12.魔術師 ローズ

「女性に対して臭いとは、少し失礼じゃないのかしら?」


 目の前の女性に指摘され、ケイは自身の失言に気付いた。


「す、すみません! 悪気はなかったんです!」


 謝罪を述べながら、急いで頭を下げる。

 怒られるのを覚悟しながら相手の反応を待っていると、予想に反して笑い声が返ってきた。


「いやぁ、ごめんなさい。少しからかっただけだから、頭を上げていいわよ」


 そう言われたケイは、恐る恐る頭を上げ、女性の顔に視線を向けた。

 どうやら、からかっていたのは本当のようで、女性は意地悪そうな笑顔をケイに向けていた。


「それに、酒臭いというのも自覚しているわ。昨日、知人の商人からワインをいただいてね。なかなか美味しいワインだったから、一人で飲み明かしていたのよ」


 そう語る女性の頬は赤みを帯びていた。まだ酔いが残っているのだろう。


「だからって、五本もボトルを空にするのは飲み過ぎですよ……」


 店主を起こしに行っていたアリシアが、女性のうしろから呆れ顔でツッコミを入れる。

 ケイは飲んでいたお酒の量に驚くのと共に、この女性が店主だということをなんとなく理解した。


「えっと、アリシア。この人が例の……?」

「はい。店主のローズさんです」


 予想通りの答えがアリシアから返ってきた。

 するとローズは、先程よりも意地悪そうな笑顔をケイに向ける。


「なになに? 超絶美少女の店主がいるって紹介されていたのかしら?」


 突然の美少女宣言を受けたケイは、ローズの容姿に注視してみた。


 身長はアリシアより少し高いくらいだろうか。

 腰ほどまで伸ばした薔薇のように赤い髪は、寝癖なのか所々はねていた。どちらかというと童顔寄りな顔つきは、悪戯な笑顔とつり目が相まって『猫』という印象を強く受ける。


 身につけている衣服は、魔女が着ているような黒いローブで、胸元が良く見えるように生地が開かれていた。そこから見える双峰に、ケイは思わず生唾を飲んでしまう。


 大きさはリーゼよりも二回りほど上だろう。これまで会ってきた女性の中で、一番大きいとケイは確信した。

 ジッと見ているのは失礼だと分かってはいるのだが、悲しい男の性のせいで視線を外すことができない。


 その視線に気付いたローズは、ケイを誘うように前屈みになり、胸元を強調する。

 流石にケイもこれ以上見るのは不味いと思い、顔を背けようとした。


 そのとき、アリシアの口から言葉が溢れる。


「……? ローズさんって私のお父さんと同じねんれっ!?」


 アリシアの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 一瞬でアリシアの方を向いたローズが、右手でアリシアの顔面を掴んだからだ。親指が完全にこめかみに食い込んでいる。


「アリシアちゃ〜ん? 悪い子にはお仕置きをしなくちゃいけないわねぇ?」


 笑顔で話してはいるが、目は完全に笑っていなかった。

 どうやら、年齢に関する話題は禁句だったらしい。


「痛いです痛いです痛いです! 頭が割れちゃいます! た、助けてケイさん!!!」


 ローズの手首を掴み、その手から逃れようとジタバタ暴れるアリシア。しかし、拘束から逃れることは出来ず、悲鳴が大きくなる。

 その様子をただ静観しているケイは、アリシアが自力で逃れるのは無理だろうと考えていた。


 ローズを注視したとき、こっそり【分析アナライズ】を使いステータスを見ていたのだが、彼女はレベル63の魔術師だった。魔術師は魔法を使った遠距離攻撃が得意な【職業ジョブ】で、魔法攻撃力以外はあまり高くない。しかし、アリシアの10倍以上のレベルを有している彼女が、力比べで負けるはずがなかった。


 どうやって止めるべきか悩んでいると、満足した表情のローズがアリシアから手を離した。

 魔の手から解放されたアリシアは、力なくその場に蹲り、こめかみを押さえながら呻き声を上げている。

 そんな彼女に同情の念を送っていると、ローズがこちらに向き直り、苦笑混じりの溜息を吐いた。


「さて、冗談はここまでにしましょう。確か、ケイ君だったかしら? 君はこのポーションに興味を示していたようだけど」


 そう言いながら、ローズは棚に置いてある緑色の液体が入った小瓶を手に取る。

 ケイはどう答えるべきか悩んだが、『未知のアイテム』というものに知的好奇心が刺激されたので、素直に聞いてみることにした。


「実は、初めて見るポーションだったので、どのように作られているのか気になりまして……」


 ケイの返答を聞いたローズが不思議そうな顔をする。


「初めて見る? 君、冒険者でしょう? このポーションは色んな場所で出回っているはずなんだけど?」


 ケイの腰に付いている剣を指差しながらローズが問い掛ける。


「冒険者には今日なったばかりなんですよ。それまでは遠い田舎の村に住んでいたので、ポーションを見る機会が無くて……」

「……赤いポーションは知っていたみたいだけど?」

「それは、村にあった本にたまたま書いてあったので……」


 自分の素性をそのまま伝えても怪しまれる可能性が高いので、それっぽい嘘をついて誤魔化す。

 ケイ自身、あまり上手い嘘ではないと思っていたが、案の定ローズに怪しい目で見られていた。

 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、ローズの様子を伺う。十秒ほど時間が経つと、ローズは諦めたようにかぶりを振った。


「まぁ、人には隠しておきたいことが一つや二つあるわよね。一応、アリシアちゃんの知り合いみたいだから信用してあげるわ」


 どうやら許されたようだ。

 これでアリシアにはギルドでの一件に続き、また助けられたことになる。

 ケイは初めて出会ったのがアリシアで良かったと、心の中でそっと感謝した。当の本人は、未だにこめかみを押さえて悶絶しているが。


「それで、ポーションの作り方についてだけど、赤いほうは分かるのよね?」

「錬金術師のスキル、【練成】ですか?」


 ゲーム内での知識を思い出しながら答える。

 【練成】とは錬金術師という【職業】の専用スキルで、特定の素材を消費することにより、新たなアイテムを作成することができるというものだ。

 このスキルには成功率というものが存在し、作成するアイテムと錬金術師のレベルによって変動する。

 ちなみに、ポーションの成功率はレベル1の錬金術師で98%だ。


「正解よ。素材となるミズヒ草を【練成】することで赤いポーションは作られるわ」


 ミズヒ草。【タナトス】の世界にも存在している薬草で、ポーションを作成するときに必要なものだ。

 ケイはローズの説明と自身の知識に齟齬がないことが分かり、ひとまず安心した。


「それで、緑のポーションについてなのだけど。これは【練成】を使用せずに作られたものよ」

「……スキルを使わずに?」

「えぇ、そうよ。作り方はいたって簡単。ミズヒ草をすり潰して煎じるだけ」


 ローズが何を言っているのか、ケイは分からなかった。

 いや、作り方は理解できた。しかし、理解できないのだ。


 ミズヒ草を持っているのであれば、【職業】を錬金術師に変更して【練成】をするだけでポーションは完成する。

 失敗することはほとんど無いのに、わざわざ性能を下げたポーションを作る理由が分からなかった。


(スキルの仕様が変わっている……?)


 ケイはその可能性が一番高いと考えた。

 【練成】の成功率が著しく下がっており、ポーションを作るのすら難しいため、仕方なく劣化させるが確実な方法を取っている。

 それくらいの理由が無いと到底理解できなかった。


「……何故、そのような方法を取るんですか?」


 先ほどの推測が正しいものなのか判断するため、ローズに理由を問う。


「何故って、錬金術師の数が少ないからよ」


 また、ケイの理解できない答えが返ってきた。


「数が少ない? えっと、何人くらいなんですか?」

「アルベルドには二人しかいないわね。その人たちしか赤いポーションを作れないから、市場に出回る数が少なくて価格が上がっちゃうのよ。だから、誰でも作れるから安価だけど、代わりに性能が低い緑のポーションが存在しているのよ」


 ローズの説明を最後まで聞いたケイは、真っ先におかしいと感じた。


 【タナトス】では基本的にいつでも自由に【職業】を変更することができる。

 『特定のレベルまで達した【職業】がないと変更することのできない上位職』や『ダンジョン内では変更できない』という例外も存在するが、その気になれば戦闘中に何度でも変更することが可能だ。

 現にケイは一度、勇者から剣士に変えることが出来た。


 そして、くだんの錬金術師は上位職に含まれていないので、誰でも錬金術師になれるはずなのだ。


「……どうして、錬金術師に【職業】を変更しないんですか?」

「変更? おかしなことを言うわね。よ?」


 衝撃の事実に、ケイは耳を疑った。

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