダイエットにちょうどいいかもね♪」


 ってな感想を抱きそうなもんだが、それがいい汗どころか額に脂汗滴らせ、美味しいご飯どころか、もう飯を食うどころか見たくもねーわ、ダイエットどころか逆に太るわって何なんだよこりゃあっ⁉


 誰にぶつけるでもなく、そんな愚痴を心の中で喚き散らしていたところへ、


「ふぉふぉふぉっ、どうやら粗方片付いたみたいじゃな……」


 と、ここでバ〇タン星人ばりの笑い声とともにしたり顔のジジイの登場である。


 ぐっ、こ、このクソ爺が……。どこに消えたのかと思ってたら、自分は一切手伝いもせず終わったころにノコノコ現れやがって。テメーはどこぞの黄門さまかっ⁉


 そんな怒り狂う俺とは対照的に、


「あ、おじいさま、ええ、どうにかこうにか終わらせることが出来ました」

「あ、おじいちゃんだぁ~♪ ヤッホー、私の方も無事に終わらせることが出来たよぉ~♪」

「ああ、葵に琴葉ちゃん♪ ホンにご苦労だったのぉ~、お陰で助かったわい、ホンに有り難うのぉ~♪」


 と、俺に見せていたのとはまるっきり違う、好々爺を演じていたかと思えば、


「それから、小僧……。貴様は……――フンッ‼」

「――⁉」


 俺へと向き直った途端にこの態度である。

 クソ爺、マジ、殺意が芽生えたぜ……。


 と、そんな俺に向かって琴姉がこんなことを耳打ちしてきた。


「良かったねぇ~、ヒナちゃん♪ 善三郎さんが褒めてくれたよぉ~♪」

「ハァッ⁉ あ、あれのどこが褒めてるってんだよっ⁉」

「えぇ~、ヒナちゃん分からないのぉ~? 善三郎さんってすっごいシャイだから気付かないかもだけど、あれでもホントに褒めてるんだよ?」

「へ~へ~、そうですかぁ~。あ~、嬉し――」


 そこまで言いかけたところで、俺はある重大なことに気が付いた。


 ん? ま、待てよ? い、今、琴姉は何て言った? た、確か、ぜ、ゼンザブロウ、ゼンザブロウと……。


「あれ? どうしたのヒナちゃん?」

「陽太?」

「ん? どうしたんじゃ、小僧……? 拾い食いでもして腹でも壊したか?」


 そんな的外れなことをいうジジイに対し、俺は呟いた。


「ざ、ざけんな……」

「あん? 何じゃと?」


 瞬間、俺はブチギレていた。


「て、テメーがゼンザブロウかぁあああっ‼ こ、ここであったが百年目だ、ゴラァアアアアアアアッ‼」

「な、何じゃ、小童がぁああっ、いきなりなんじゃあっ⁉ この儂に文句でもあるというのかぁっ⁉」

「あったりめーだ、ボケェッ‼ こちとら、テメーのせいで俺がどんだけの量のグリンピース喰わされたと思ってやがんだっ‼」

「ぐ、ぐり? そ、そんなこと儂の知ったことかぁあああああっ、文句があるならかかってこんかいっ‼」

「上等じゃ、ボケェッ、くたばれ、ゴラァアアアアアッ‼」

「しゃらくさいわ、若造が、返り討ちじゃぁああああああああっ‼」


 ある意味、八つ当たりに近い感情ではあったが、今までのモノが積もり積もって一気に爆発したってわけさ。そしてこれを切っ掛けに両軍、といっても俺とジジイの二人だけなのだが、ともあれそこから雪合戦ならぬ野菜合戦が繰り広げられていく。


 それこそ食い過ぎて動けなくなっていたことすらも忘れ、両者の間を乱れ飛んでいく野菜の数々。


 ジャガイモ、玉ねぎ、キャベツ、カボチャと――。


 どれもこれも中々どうして、マン・ストッピングパワーに長けたモノばかりが乱れ飛んでいく。


「や、やるじゃねーか、ジジイにしとくのは勿体ないぜっ‼」

「フ、フン、貴様こそ、最近の餓鬼にしては少しは根性があるみたいじゃなぁ……。じゃが、わしの勝利は揺るがぬわいっ‼」


 更にヒートアップしていく中、ついにこのお二方が動いていく。


「「おじいさまヒナちゃんいい加減にして下さいっいい加減にしなさいっ‼」」

「――――‼」


 結局、バトルは一時中断となり、俺は琴姉、ジジイは葵先輩と、これでもかというほどにこってり絞られることに……。



「もぉ~~~、ヒナちゃん、いい加減にしなさいっ、食べ物を粗末にするとお姉ちゃん、ホントに怒るわよっ‼」

「わ、わかったよ、な、何もそんなに怒んなくても、は、反省してるって……」


 珍しくもマジギレっぽい琴姉に対し、怒りを鎮めるべく必死に詫びる姿勢をみせていく中で、ジジイに対し後ろを向けてしまっていたところへ、


「――ムッ、隙ありぃいいっ‼ 小僧ぉおおおおっ、まだ決着は着いとらんぞぉおおおおおおおおっ‼」


 ビューーーーーンッ‼


 鼬の最後っ屁ともいうべき、全盛期のイチローを彷彿させる大根(推定)レーザービームが俺の後頭部をもろに直撃していった。


「ぐぼげっ!?」

「ひ、ヒナちゃん!?」


 真面に食らったこともあって、完全に足にキタようでヨロヨロと、ふらつきながらも気が付けば、琴姉が焚き火用にと掘っていた穴の近くまでよろけていってしまった。


「あっ‼ ひ、ヒナちゃん、危ないっ‼」

「⁉」


 と、そんなことを叫びつつも、この俺の危機(?)に際し、昼間の汚名返上とばかりに誰よりもいち早く駆け寄ってくるやいなやパッと救いの手ってヤツを差し伸べてくる。

 とはいえ、琴姉を巻き込むのも気が引けると、その手を掴むことを躊躇っていた矢先、


「ヒナちゃん、お姉ちゃんの手に掴まりなさいっ‼」

「――⁉」


 普段とは打って変わって、鬼気迫るそんな迫力に条件反射的にも咄嗟に掴んでしまったところ、


「ハァ~~、あ、危ないところだ――キャアアアアアアアッ!?」

「うわぁああああああっ‼」


 まぁ、よくよく考えればそうなるよねって話だよな……。普段の俺であっても琴姉が引っ張り上げるのは厳しいだろうに、3kgは割増してる今なら猶更だろ。琴姉ともあろうお人がそんなことにも気づかないなんて……。まぁ、それだけ俺を救うのに必死だったってことなのかな?


 そんなことを思いつつも、結局、こうして琴姉を巻き込む形で二人仲良く穴の中へと落っこちいっていってしまう。


 ドスンッ‼


「――ぐぁっ!?」


 というそんな衝撃とともに背中に多少の痛みが走るも、俺的には全くの無問題♪ 穴の中はまるで計算でもしたかのようにキッチリ人間二人が収まるくらいに掘られており……。まぁ、唯一の問題点ってほどではないものの、思いのほか穴が深かったこともあってその暗さにまだ目が慣れておらず周囲の状況というか、琴姉の様子が確認できないことくらいか……。


「……………………」


 ともあれ、まずは琴姉の安否確認をするべく声を掛けようと口を開きかけた矢先、


「琴姉、琴姉? だ、大丈……――むぐっ!?」


 どうやら俺たちが落ちてきた拍子に崩れかけていた土だかが覆いかぶさってきたのか、口元がすっかり塞がれてしまった。

 止むを得ず、俺は声が出せない代わりに比較的自由に動かすことのできた両手でもって、琴姉の身体にパンパンと、数回タップのようなものを繰り返し行ってはみたものの……。どうしたことか一向に反応がない。


 う~~~む、コレってもしかしたら、倒れた衝撃で頭でも打って気を失っているのかもしれない。

 しかし、琴姉に限ってそんなことあり得るか? とも思ったが、なんせいきなりだったしな、流石にそこまで求めるのは酷というモノだろう……。

 ともすれば、迂闊に体を動かすわけにもいかず、しばらく様子を窺っていたところ、

「…………――っ⁉」


 最初こそ、土か何かかと思っていたのだが、どうしたことかソレが俺の唇の周りで暴れ始めやがったではないか。

 おそらくだが、土というよりもコレは多分、唇の上をミミズか何かが這っているのかもしれないな。

 畑だけにその可能性が一番高いわけなのだが……。


 一瞬、ミミズが這っているという事実に鳥肌が立ったが……。何というか、これがまた……。


「うっ、むっ、ぐっ……」

 

 な、生温かいというか、柔らかいというか、どちらかというと、すっごく気持ちいいというか……。


 い、言っとくが、べ、別に変な性癖がある訳じゃねーぞ!? てかミミズって、こんなに――。こんなにもマシュマロみたいに柔らかいものだったっけか⁉


 そんなことを考えていた矢先、今度は、


 フワァ~~♡


 くんくん、う~~~む、何だろう? この甘く濃厚な、コレは薔薇バラだろうか? そんな花のような香りが鼻腔に広がってきて……。何が何だか、頭がクラクラしてくるような……。


「――‼」


 そんな一瞬の気の弛みを察知したのか、チャンスとばかりにこれ見よがしにミミズが俺の唇を抉じ開けてきやがった。


「――ぐむぅっ!?」


 瞬間、ヌメッとした何かが俺の口内へと侵入してくると同時に、


「ピチュ、チュ、クチュ……」


 そんな妖しげな水音のようなものを奏で出したかと思えば、先ほどとは比較にならないくらいの気持ちよさが襲ってきやがって……。まるで、それこそ脳を蕩けさせてしまいそうな快感が津波の如く押し寄せてきて……。


 最早、何が何だが……。一体全体、目の前で何が起こっているのか皆目見当もつかない状況も、


 スゥーーーー……。


 そんな中、薄暗い穴の中に夕日が差し込んできて、どうにかこうにか周囲が把握できるくらいには明るくなってきたそんな中で、俺の目に映り込んできたものの正体を見た瞬間、俺は凍り付いたかのように動けなくなってしまった。


「――――⁉」


 そこにあったのはミミズなんて生易しいものではなく、寧ろその方がどれだけ有難かったことだろう……。

 そう、俺の目に飛び込んできたのは、それこそまるで童話か何かのお姫様が、魔女から貰ったリンゴを食べて眠らされてしまった王子様を接吻で目覚めさせる――って、逆だろーが、そりゃあっ‼


 ともあれ、そんな感じで俺を抱きしめるような状態で俺の唇にこれでもかと口づけを嚙ましまくっている琴姉の姿だった。


 正直、何もかももう手遅れなような気もするが、そんなこと気にしちゃいられない。俺としてもこんな状況にいつまでも甘んじているわけもいかなければ、必死の抵抗ってヤツを試みるも、


「ふぬっ、ふぐっ、ふぐぅうううっ‼」


 が、ここへきて食い過ぎが災いしたのか、イイ感じに穴に嵌っちまってて上手いこと動けねー‼ 更には一度食らいついたら何があっても離さないカミツキガメさながら琴姉の唇もちょっとやそっとじゃあビクともしやしねー。それどころか――。


 ぴちゃ、くちゅ、ちゅ、ぴちゃ……♡


 例によって、琴姉の甘い舌先がまるで俺の口内で全てを吸い尽くすかのように縦横無尽に暴れまわっていく。


 結局、どれくらいそうしていたのだろうか?


「ンフフ♡」


 ひとしきり楽しんだところで、ようやっと満足したのか、琴姉から解放される俺……。


 そんな俺の目に映り込んだのは、夕日に反射してキラキラと輝いて見える互いの唾液の余韻だった。糸状にツゥーーっと――。ソレがより一層淫靡な雰囲気を醸し出していて……。


 と、


「お、おーーーーい、だ、大丈夫なのかぁーーーっ? 怪我でもしたのかぁーーーっ⁉」


 遠くの方から葵先輩の心配そうな声が聞こえてくるなり、


「あ、ハァ~~~~イ、ヒナちゃんもお姉ちゃんも大丈夫でぇ~~~す♡」


 ハッキリとそう返事を返すなり、まるで何事もなかったかのようにすっくと起き上がるなり、俺に意味深な視線のようなものを投げかけつつもそのまま葵先輩たちの方へと走っていってしまった。


「……………………」


 そんな中、一人取り残された俺は穴の中から只々ジッと空を見ていた……。


 もうこれ以上は何も起きない――。そんなことを思っていたところへ、最後の最後にしてよもや貧者の薔薇バラが投下されることになろうとは……。


 ――そうか、そういうことか……。琴姉は詰んでいたんだ……。え? 一体、いつからって? そりゃあ勿論、初めから――。

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