第7話 支援と家族


 ――時は、少しばかりさかのぼる。

 ジャックが屋敷を出て行った直後――館は静寂に包まれていた。

「……行っちまったか」

 場の沈黙を破ったのは、アマツの一言だった。

「父ちゃん!ヤークト先生、行っちゃったよ?オイラたちも何か手伝った方が……」

 タケルの言葉は、そこで途切れた。

 父親の目に、光る物があったからだ。

「……ったくよう」

 涙に震える声を隠さず、アマツは言葉をつむぐ。

「どうして、ゲールド人が俺たちヤマンチュールの為にそこまでするんだよ……」

 議場の誰も、族長の涙を笑おうなどとは微塵も思っていない。

「あんな文句、律儀に見るヤツがいるんだな……もう誰も見ないものだと思ってたのに……」

「当時の族長は、信じていたんだな。いつか、融和する時が来ると」

 感極まって言葉につまったアマツの後を、ヤシロが引き継ぐ。

「皆、ここの掟を覚えているか?前文には、こう書かれている。『来訪者は家族と同じ。間違いを犯せばそれを正し、協力できる事に労を惜しむべからず』――今、「家族」が身を挺してこの町を守ってくれている」

 そこでいったん言葉を切ると、議場を見回すヤシロ。

 革命派と穏健派、その誰もが沈黙していた。

 しかし、その全員が瞳に燃えるような強い意志を宿し、今か今かと族長の言葉を待っている。

 それを見て取ったヤシロは、親友の肩にポンと手を置く。

 無言の首肯をして、ぐい、と光る物を隠すように目元を拭うと、アマツは口を開いた。

「皆、行くぞ!ジャックを助けに!!」

『おうッ!!』

 一糸乱れぬ返答は、屋敷を揺らさんばかりであった――。


 倒れ伏したミョルニルの射線に入るか否かという、まさしく生死の瀬戸際から、ロングボウによる数十本の矢を鋼鉄の巨体に射掛けていく。この砂漠にしか存在しない希少金属であるヒヒイロノカネが惜しみなく使われた矢尻は、射手の妙技で装甲の隙間を通り抜けて水銀の流れる管に刺さると、内部に流れる水銀を固体へと変化させる。

 人間でいう血液が止められたような状態になったミョルニルは、ジャックによる機関部へのダメージも相まって、あっという間に動きを鈍らせていく。

『ま、まさか、この俺が……あんな脱走兵と黄色い猿ごときに……』

 一瞬で形勢が逆転してしまった驚きと恐怖で震える声を漏らしつつ、最後のあがきといわんばかりに火矢を放とうとするミョルニル。

 しかし、やっと開いた装甲の間からはたちまちヒヒイロノカネの矢がなだれ込み、さらにその動きを鈍くしていくだけの結果に終わった。

「よし!予想通りかなり敵の動きは鈍くなっている!勝てるぞ!」

 ヤシロの声に、より一層奮起した男たちは、各々オウーマを巧みな手綱さばきで操りつつ、畳みかけるように矢を放ち続けた。


 そのころ、まさに四面楚歌の状況となったミョルニルのコクピットでは――。

「クソッ!動け!動けよこのポンコツがぁ!!」

 怒りで頭が真っ白になった搭乗者が、機能しなくなったモニターを殴りつけていた。

「くぅぅ……最悪だ……まさかこんな事になるとは……」

 直接自分の目で状況を確かめようとハッチに手を掛ける。

 床とハッチの間にねじ込んだ手に渾身の力をこめると、まだ液状の水銀が残っていたのか、わずかな隙間ができた。

 熱風の吹き込むそこに腰の剣を突き刺し、てこの原理で徐々に隙間を広げていく。

 そしてしばらくの後、やっと頭が通るくらいの広さに拡張できた隙間からは、砂地しか見えなかった。

「うつ伏せになってるからか!くそっ!」

 毒つきつつ、仕方なく頭だけをだして周囲の状況を確かめる。

「ったく……あの猿ども、どこにいやがるんだ?」

 忌々しげに皺が幾筋も刻まれたその眉間に、必殺の一矢が突き立った。

「ガッ……」

 糸の切れた人形のように落下していく搭乗者を、矢を射った姿勢のまま無表情に見つめるアマツ。

「目を奪われれば、外を確認しようと中から出てくるのは当然。まして、外部拡声器から絶えず搭乗席の音を拾えるのだ。顔を出す瞬間を狙うなどたやすい」

 誇るようなことでもないと、手綱を引いて仲間の元へ向かう。

 彼の背後では、動力炉から上がった炎が騎体を包みこんだ。

 いくつかの小さい爆発の後、まるで太陽が落ちてきたかと錯覚するような大爆発をおこし、ミョルニルはただの鉄の残骸へと成り果てた。


「……鮮やかな手際だな」

 目の前で展開された戦闘に驚嘆しながら、ジャックは再び砂漠に足をついていた。

 ――ぼふっ

 後ろからの軽い衝撃に振り返ると、そこには握りしめたジャックの服に顔をうずめる少女の姿があった。

「マリア……」

『無事でよかった……本当に……』

 そこにある存在をしっかりと確かめるように腰に手を回して、瞳から流れる涙もそのままにしがみつくマリア。

 その姿に、無茶をした彼女を怒ろうと喉まで出かかっていた言葉が、すっと胸の奥まで引っ込んでいった。

 一年前から全く変わらない高さにある頭を、子供を落ち着かせるように、何度もなんども優しく撫でる。

「……無茶をして、すまなかったな」

 ジャックの言葉に、激しくぶんぶんと首を振る少女。色素を失い純白になった長髪が最上級の絹糸のように美しく舞う。

『そんな事ないです。私の方こそ、てごめんなさい。それと……』

 と、言葉を切って上目遣いにジャックを見つめていた涙を湛える瞳を、こちらにやってくる大柄な男性へとむけるマリア。

「感動の再会のところ、水をさすようですまねぇな」

「アマツさん……どうして、あなた達が……?」

「そこのお嬢ちゃんに頼まれたのさ。いやあ、あれはすごかった。すげえ勢いで扉開けて入ってくるなり、オレ達に書いて見せた言葉が『ジャックを助けてください』だったからなぁ。ジャックはリッターに乗ってません!って力説されてな。それと――」

 手をもじもじと擦り合わせて恥ずかしそうにしているマリアを見つめていたアマツの目が、ジャックへと向けられる。

「家族が頑張ってるのに家主が何もしねえでいられっかよ」

 照れくさいのか、ぶっきらぼうに言葉を切る。その瞳には議場までの剣呑な雰囲気は無く、穏やかなだった。

「お前さんたちの事情も教えてもらった。この子を助けたいんだってな……なぁ、ジャック」

 族長の顔に戻ったアマツは、「家族」をまっすぐ見据えて口を開いた。

「オレたちと一緒に、ヴィクナスト監獄襲撃に加わってくれないか?」

「ヴィクナスト監獄というと……反体制派が収容されている施設か。あそこを襲撃するのか?」

「ああ。そこには、ヤマンチュール指導者のヤチホコ様がおられる。彼女を再び公の場に出す事ができれば、皇帝も無碍にはできないはずだ」

 ヤチホコという名前には、ジャックも聞き覚えがあった。ヤマンチュール人の中でも特別な性質を備えた少女が代々継ぐ名前で、神秘的な力を持つのだと。

「……独立を目指しているのか?」

「少なくとも、ゲールド人に理由無く見下されているこの現状を改善したいとは思ってますよ」

 アマツとは違う丁寧な言葉遣いに視線を向けると、そこにはヤシロをはじめ、ヤマンチュールの闘士たちが勢ぞろいしていた。

「砂漠の近くの町ではそうでもありませんが、いまだに私達を同じ人間と認めようとしない方々も多い。そういった人たちに本当の私達を知って欲しい」

「それに、もしかしたらヤチホコ様の奇跡の力で、お嬢ちゃんも治せるかもしれねぇ。頼む」

 言って、深々とアマツはジャックに頭を下げた。

 昨日までは考えられなかった族長の行動。

 それに続いて、後ろの騎馬隊たちがそろって腰を折る。

「…………」

 彼らのひとえに真摯な願いの込められた行動に、ジャックはちらりと横のマリアを見る。

 すると、まるで彼がそうする事がわかっていたかのようにこちらを見上げる二つの碧眼と視線が絡み合う。

 決意を後押しするような瞳にうなずき返すと、頭を下げたままのアマツたちに向かって口を開く。

「――わかった。他ならぬ家族の頼みだ。協力させてもらう」

 一瞬の静寂――直後、歓声が傾き、赤みの増した陽光に照らされる砂漠に響きわたった。

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