10.アルベルド探索2
屋台通りを抜けて歩くこと10分。ケイたちは様々な店が建ち並ぶ通りに着いた。
多くの店の看板には剣や盾が描かれており、武器や防具を扱っているということがひと目でわかった。
「……なんか、さっきとは雰囲気が違うな」
通りを歩く人を見ながらケイは言う。
屋台通りは村人Aみたいな格好をした人が大勢歩いていた。だがこの通りを歩いているのは、剣や斧などの武器を持った者がほとんどだ。
「ここに来るのは冒険者くらいですからね」
「そっか、普通の人はこんなところ来ないよな」
この街が世紀末的な状態でもない限り、一般市民に武器や防具は不要だろう。買いに来るとしたら、戦いを生業とする冒険者たちだ。
「あとは見回りをしている騎士団の方ですね」
そう言ってアリシアは通りを歩く二人組の男性を指差した。
騎士団といえば、確かこの街の治安維持組織のはずだ。
男は二人とも同じ全身鎧を身に付けており、腰には一本の剣を携えていた。その装備に見覚えがあったケイは、ゲームのデータを思い出す。
(あれは確か、騎士シリーズの装備だな)
名前はそのまま【騎士の鎧】と【騎士の剣】。Dランクの装備だ。
ゲームの序盤で手に入るにしてはそこそこステータスが高く、多くのプレイヤーがお世話になったことがあるものだ。
「アリシア、あの装備が売られてる店ってどこにあるかわかる?」
「えっ? 騎士団の方が装備してるものですか? それだと、この通りの一番奥にあるお店ですね」
「そこに案内してくれないか?」
「はい、わかりました」
二人は再び歩き出し、目的の店へと向かった。
「ここがさっき言ったお店です」
通りは思っていたよりも短く、すぐに着いてしまった。
「へぇ、なんか高そうなお店だ」
店の外観を見てケイは素直な感想を言った。
パッと見は高級なスーツブランドのお店という感じだろうか。店頭にはショーウィンドウがあり、【騎士の鎧】がディスプレイされている。窓から店内を覗いてみると、多くの武器や防具が飾られているのがわかった。
通りの店のほとんどは、ここまで派手な外観はしていないため、その高級感が余計に際立っている。
「ここはアルベルドで一番高価なお店なんですよ。入りますか?」
「そうだね。ここに立ってたら店の邪魔になるだろうし」
そう言って、店の扉に手をかける。
今までこういった高級そうな店に入ったことがないケイは、少し緊張しながら扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
店に入ると同時に、聞き取りやすい声の挨拶が聞こえた。
声がした方を見ると、如何にも高そうな黒いスーツを身に纏った初老の男性が立っていた。
店内には彼以外いないみたいなので、恐らくこの人が店員なのだろう。
「何をお求めでしょうか?」
「えっと【騎士の剣】って置いてますか?」
「【騎士の剣】ですね。それでしたらこちらに」
店員が店の奥に案内してくれる。すると、目的の品である【騎士の剣】が壁に飾られているのを発見した。
「こちら、手に取って確認されますか?」
「あっ、お願いします」
店員は慣れた手つきで壁から剣を取り外し、ケイに手渡してくれた。
ケイは受け取った剣をマジマジと見つめる。
(うん、見た目は【騎士の剣】にそっくりだな)
近くで見ることではっきりとわかった。形状に関してはゲーム内の【騎士の剣】と瓜二つだ。
しかし、見ただけではその性能まではわからない。同じ見た目でもケイが知っているものより性能が上、という可能性だってある。
それを調べるために、この店までやってきたのだ。
ケイはスキル【
さすがに騎士団から装備を奪うことはできないので、売っている店までやってきたのだ。
スキルの発動に成功すると、頭の中に情報が流れ込んできた。その情報を一通り確認してみると、性能に関してもゲーム内と全く同じということがわかった。
「いかがでしょう、こちらの剣は当店で最も売れている商品なんですが」
店員がにこやかに話しかけてくる。
正直、このレベルの武器はケイのアイテムボックスに山というほど眠っているので買う必要はないのだが、何も買わずに帰るのは気が引けてしまう。
「いい剣ですね。おいくらですか?」
「5ゴールドになります」
あまりの安さに聞き間違いではないかと自分の耳を疑う。
【タナトス】では確か、【騎士の剣】は5000ゴールドで販売されていたはずだ。
「……5ゴールドですか?」
「はい。他店よりかなり安い価格設定にしておりますので、これ以上価格を下げるのは難しいですね」
どうやら店員は、ケイが値段の高さに驚いたのだと勘違いしているようだが、全くの逆だ。安さのあまり驚いているのだ。
しかし、店員は確かに5ゴールドと言った。それは通常の1000分の1の値段。99.9%OFFだ。逆ぼったくりすぎて、新手の詐欺ではないかと心配になる。
しかし、【騎士の剣】だけが異様に安いのかもしれない。
「……いえ、大丈夫です買います。それと、この店で一番高い商品ってなんですか?」
「一番高い商品ですか?」
店員が不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「ケイさん、他にも何か買うんですか?」
隣にいたアリシアも質問してきた。
「えっと、ちょっと気になることがあってね」
安すぎて怪しんでいる、とは言えないので適当にはぐらかす。
「畏まりました。それでは少々お待ちください」
店員は軽く会釈し、店の一番奥にある扉に入っていった。どうやらあそこが店の倉庫のようだ。
数十秒ほど待っていると店員が倉庫から戻ってきた。その手には一つの指輪が持たれているのがわかる。
「お待たせいたしました。こちらが当店の一番高い商品である【精神の指輪】でございます」
そう言いながら店員は、指輪をケイに見せてくれる。
【精神の指輪】と同名のアイテムは【タナトス】にも存在した。
形状は一般的なエンゲージリングに似ているだろうか。そこまで派手な装飾のない銀色の輪に、紫色の小さな宝石が一つだけ取り付けられている。
やはり、この指輪もゲーム内と変わらない形をしていた。
「すみません、これも手に取って確認してもいいですか?」
「はい。構いませんよ」
店員から指輪を受け取り、すぐに【鑑定】を発動する。
結果として、この指輪には装備者の魔法防御力を5%上昇させる効果があるとわかった。
(やっぱり、性能に差はないみたいだな)
問題は値段だ。ケイの記憶が正しければ、この指輪は80000ゴールドで買えたはず。
「あの、これのお値段は?」
「こちらは80ゴールドになりますね」
やはり、99.9%OFF。
理由はわからないが、この世界の物価はゲームのときと比べるとかなり安くなっているみたいだ。もしかすると、通貨の種類が増えていることと何か関係しているのかもしれない。そう考えたケイは、心の中の調べたい事リストに今の出来事を追加する。
「ふわぁ、お高いんですねぇ」
アリシアは感心した様子で指輪を見ているが、その様子はまるで、美術館に飾られた高価な絵画を観察する一般人のようだった。これにそれ程の価値があるのか、という疑問の混ざった視線。
その視線に気付いたのか、店員は説明を始めた。
「この指輪には、装備するだけでその者の魔法防御力を上昇させる効果があります。こういった特殊な効果を持つものは大変希少ですので、このようなお値段となっております」
大変希少、という言葉にケイは反応する。
【タナトス】では【職業】の多さに比例して、数多くの装備品が存在する。その数は約3000種。その中で特殊効果を持ったものは珍しくはなく、少なくとも1000以上はあったはずだ。
だがこの世界では【精神の指輪】という低ランク装備でも希少とのこと。その事実を知り、ケイは眉を顰める。
(この街の冒険者、弱すぎないか?)
ギルドにいた冒険者達のステータス。街で売られているランクの低い装備品。
ケイからすればこの街は、『冒険者の街』ではなく『初心者の街』に改名した方がいいじゃないかと思ってしまうほどに弱い。
多少の呆れを感じると共に、不安なことが一つ思い浮かんだ。
(【防衛戦】が発生したらどうするんだろう?)
【タナトス】には【防衛戦】という多人数参加型のイベントが存在する。
イベントの内容は『ランダムに選ばれた街や村へ攻めてくる大量のモンスターを殲滅する』といったものだ。ちなみに、モンスターが一体でも防衛地点に侵入すれば失敗になる仕様だ。
防衛に成功すると多額の賞金を貰えるが、失敗するとその場所の全施設が一週間使用できなくなるため、プレイヤーからは結構不評なイベントだった。
この世界で【防衛戦】が発生するのかはわからないが、アルベルドが防衛地点になった場合、一瞬で防衛ラインを突破されるだろうとケイは確信する。
「この指輪にそんな効果があるんですか!」
物思いに耽っていると、説明を聞いたアリシアが目を輝かせていた。
「もしかしてこの指輪も買うんですか?」
ちょっと興奮気味にアリシアが聞いてくるが、ケイは買わないことに決めていた。
たった10ゴールド持っているだけですごいと言われたのだ。さらに80ゴールドも持っていると知られたら、またややこしいことになる。
「いや、さすがに高過ぎて買えないかな」
苦笑いしながらアリシアに返答する。
「そうですか……。さすがにケイさんでもこんな高価な物は買えないですよね……」
アリシアがちょっと悲しそうな顔になる。なんだか期待を裏切ったような感じがして、少しだけ気分が落ち込んだ。
「えっと、こちらはお返しします」
店員に指輪を返却する。
「それでは【騎士の剣】だけをお買い上げということでよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「では、お会計は5ゴールドとなります」
ケイは5ゴールドを取り出し、店員に渡す。
店員は受け取った金貨をすぐさま収納し、所持金に追加されるかを確認していた。もし金貨が偽物だった場合、所持金ではなくアイテムに追加されるからだ。
「はい。確かに5ゴールドお受け取りいたしました。またのご利用、お待ちしております」
店員がピッタリ45度の角度でお辞儀をする。それを見たケイは日本の礼儀作法に似ているなと思いつつ、買ったばかりの【騎士の剣】を収納してから店を後にした。
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