騎士の軌跡Ⅱ ‐砂漠の騎士~Knight vs Ritter~‐

零識松

第1話 熱砂に暮らす民



 帝国領の東の端――そこは、広大な砂の海が広がっている。

 「グラールデン砂漠」と名付けられたその地は、帝国から「卑民」や「蛮族」のレッテルを貼られた黒髪黒目の人々「ヤマンチュール人」の住処であった――



 砂漠のオアシスを中心とした都市――グラールデン砂漠に築かれたヤマト自治区。

 その街道を、一組の父子が歩いていた。

 父はまるで砂漠にある岩石のように分厚く鍛えられた筋肉を、白い一枚布を複雑な手順で巻きつけ、腰の部分を帯で縛るというこの地方独特の服装で覆っている。

「今日、いっぱい穫れたねー」

「おう!父ちゃんの腕なら、ざっとこんなもんよ!」

 日差し除けのための帽子の奥から覗く彫りの深く日焼けした顔を破顔させて豪快に笑う父親を、羨望のまなざしで見つめるヤンチャ盛りといった印象の少年。

 その純粋な瞳にはさっきまで間近で見ていた、愛用の弓矢で獲物を次々と仕留めていく父親の姿が鮮明に焼きついていた。

 今日の成果――夕食の豪華なおかずであり、魔法使いが高値で買い取っていく大事な交易品でもある砂鳥は、父親が肩に担いだカゴに山盛りになってつめこまれている。

「さ、砂嵐が来る前に家に帰るぞ」

「うん!」

 砂混じりの風に目を細めつつ、帰宅を急ぐ親子。

 と、父の筋骨隆々な体がぐらりと傾いた。

「ッ!……っと」

「父ちゃん?大丈夫?」

「心配すんなって。大丈夫だ……っと」

 倒れそうになった体を支えようと出した脚。そのわななく足首に小さい腫れができているのを子供は見逃さなかった。

「やっぱり、さっきサソリに刺されてたんだ……大丈夫じゃないよ!先生のところに行こう?」

「……最近来たヤツか」

 脚から急速に昇ってくる熱に浮かされてきた父親の脳裏に、深々と頭を下げるフードをかぶった青年と少女の姿がよみがえる。

「あ、あんな得体の知れない野郎の世話には……おっと」

 三度、傾く体。いつの間にか、息も荒くなってきている。

 このまま、地面に倒れるわけにはいかない――と残った体力を振り絞って歩き出そうとした父親の耳に、聞きなれない声が届いた。

「大丈夫ですか?」

 焦点も怪しくなってきた目を、声の方へ向ける。

「あ!ヤークト先生!父ちゃんがサソリに刺されたんだ!」

「なんだって!?すぐに私の家まで運びます!」

 青年の声が聞こえるや、有無を言わさず腕を掴まれた。

「か、かまうんじゃね……ぇ……」

「気にしないでください。よっと」

 気を失う前に感じたのは、自分を背負った青年――ヤークトが全く躊躇なく立ち上がった事への疑念だった。

(普段の狩猟生活で鍛えられた筋肉と生まれつきの体格の良さでかなり体重のある俺を、平然と背負った――いったい、この流れ者は何者なんだ?)

 そんなわずかの詮索も、サソリの毒による炎のような熱にかき消されていった。


「――う……」

 後頭部から感じるひんやりとした冷たさに、目覚めたばかりの意識にかかっていた霞が急速に晴れていく。

(……人の、気配……?)

 息子のタケルだろうか。しかし、それにしてはこの気配はあまりにか細い。まるで、死にかけの老人のものだ。

「ん……」

 うっすらと目を開くと、見慣れた物とは別の土の天井があった。そして、頭の下には冷たい皮袋が敷かれている。

 と、小走りで部屋から走り去っていく白い後ろ姿が視界の隅に入った。

 タケルと同じくらいの背ではあるが、長く白い髪もあって、どこか浮き世離れした印象を与える。

(あの娘は……ゲールド人の連れか……って事は、ここはアイツのやってる診療所……)

 首を動かして周りを見回す。

 広めの室内には、清潔な寝具が三つおかれている。おそらく、自分が寝ているのもその一つだろう。

 そして、ベッドの横には木製の小さな棚があり、自分の棚の上にはすり鉢とその横に置かれた棒、そしていくつかの薬草と思われる草がある。

 元々、この丘の上の家は、帝国がこのヤマト自治区を監視するために建てた物だ。

 しかし、監視官が砂漠近くの町に移り住んでからは、時折ふらりとやって来る流れ者のゲールド人の住居として使っている。

 誰も彼もが雨風さえしのげれば良い程度の感覚だったのかロクな修繕もされず、長年荒れ放題だったのだが――。

(今回の客人はずいぶんとマトモな輩みてえだな)

 しかし、だからといってゲールド人への感情が変わるわけでもない。

(タケルは……どこだ?)

 ついてきているだろう息子の姿を探して、よっこらせ、と体を起こす。気絶する前の猛烈な倦怠感はすっかり治っていた。どうやら飲ませてくれた薬草が効いているようだ。

 と、出入り口の方からちょうどよく白衣を身につけた男がやって来るのが目に入った。そばには看護服を着た白い髪の少女がぴったりと寄り添っている。

「ああ、さっきまで看病してくれてたのはお嬢さんか。ありがとうな」

 声をかけると、少女はとんでもない、といわんばかりに首をふるふると左右に振った。

「具合はどうですか?」

 心配そうな表情を向けてくる青年。

 その頭で輝く金色の髪を目にした瞬間、押し込めてあった怒りがこみ上げてきた。

「ふん……まさか、ゲールド人に助けられるとはな……明日は雨でも降ってくるのか?」

 嫌味ったらしく答えて、金色の髪の青年をねめつける。

「おまえさんたちが、うちらの先祖をこんな所に追いやった事、忘れたとは言わせねえぞ」

「それは……すいません……」

 底知れぬ憎悪がにじみ出る言葉に、青年は深く頭を下げる。

「父ちゃん、そんな言い方ないだろ!?ヤークト先生は父ちゃんを背負ってここまで運んできたんだよ?」

「タケル……こいつ等に何か変なことされなかったか?」

 青年の後ろからでてきた息子の頭をなでながら、声をかける。

「何にもないよ!」

 ムキになって大声をあげる息子を上から下まで眺めて異常がない事を確認すると、再び警戒する視線を青年へと向ける。

「それで、なにが望みだ?言っとくが、俺はゲールド人に払う金なんざ持っちゃいねえぞ?」

「父ちゃん!」

「治療費はいりませんよ」

 あっさりと言ってのけた青年に、思わず目がこれ以上ないほど見開かれる。

「おいおい、本当にいいのかよ。こりゃいよいよ明日は嵐でも来ちまうかもな」

「私がした事といえば近辺から採ってきた薬草をすりつぶしただけですから。それに――」

 柔らかい笑みを浮かべ、青年はどこか懐かしいものを見るような目を向けてくる。

「貴方は口ほど厳しい人ではなさそうですね。ヤマンチュールの族長、アマツさん」

「……ケッ!ゲールド人に下心のないほめ言葉なんざあり得ねえんだ。金払わねえでいいなら、こんな所に用はねえ。タケル、帰るぞ」

(チッ、まるでのれんに腕押しってヤツだな。飄々としやがって)

 一瞬見せてしまったあっけに取られた表情を隠そうと大声でまくし立て、どすどすと大股で小屋を後にする。

「それじゃ、ヤークト先生、本当にありがとう!また色んな話聞かせてくれよ」

「はい。何かあったらすぐに知らせてください」

「うん!わかった」

 ゲールド人の言葉に大きな声で返事をして走ってくるタケルを見ていたオレは、たぶん苦い顔をしていただろう。

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