第4話 正体と矜持


 ヤマンチュールの運命を決める会議の開始からさかのぼる事、一時間ほど前。

「襲撃……ッ!?」

『騎影からすると、《ミョルニル》と推測。数は2。どうやら、食料の略奪が目的みたい』

 悲しみに満ちた表情でリッターから届いた情報を分析するマリア。

「そうか……」

 かつて、シュタールリッターといえば心・技・体がそろった者のみが搭乗を許された特別なものであった。

 それが、略奪を行うような下劣な輩を乗せなければならないほどに搭乗者の質が低下している――そう考えると、所属していた者として情けなさを感じずにはいられなかった。

(だからこその管制心理なのだろうか……)

 一瞬視線をマリアへと向け、すぐに頭を振るジャック。

 くだらない雑念を追いやり、これからどう行動するかに思考を向ける。

「《ミョルニル》は俺がいた時にはまだ無かった騎種だな。その性能の高さは風の噂に聞いているが――」

『私がリンクして確かめる?』

「だめだ。そんな事をすれば君にどんな影響がでるか分からない」

 強い調子でマリアの申し出を断ると、腕を組んで様々な状況とそれの対策の思案に入る元エース。

「……よし」

 考えがまとまったジャックは、棚の後ろに隠しておいた武器を大きな皮袋に詰めはじめる。

『どこへ?』

「族長の館に行ってくる。一つ、アイデアが浮かんだ」

『さっき、町の人たちが何人か入っていくのを確認したわ。現在はおそらく、対応を協議しているんだと思う』

「そうか……なら、好都合だ。一人一人に話して回る手間が省ける」

『ジャック』

 大きな荷物を背負って飛び出していこうとするジャックの体を、マリアの声が引き留める。

『こちらの事情は――』

「幼い少女の病気を治そうとする若い医者――にしてなかったか?」

 周囲を欺くための「設定」を確認するジャックに、違う、と首を振るマリア。その顔は何かを悟ったような表情をしていた。

『こちらの事情は気にしないで。あなたのやりたいと思っている事なら、私はついていくわ』

「……すまない」

 一言だけ謝罪すると、白衣を砂漠の熱風ではためかせながら、ジャックは診療所を後にした。

 やはり、彼女にはお見通しか――苦笑に歪んだ顔を引き締めると、一番大きな建物を目指して、人っ子一人いない路地を全速力で駆け抜ける。

 

 勢いよく開け放たれた扉――その向こうで息を切らす人影に、議場の全員が驚きを隠せなかった。

 いちはやく立ち直ったアマツが、声をかける。

「どうした?ヤークトさんよ。まだけが人はでてねえぜ?」

「襲撃者は、広域殲滅型の《ミョルニル》が二騎で、間違いないな?」

 荒い息の中から聞こえる言葉に、アマツは来訪者の正体に確信めいたものを得たがあえてその事にはふれず、先を促す。

「ああ、たしかに見た目と近隣から聞こえてくる噂話をあわせるとミョルニルだろう。それで、それがどうかしたか?」

「一つ、策を閃いた」

 言って、砂漠を中心に近隣の町までを網羅した地図を机の上に広げるジャック。

「ヤマト自治区はここ。そこから五〇メートルほど離れたところにミョルニルが並んでいる。いくらミョルニルが遠距離攻撃を主体とした騎体といえど、一瞬で攻撃をこの町へと届ける事はできない。それに、彼らの口振りからすると要求に従ったとしても何かしらの難癖をつけて、結局はこの町を蹂躙しに来るだろう。自国の都市を襲うような連中だ。それくらいしてもおかしくはないと俺は思う」

 いったん言葉を切って、周囲を見回すジャック。

 ただの医者である自分の提案を皆、黙って聞き入ってくれている。

 一人――一番大柄な彼をのぞいては。

「ほう……それで、策ってのは何なんだ?」

 試すようなアマツの視線に晒されながらも、それに真っ向から相対して言葉を返す。

「彼らがほしいのは水でも食料でもなく、自分たちの遊びに使う、人間という玩具だ。飲食物はついでにすぎない。ならば、俺が彼らの遊び相手になる。皆はその間に近くの町まで避難してくれ。万が一自治区への侵入を許したとしても、建物もできるだけ守る」

 ジャックの言葉に、それまで静寂を保っていた議場がざわめきはじめる。

「そんな無茶な!」

「人間が、あの巨人に勝てるわけがない!」

 周囲のざわめきを手で制し、長のアマツが皆の疑問を代表して問う。

「その作戦、あんたを相手が追いかけてくる保証はどこにある?それに、どうやって医者が巨人と戦うつもりだ?」

 おまえの正体を答えろ――そんな思いを言外にはらませた詰問。

(やはり、そこを突いてくるか……)

 おそらく、下手なごまかしでは納得するどころか、無謀な突撃をかけてしまう――そんな不安をジャックに持たせる程に強い意志を湛え、なお爛々と輝くアマツの瞳が、まっすぐ彼を見据えている。

(しかし、もしこれまでの経緯を話してしまえば、自分やマリアどころか、ヤマンチュール民族にも危険が及ぶ可能性がある)

 現在、ようやく一部の民の間では回復してきたヤマンチュール人の地位だが、貴族などからは未だに「黄色い猿」呼ばわりで、遙か過去に存在していた奴隷などと同じ感覚で扱う者が大半を占める。

そんな現状で、さらに国家機密を知る脱走兵を匿っていたとなれば、他民族根絶を叫ぶ過激派の貴族たちに格好の口実を与えてしまう。

 だが、自分が動かねばこの心優しい人たちは蹂躙されるのを待つしかない。

(マリア、すまない――)

 全員の視線を浴びながら、ゆっくりと白衣のそでを捲る。

 そこには、魔術と機械技術を併用して作られたブレスレット――通信機がしっかりと巻き付けられている。

 驚きに黒い瞳を見開くヤマンチュールの民に、ジャックは言い放った。


「俺の本名はジャック・L・マーズ。元帝国軍人だ!」


 ジャックの言葉に、たちまち議場は騒然となった。

「ぐ、軍人!?ヤークト先生が!?」

「信じられねぇ……」

「でも、今〝元〟って言ったぜ?」

「退役や傷痍軍人って感じもしないし……まさか、脱走兵……?」

「あの腕のやつ、たしか巨大騎士に乗る人間しか装着していないんじゃなかったか?」

「じゃあ、ヤークト先生も、あの巨人を動かせるのか」

「こいつは好都合だ、この隙に逃げようぜ」

「ちょっと!アンタだって先生に診てもらってただろ?なんて恩知らずな!」

  さざ波のように広がった隣同士の話し合いは、あっという間にいくつかのグループ間での口論に発展してしまった。

 あちらこちらで勝手な憶測が飛び交い、たちまち混乱のるつぼと化した議場。

 その有様を見回したあと、大きく胸をそらして息を吸い込む男が一人。

 次の瞬間――

「おまえたち!静かにしろ――!!!」

 屋敷が揺れたかと思うくらいの大音声をあげて、力ずくで会話の主導権を奪い取ったアマツは、まっすぐジャックを見据えて口を開いた。

「――わかった。アンタに任せる」

 ざわつく場内を、鋭い眼光で黙らせるアマツ。

「了解した。それと、オウーマを一頭借りたい」

 オウーマとは、砂漠地帯に生息する鱗に覆われた大型の爬虫類で、近くの町への移動用などで重宝されている。馬ほどの速度は出せないが、砂漠でのスタミナに関してはどんな動物にも勝る。

「オウーマを?」

「ああ、砂漠に置いてあるリッターを取りにいく」

「正門近くの小屋にいる、好きなのを連れて行け」

 アマツの言葉に首肯で答えると、皆に背を向けるジャック。

「勝手な要求を快諾してくれたこと、感謝する」

「――なぁ、ゲールド人」

 怒気を孕まない口ぶりに多少違和感を覚えつつ、踏み出そうとした足を止めて、アマツの言葉に耳を傾ける。

「なんで、そこまでするんだ?あんた等ゲールドにとっちゃ、ヤマンチュールなんてとるに足らない存在じゃないのか?」

 ともすれば自分達を卑下するような言い方に思わず振り返ると、皆それぞれに複雑な表情をするヤマンチュールの人たちに向けて口を開いた。

「この町を囲う城壁に、『訪れる者は皆家族』と書かれていた。家族を守るのは当然の事だ」

 言い終えると、呆気にとられた様子の皆に再び背を向けて、歩き出す。

 扉を閉め終わるまで、話し声どころか物音一つ聞こえなかった。

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