9.アルベルド探索1

 部屋を出た勢いのまま、ケイは急いでギルドの出口に向かった。途中、他の冒険者が不思議そうな顔でこちらを見てくるが、気にしない。

 ギルドの外に出ると火照った顔を冷やすには丁度いい、心地良い風が吹いていた。

 まだドキドキしている心臓の鼓動を静めるため、深呼吸をしていると後ろから声がした。


「ちょっと置いてかないでくださいよー」


 小走りで追いかけてきたアリシアが、不貞腐れたような表情でケイを見つめる。


「あぁ、ごめん。ちょっと動揺しちゃって」


 先程のリーゼの行動は、女性経験のないケイにとってかなりグッとくるものがあった。動揺するのは仕方がない。


「それにしても、あれはなんだったんだろうか……」


 そう呟いたケイに、アリシアが驚いた様子を見せる。


「ケイさん、気付いてないんですか?」


 アリシアが可哀想なものを見る瞳をこちらに向けてきた。


「リーゼさん苦労しそうだなぁ」


 アリシアの発言の意味がよくわからなかったケイは、とりあえず話を切り替えることにした。


「まぁ、その話は置いといて。ギルドの用事も終わったことだし、街の案内をしてもらっていいかな?」


 冒険者ギルドという活動拠点を得たケイは、次に情報収集することに決めた。しかし、異国の地を一人で歩く勇気がないケイは、アリシアに協力をお願いする。


「わかりました! 案内は任せて下さい!」


 二つ返事でアリシアが了承してくれてホッとする。


「えっと、行きたい場所とかってありますか?」

「うーん、行きたい場所か……」


 そう言ってケイは少しの間考える。

 情報を集めるとしたら、図書館のような場所が最適だろう。しかし、調べものをするとなるとそれなりの時間が必要だ。それにアリシアを付き合わせるのはさすがに気が引ける。場所だけ教えてもらい、後日一人で調べるのがいいだろう。


 他に行きたい場所といえば、お店だろうか。純粋にどういった物が売られているのか気になるのだ。

 この世界は【タナトス】に似ているが、存在しない大陸や街、通貨などの不可解な点もある。もしかしたら、ケイの知らないアイテムが売られているかもしれない。


「それじゃあ、この街でオススメのお店を案内してくれるかな?」

「武器屋ですか? それとも食べ物系?」

「うーん、全部で」


 時間の許す限り、色々と見て回りたいのでそう答えた。幸いにも陽はまだ高いため、ある程度歩き回る時間はあるはずだ。


「了解しました! まずは食べ物系のお店を紹介しますね!」


 そう言って元気よく歩き出したアリシアを追って、ケイも歩き出す。

 気付けば、顔の熱さもだいぶ引いていた。



 歩くこと数分、二人は人通りの多い通りに出た。通りには何十軒もの屋台が建っており、至る所から美味しそうな匂いが漂ってきている。

 その匂いに釣られてきたのか、屋台の周りは大勢の人で溢れていた。


「食べ物に関してはこの通りが一番ですね。串焼きや甘いもの、野菜や果物なんかも売ってます」


 アリシアの説明を受けながら、通りを見渡す。ある屋台では景気の良さそうおじさんが焼き鳥に似たものを焼いていた。肉にかけられているソースの香りが、風に乗って鼻を刺激する。初めて嗅ぐ香りだが、とても美味しそうだ。


「アリシア、あれはなんだ?」


 先程の串焼きを指差す。


「あれはチキンベアの串焼きですね。 ソースがピリ辛でとっても美味しいんです!」

「へぇ、チキンベアの肉って食べられるんだ」


 チキンベアは【タナトス】に出てくるモンスターだ。見た目は動物の熊と同じなのだが、とても臆病チキンな性格で、プレイヤーに出会うとすぐ逃げてしまうことで有名だ。戦闘能力もかなり低い。


「どんな味か気になるな。アリシアも一緒に食べる?」

「えっ? いいんですか!」


 アリシアが目を輝かせながらこちらを見てくる。


「案内してくれたお礼だよ」


 そう言って、串焼きを買うために屋台へ近付く。

 近付いてくるケイに気付いた屋台のおじさんが、先に声をかけてくる。


「いらっしゃい! 何本お買い上げで?」

「えっと、2本でお願いします」

「毎度! 2本だと400になりますね」


 400ブロンズ。またケイの知らない通貨が出てきた。

 しかし、2度目の出来事なので冷静に考える。


(ブロンズということは銅、シルバーよりは価値が下のはずだ。恐らく、1シルバーで足りるはず)


 内心ビクビクしながら1シルバーを取り出し、おじさんに渡す。


「1シルバーですね。ではこれがお釣りの600ブロンズです」


 おじさんはそう言うと、手のひらの上に小さな革袋を出現させた。

 それを見たケイは少しだけ目を見開く。何もない場所からいきなりアイテムが出てくる。自分もすでに何回かやったことだが、他人がやるのを見るとおもしろい。


 おじさんから革袋を受け取り、中身を確認する。中には、一円玉サイズの銅貨が大量に入っていた。どうやら他の硬貨とは違い、銅貨にはレリーフが描かれていないようだ。

 『収納』と念じると、シルバーと同じように革袋が手元から消え、所持金に追加されることがわかった。


「それでは、こちらをどうぞ」


 ケイの手から革袋が無くなるのを確認すると、おじさんが串焼きを渡してくれた。それを両手で一本ずつ受け取り、おじさんに礼を言ってからアリシアの元へ戻った。


「ただいま」

「おかえりなさい!」


 そう言いながらアリシアは、串焼きをずっと見つめている。その姿を見たケイは、餌を待って尻尾を振る子犬のようだなと思った。


「そんなに慌てなくても、ちゃんとあげるから」


 笑いながら一本の串焼きをアリシアに渡す。

 ケイが笑っていることに気付いたアリシアは、自分が串焼きをじって見ていたのがバレたとわかり、頬を赤く染めた。


「す、すみません。ちょっとお腹が空いちゃって」

「気にしないでいいよ。これだけ美味しそうなんだから、お腹が空いちゃってもしょうがないさ」


 ケイは手に持った串焼きを見ながら答えた。

 串には大ぶりの肉がいくつも刺さっており、かなりのボリューム感がある。肉にはソースがたっぷりとかかっていて、その刺激的な香りが食欲をそそる。熊の肉ということで、獣臭がするのかと心配だったが、臭みは一切感じられなかった。しっかりとした下ごしらえがされているのだろう。

 なんて、グルメリポート的なことを考えていると、ケイもお腹がすいてきた。


「さて、冷めないうちに食べようか」

「はい!」


 そう言って二人同時に串焼きに齧り付いた。


「……うまい!」


 あまりの美味しさに、ケイは思わず声が出てしまった。

 噛むたびに溢れ出てくる肉汁とチリソースに似たピリ辛ソースが合わさり、口の中で旨みが爆発している。肉質は鶏のもも肉に近いというか、鶏のもも肉そのものだ。だが、肉の味は普通の鶏肉よりも圧倒的に強く、ソースの味に負けていない。


 どうやらチキンベアの名前は臆病という意味ではなく、鶏肉という意味らしい。今日からは鶏肉熊と呼ぶことにしよう。


「おいしいですねぇ~」


 アリシアの幸せそうな声が聞こえたので、様子を見てみる。

 トロンとした笑顔で、口いっぱいに肉を頬張り「もきゅもきゅ」という音を立てながら、口を一所懸命動かしている。

 ケイはハムスターみたいでかわいいなと思ったが、それを口にすることはなかった。


 その後は二人とも黙々と食べ進め、一分ほどで食べ終わった。


「「ごちそうさまでした」」


 二人揃って言いながら、ケイはこちらの世界での初めての食事が大当たりだったことに満足していた。

 屋台の食べ物でこれだけ美味しいのだ。きっと、レストランのような場所に行けば、もっと美味しいものが出てくるだろう。今後の食事が楽しみだなと思いつつ、食べ過ぎて太らないかちょっと不安になる。


「他にも何か食べますか?」


 アリシアが首を傾げながら聞いてきた。


「いや、今のところもう大丈夫。次は武器とか防具が売ってる場所に行きたいかな」

「了解です! どんどん行きましょう!」


 次の店に向け、二人は人混みの中を抜ける。ケイはアリシアと逸れないよう気を付けながら歩いた。

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