第8話 嫌悪の理由(わけ)
日も暮れて、冷えた夜風が砂漠をなめるように吹き抜ける。
その寒さを吹き飛ばすように、ヤマト自治区の大広場で焚かれた炎に照らされた男たちが声を張り上げた。
「みんな、いくぞー!!」
「「「「おおー!!」」」」
号令を合図にして、中央に設置されたやぐらの上でヤマンチュール独特の打楽器を打ち鳴らすのは、上半身裸になった族長のアマツだ。
その下では、やぐらの四方に設置された打楽器の前で、アマツと同じ出で立ちの男たちが、族長の鳴らすリズムに乗って、繊細な音色を持つ管楽器や打楽器を響かせる。
「勇壮な音楽だな……」
腹の底どころか、本能に直接響くような音楽を楽しみながら、ジャックは手に持った杯を軽くあおる。
貴族だった頃に参加していた、笑顔の下で互いの腹の底をさぐり合うような晩餐会とは違い、参加者も主催者も心の底から楽しんでいるのがよくわかる祭りに、彼は感動すら覚えていた。
中央で奏でられる音楽を楽しみながら、広場の内周にそって軒を連ねる様々な店を見て回る中、通信機が声を鳴らす。
『ここの人たちは、暖かいわね……』
しみじみとつぶやいたマリアの横顔も雰囲気に当てられてかすかに上気している。
ミョルニルの襲撃から一日経った夜。ヴィクナスト監獄奇襲を翌日に控えた戦士たちへの「出立の儀」が執り行われていた。
といっても、最初の神妙な儀式が終わってしまえば、後はこのような祭りになってしまうのが常――とは、アマツが準備の時にジャックたちに笑いながら聞かせてくれた言葉だ。
「楽しんでいますか?」
すっかり聞き慣れた声に振り向くと、食事や飲み物の載ったお盆を手にしたヤシロが立っていた。
「ええ。それにしても、すごいですね……」
積み上げられたやぐらの上で、打楽器――タイコというらしい――を一心不乱に叩くアマツを見ながら、ジャックは言葉を続ける。
「彼の統率力は、見事の一言でした。集団を率いる風格がありますね」
今日の昼間、埋まっていた砂地から引っ張りあげたパンドラの改修作業を指揮していた彼には、ジャックも目を見はった。ヤシロの考えた指針を的確に皆に伝え、適材適所な人員の配置を行う。それは、大規模集団特有の弊害が凝り固まったような存在の軍に在籍していたジャックにとって衝撃的ですらあった。
「それがアイツの良いところです。手前味噌ですが、昔から『力のアマツ、知のヤシロ』なんて言われて……そう言ってくれた人も、今はいませんけど……」
思い出を語るヤシロの表情の曇りをみすごせず、ジャックは口をはさんだ。
「その方は……?」
「昔流れてきたゲールド人の重罪人に負わされた傷が原因で、亡くなりました……あれが、アマツがゲールド嫌いを決定づけたのでしょうね……」
「……すみません」
腰を折って謝罪をしようとするジャックに、ヤシロは珍しくあわてて手を振った。
「いえ、謝らないでください。偶発的な事故だったんです……」
悟ったような表情のヤシロに、ジャックはどう言葉をかけていいのか分からず、黙って次の言葉を待った。
しばし流れる沈黙に気づいたヤシロは、わざとらしく咳払いをして口を開く。
「まぁ、昔の事は水に流して、今日はゆっくり酒宴を楽しみましょう」
「……はい」
不器用な気遣いを感謝しながら、ジャックは杯の底に残っていた酒を一気に飲み干す。
(そういえば、安心して酒が飲める事などいつ振りだろうか……)
常にあった襲撃の危険の中で、神経を鈍らせてはならないとアルコール類は一切断ってきた自分が、遠慮なく飲んでいられる。
忘れていた安心感を深く心に感じながら、ジャックはうつらうつらと眠気に負けそうなマリアを抱き上げて自宅のある丘へと歩き出した。
騎士の軌跡Ⅱ ‐砂漠の騎士~Knight vs Ritter~‐ 零識松 @zero-siki-matu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます