13.ポーション練成

 ローズが言っていることは【タナトス】のゲーム性を完全に否定しているものだった。

 【タナトス】では一つの【職業ジョブ】を極めるのではなく、様々な【職業】に触れながらキャラの成長を楽しむ、というのがコンセプトになっている。


 しかし、今の話が本当だった場合、他の【職業】のレベルを上げるのが不可能ということになり、必然的に成長を楽しむという要素が激減してしまう。

 そんなデメリットしか存在しない仕様変更に、ケイは眉根を潜めながら話の真偽について思案する。


 ふと、ギルドにいた冒険者たちのことを思い出した。


 あの場にいた全員のステータスは、ゲーム初心者並みに低かった。アルベルド最強と言われているドルフでさえ、ケイから見れば同じ初心者の域だ。

 だが、【職業】の変更が出来ないというのであれば納得できる。


 【タナトス】の世界では、一つの【職業】だけレベルを100にするより、全ての【職業】のレベルを10にしたほうが強くなるのだ。それだけ、他の【職業】のレベル上げは重要なのである。

 それを行わないということは、何かしらの原因が存在するはずだ。


「ねぇ、ケイ君?」


 思案に耽っていたケイは、ローズに話しかけられたことで我に返った。


「……えっと、なんでしょうか?」


 ローズの顔を見ると先程までとは違い、真面目な表情でこちらの反応を伺っている。


「さっきの言い草だと、君は【職業】を変えることが出来るみたいだけど?」


 ローズが疑問を投げかける。

 確かに、ケイの質問には『自分は出来るのに、他の人は何故やらないのか?』というニュアンスが含まれていた。ローズはそれに気付いたのだろう。


「……はい、出来ますよ」


 その疑問に対し、ケイは正直に答えることにした。

 どうしても【タナトス】の根幹とも言えるシステムが使えないとは考えられず、もしかして変える方法が分からないのではと思ったのだ。

 十中八九、そんな間抜けな理由では無いだろうが、試してみなければ分からないこともある。


 そこで、実演することにした。


 ケイは、自分とローズの間に【職業】の変更ウィンドウを出現させる。

 ウィンドウには変更可能な【職業】の一覧が映し出されており、その数は200を超えていた。


「なによこれ……ここに書いてある全てが【職業】なの? こんなの見たことないわ!」


 ウィンドウを見たローズが驚きの声を上げる。


「ど、どうしたんですか?」


 痛みからやっと立ち直ったアリシアが、ローズの声に反応してこちらに近寄ってくる。

 そして、空中に浮かんでいるウィンドウに目が止まった。


「…………ケイさん、これは一体何ですか?」


 どうやら二人とも、このウィンドウを見たことが無いようだ。


「ここに書いてあるものを選択すると、その【職業】に変更できるってものなんだけど……」


 そう言いながらケイは、錬金術師の文字を指で押す。

 次に、変更されたかどうかを確認するためにステータスのウィンドウを開いた。


『キャラクターネーム:ケイ』

『【職業】:錬金術師(100Lv)』

『HP:8792』

『MP:3045』

『攻撃力:1891』

『防御力:1623』

『魔法攻撃力:2718』

『魔法防御力:2664』

『素早さ:3129』


 無事に変更することは出来たようだが、見せるつもりのなかった攻撃力などのパラメータまで間違って表示してしまった。

 本当なら、これまで何度かやったように【職業】のレベルだけを表示すればよかったのだが、ゲームをやっていたときの癖で変更後のパラメータを確認したくなってしまったのだ。


「えっ? ケイさんって剣士でしたよね!?」

「……ちょっと待ってアリシアちゃん、その話は本当!?」

「は、はい! 実際にこの目で見ました!」


 二人は顔を見合わせて、驚きを共有している。


「それに、ステータスの高さも異常だわ……私の目がおかしいのかしら?」

「私の200倍は強いですね……ケイさんって本当に人間ですか?」


 信じられないものを見るかのように、表示されているステータスを眺めるローズとアリシア。

 数秒の沈黙の後、ローズはケイの方へ向き直った。


「ケイ君の強さについては後回しにして。本当に錬金術師になったのか、証明してくれないかしら?」


 そう言いながらローズは、アイテムボックスから取り出した一枚の葉をケイに手渡す。葉の形状は、ゲーム内で幾度となく見たミズヒ草のイラストにそっくりだった。

 要するに、錬金術師ならポーションを作ってみろと言いたいのだろう。


 ローズの要望に応えるべく、ケイは受け取ったミズヒ草を右の手の平に乗せ、意識を対象物に集中させる。

 目の前にいる二人も、固唾を飲んでケイの右手に集中していた。

 その視線に少し緊張しながら、ケイは錬金術師のスキル【練成】を発動させる。


 結果はすぐに現れた。その証拠に、ミズヒ草が淡い光に包まれながら溶けるように形を変化させていったのだ。変化は三秒ほどで終わり、元の姿からは想像できない赤い液体が手の平に出現した。

 直後、液体は重力に従ってケイの手から零れ落ち、店の床を汚していく。


 どうやらポーションを作るには、別途で空の小瓶が必要だったらしい。

 【タナトス】をプレイしていたときは、ミズヒ草を【錬成】するだけで小瓶に入った状態のポーションが作れたので完全に油断していた。

 冷静に考えれば、一枚の葉っぱからガラスの小瓶を作れる訳がないのだが、ゲームの中という認識がどうしてもあるので、そういった思考が抜け落ちてしまう。

 この世界は、ゲームとは違う妙なリアリティさが存在すると考えた方が良さそうだ。


「……本当に出来ちゃいましたね」

 

 アリシアが目を丸くしながら呟く。

 何かを考え込んだ様子のローズは、ケイの右手をジッと見つめている。


「ケイ君。ちょっと右手を貸してくれないかしら?」

「右手ですか? 別にいいですけど」


 ケイは赤い液体が付着したままの右手をローズに差し出す。

 すると、ローズは何を思ったのかケイの人差し指をいきなり口に咥えたのだ。


「い゛っ!?」


 突然の出来事にケイは変な声を上げる。

 そんなケイのことはお構いなしに、ローズは舌を上手く使いながら液体を舐め取っていく。

 むず痒さと気持ちよさが混ざり合った奇妙な感覚に襲われたケイは、身を固くしながら完全に思考停止していた。


「な、なんか凄いことになってますね……」


 顔を真っ赤にしたアリシアが、指を咥えたローズを凝視する。

 アリシア以上に顔が赤く染まったケイも、自分の指から目が離せなかった。正確に言うと、ローズの唇からだが。


(な、何が起こっているんだ……!?)


 今の状況は傍から見れば、とても幸せなシチュエーションに映ることだろう。しかし、女性経験皆無なケイには余りにも刺激が強かったため、楽しむ余裕は微塵も無かった。

 そんな初々しい反応をするケイが面白かったのか、ローズは上目遣いをしながら舌先で更なる刺激を加える。


「そ、そろそろ離してもらえませんかっ!」


 いろいろと限界を迎えそうだったので辞めるよう頼んでみると、意外にもローズはすぐ口を離してくれた。

 先程まで咥えられていた人差し指はローズの唾液で湿っていて、どこか自分の体ではないような感覚に陥ってしまう。


「ごめんなさい。ケイ君が可愛かったから少し遊んでしまったわ」


 唇を舐めながら謝罪をするローズ。

 その仕草に再び顔が熱くなるのを感じながらも、ケイは説明を求める。


「……それで、何がしたかったんですか?」

「本物のポーションなのか味で判断してたのよ」


 ローズの返答を聞いたケイは思わず脱力してしまう。


「もうちょっとやり方があるでしょう……」


 せめて、一声かけて欲しかったとケイは心の中で囁いた。あれは心臓に悪すぎる。

 それに、味で分かるものなのだろうか? 実際に飲んだことがないケイに判断はできないが、スキルを使うという選択肢があったのではないかと考えてしまう。


「一番手っ取り早い方法なんだからいいじゃない。それに、君もまんざらでもないようだったし?」

「うっ、それは……」


 悪い笑顔をしたローズに痛いところを突かれ、たじろいでしまう。


「ローズさん! あまりケイさんを困らせないでください!」


 少しだけ怒った様子のアリシアがローズを嗜める。

 実際、ローズの色香に困惑していたケイにはありがたい助け船だった。


「それで、味を確かめてみてどうだったんですか?」

「もう、アリシアちゃんはせっかちね。……それじゃあ話を戻すけど、あれは本物のポーションだったわ」


 肩を竦めながらローズは答える。


「どうやら、ケイ君は本当に【職業】を変えることが出来るみたいね。しかも錬金術師だけじゃなくて、あのウィンドウに表示されていた【職業】なら何でもなれるみたい」

「……嘘じゃないですよね?」

「えぇ。私も信じられないという気持ちだけど、目の前で見せられたら信じるしかないわ」


 呆れた様相のローズが頭を振る。

 すると、アリシアが何か思いついたのかハッと声を上げた。


「ねぇ、ローズさん。これってあのお伽話に似ていませんか?」

「お伽話? ……あぁ、言われてみれば似たような話があったわね」


 二人はどうやら共通のものを想像しているようだ。


「その、お伽話って何なんですか?」


 話についていけていないケイが質問をすると、アリシアが答えてくれた。


「この世界に古くから伝わる、『』ですよ」

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ジョブマスター、世界を救う 名有り @siosaba1224

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