第19話 玄関にて
「ダァアアアッ、い、急げ琴姉っ、このままだと遅刻しちまうぞっ‼」
朝っぱらから騒々しくも玄関までやってくるなり、勢いそのままに靴に片足を突っ込んでいく。
と、そんな俺のすぐ後ろでは、
「あ~~ん、待ってよぉ~、ヒナちゃ~んっ! お姉ちゃんを置いていかないでよぉ~! それにそんなに慌てなくても、この際もう遅刻しちゃっても構わないからゆっくりしていこうよぉ~!」
「アホかっ! アンタ、学園の生徒会長だろうがっ⁉ よりにもよって、生徒会長自ら遅刻を奨励するようなこと言ってんじゃねーよっ‼ ったく、そもそも、誰のせいでこんなことになったと思ってんだよ⁉」
「誰のせいって、そんなの決まってるじゃない。全部ヒナちゃんが悪いんじゃないっ!」
「ハァッ⁉ ふざけんなっ! 全部、琴姉のせいだろーがっ‼」
背中越しにもそんなふざけたことを抜かす姉に対し、すぐさま物申していく。
ったく、あんな朝早くに目を覚ました(?)ってにもかかわらず、あの後も延々唇を奪われ続けた結果がこれである。
必死の抵抗虚しく、それこそ唇がふやけそうになるまでの執拗なまでのキスの嵐の前に結局こんなギリギリの時間になっちまった。
「だってだってぇ~、お姉ちゃんはちゃんと区切りのいいところで切り上げようって思ってたのにぃ~……。ヒナちゃんの唇見てたらお姉ちゃん――。何だか、ムラムラしてきちゃって我慢できなくなってきちゃったんだもん! だ・か・ら、悪いのはぜぇ~んぶ、そんなお姉ちゃんを誘惑してくるヒナちゃんのイケナイ唇の方なんだからね♡」
「こ、コラッ、若い娘がムラムラ言うなっ‼」
何がだもんだ、ったく、自分に都合のいいように解釈やがって……。
そのせいでコッチはゆっくり朝飯をとることも出来なければ、それこそまるで蛇のように丸飲みに近い状態でもって一気に済ませる羽目になったんだぞ……。
危うく喉に詰まらせて死ぬとこだったわ……!
そんなことを考えつつも靴紐へと手を掛けようとしていたところへ、
「――あっ⁉ イッケナァ~~イッ、お姉ちゃんたら、うっかり忘れ物しちゃってたぁ~~っ‼」
このタイミングでもって琴姉が素っ頓狂な声を上げたかと思えば、
「あん? ったく、この忙しいときに……。待っててやっから、とっとと取って来いよっ!」
「う~~ん、とってくるっていうかぁ~……。ねぇ~、ヒナちゃん? ちょっとだけ、お顔をコッチに向けてくれない?」
「ハァッ⁉ そんな時間ねーよっ‼ コッチは、今、マジで忙しいんだよっ! 後にしてくれ、後にっ‼」
この状況で相手してられるかとばかりに、俺は
ったく、これ以上構ってられるかっての! 自分でできることは自分でやれってんだ。
「ねぇねぇ~、ヒナちゃんってばぁ~っ‼」
グラグラグラグラグラッ……!
そんな俺に対し、今度はうぜーくらいに俺の肩をゆすってくるせいで、手元までもがブレまくって靴紐が全く以って結べやしない。
「ぐっ! ――フンッ!」
そんな琴姉の行動に半ばすっかり意固地になってしまった俺は、あくまでも琴姉を無視し続けた状態でもって、再度靴紐を結びなおそうとするも、
「ヒ~~~~ナ~~~~ちゃ~~~んってばぁ~~~!」
グラグラグラグラグラッ……‼
「――‼」
先ほどまでよりも更に激しく揺さぶってくる琴姉のせいで、折角結びかけていた紐が見るも無残に解けてしまった……。
ぷるぷるぷるっ……‼
「――ダァーーーッ、うっせーなっ‼ 一体、何だつ――」
「え~~~~い♡」
「――んぶっ⁉」
「はふっ♡ ――ん、ぴちゅ……」
「――⁉」
結局、根負けした俺が焦りとも怒りともつかない感情とともに琴姉へと振り返った瞬間、目の前に急に琴姉の顔が大きく――。
それこそ至近距離でもって一気に迫ってきたかと思えば、
「はふっ♡ ――ぴちゅ、ちゅ、ぷちゅ、ちゅ……♡」
んぐぐぐ、こ、これは……⁉
俺の唇に何かが押し付けられるのと同時に、得も言われぬほどの柔らかさとともに、朝方これでもかと味わった脳を蕩けさせるような感覚が再びプレイバックしてきて、危うくそのまま流されそうになるも、
「ん――ぐっ、プッハァアアアアアッ……。――ゼェ、ハァ、ハァ……!」
「あん♡ ぶぅ~~、残念……♪」
どうにかこうにか理性ってヤツのお陰で琴姉を引き剥がすことに成功するやいなや、すぐさま琴姉へと声を荒げていく。
「こ――琴姉、只でさえ時間がねーってのに、こんなところで、い、一体何のつもりだよっ⁉」
「何のって、そんなの決まってるでしょ? いってらっしゃいのキスだよぉ♡」
「……ハァッ⁉ い、いってらっしゃいの……?」
あくまでも堂々とそんなことを言ってのける琴姉。
ったく、この期に及んでいけしゃあしゃあとまぁ……。
そんな風に呆れ返りながらも、改めて琴姉に苦言を呈していく。
「あ、あのなぁ~……。いってらっしゃいもなにも、そもそも、アンタもこれから俺と一緒に出掛けるところだろうがっ⁉」
そんな俺の指摘を受け、琴姉がとった行動はというと、
「あ、そういえばそうだったね? ん~~~、それじゃあ、ハイ♪」
「あ? な、何だよ?」
何のつもりかは知らんが、ゆっくりと目を閉じて俺に向けて唇を突き出してくるような姿勢をとったかと思えば、
「お、おい、一体そりゃあ、何のつもり……」
「だ・か・らぁ~、今度はヒナちゃんからも、お姉ちゃんにいってらっしゃいのキス――」
「で――出来るかぁあああああああっ‼」
余りにもぶっ飛んだ要求についつい大声をあげてしまう。
「ブゥ~~~、何でよぉ~? お姉ちゃんはちゃんとしてあげたのに、ヒナちゃんはしてくれないなんて、そんな不公平はお姉ちゃん許しませんからねっ!」
「いやいや、不公平とかそういう話じゃねーだろうが……」
「あっ! そっかそっかぁ~、分かったぁ~、ウフフフ♡」
そう言って、何やら妖しい笑みを浮かべる琴姉。
どーせまた的外れな
そんな俺の読み通り、琴姉の口から飛び出してきたものはというと、
「ウフフ♡ ヒナちゃんてば照れちゃってるんでしょう? もう、ホント、恥ずかしがり屋さんなんだからぁ~♪ 大丈夫だよぉ~、ちゃぁ~んとお姉ちゃん目、瞑っててあげるからぁ♡」
「ち、ちげーわっ!」
「じゃあ、何が問題なのよぉ~~~っ⁉ それに、もう何回もしちゃってるんだから、今更もう一回増えるのも一極回しちゃうのも大した違いはないでしょ!?」
「ぜ、全然違うわ、アホッ‼ てか何だよその『極』ってのは? そんな単位、初めて聞いたわっ‼」
まるで駄々っ子のように喚き散らし、キスをせがんでくる琴姉に対し必死の説得を続けていくも、
「それにな、そんなデカい声でキスキス言うんじゃねーよっ‼ 万が一にもこんなところを母さんにでも見られたら、それこそ何て弁解するつもりだよ?」
そんな俺の至極真っ当な質問に対し、
「え~~? 今更そんなの気にしなくてもいいでしょ? それに、ママならさっきから、ホラ……。そこで全部見てるし……」
「――⁉」
そんな琴姉の声に慌てて廊下の角っこへと目を向けてみたところ、
「――⁉」
どうやら一部始終バッチリ見られていたようで、そこには白い目をした母さんの姿が……。
「……ごくっ」
それこそ、喉がカラカラになりながらも、何とか声を絞り出し無駄だとは知りつつも母さんにそんなことを訊ねてみるも、
「お――お母さま……。も、もしかして、全部、御覧になってたりしましたか……?」
「ハァ~~~、アンタたちねぇ~。ま、別にいいけどね……。それでも念のため言っておくけど、在学中に妊娠なんてことだけは勘弁してよね? ご近所への体裁云々はさておき、ようやっと私ものんびりできるようになってきたのに……。そんな矢先にまた子育てに携わるなんてホント、ゴメンだからね?」
「こ、子そっ――‼ だ、誰が、す、するか、んなことぉおおおおおおおおおおおっ‼」
「ハイハ~~~~イ♪ 気を付けるようにしまぁ~~~~~~~すっ♡」
そんな俺の絶叫とも悲鳴ともつかない叫びともに、琴姉の何とも楽しそうな声が早朝のご近所へと響き渡っていった――。
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