6.冒険者ギルド
アルベルドへ向かう途中、アリシアと色々な話をした。
まず、アルベルドという街について。アルベルドはこの辺りで一番大きな街らしく、冒険者が多く集まることから『冒険者の街』とも呼ばれているそうだ。
街にいる冒険者のレベルは平均30程度で、レベルが50を超える者はあまりいないらしい。
また、冒険者という荒事専門の者が多く集まるせいか少々治安が悪く、治安維持のために騎士団というものが存在するそうだ。日本のお巡りさん的なポジションだろう。
次に、冒険者ギルドについて聞いた。ギルドからモンスター討伐や素材採取などのクエストが発行され、それを達成するとお金やアイテムが報酬として貰えるらしい。【タナトス】の冒険者ギルドと全く同じ仕組みのようだ。
最後に、『ケイのレベルを誰にも話さない』ということをアリシアと約束した。アルベルド最強と言われるギルド長より強い、なんて知られてしまったら、いい意味でも悪い意味でも目立ってしまう。情報があまり得られていない状態で悪目立ちするのは、得策ではないとケイが判断したためだ。
アリシアは「師匠の言い付けは必ず守ります!」と力強く頷いてくれたが、いきなり師匠と呼ばれたケイは、「恥ずかしいから普通に名前で呼んでくれ」とアリシアに頼んだ。
そんなふうに話しながら歩いていると、街の入り口である、門の前に着いた。遠くから見えていた街を囲む大きな壁は、間近で見るとさらに大きく感じた。高さは20m以上あるだろうか。見上げていると首が少し痛くなった。
門の奥に見える街の景色は、中世のヨーロッパの街並みにとても似ている。まさに、よくあるファンタジー世界という感じだ。
「アルベルドに着きましたよケイさん!」
「すごいな。本当に大きな街だ」
「案内は任せてください! 私、生まれも育ちもアルベルドなんで!」
ドヤ顔で胸を張るアリシアを見て、微笑ましい気持ちになるケイ。
「はは、それは頼もしいな」
「まずはどこに行きますか?」
「とりあえず、冒険者ギルドに行こうかな」
「そうですね。森で起きたことを報告しなきゃいけませんから」
嫌なことを思い出し、また少し顔が青くなる。
森にできた更地について、ケイは真実を話さないことにした。もし、ケイの仕業だとバレたら、何かしらの罪に問われる可能性があったからだ。大変心は痛いが、この話は墓まで持っていくことに決めた。
「それもあるけど、もう一つ用事がある」
「用事、ですか?」
アリシアが不思議そうな顔でケイを見る。
「うん。俺も冒険者になろうと思って」
「えっ! ケイさんも冒険者になるんですか!?」
「アリシアの師匠になるって決めたから、しばらくはこの街に住もうかなって。だから、まず手に職をつけようと」
「で、でも旅はいいんですか?」
旅の者だと嘘を言ったことを思い出すケイ。森の出来事といい、何度も嘘をつく自分に悲しくなった。
「特に目的のない旅だったんだ。だけど、アリシアを強くするって目標ができたからね。それに、アリシアと同じ冒険者になれば一緒にクエスト受けられるし」
もう一つ『情報を得るための活動拠点が欲しい』という理由があったが、話す必要がないので黙っておく。
「わ、わたしのためにそこまでしてくれるなんて……」
ケイの話を聞いて感激したアリシアは、潤んだ瞳でケイに尊敬の眼差しを向ける。
(やめて! そんな綺麗な目で見ないで! 俺は君を酷い目に合わせた男なんだ!)
心にダメージを受けたケイは、早急に話を切り上げることにした。
「じ、時間が惜しいから、早速ギルドに行こうか」
「わかりました! すぐ案内しますね!」
先に歩き始めたアリシアの背中を見て、ケイは「この子は自分が責任を持って、絶対に強くしてあげよう」と強く心に誓った。
街に入り、大通りを歩くこと10分、周りより二回りほど大きい建物が見えた。看板には冒険者ギルドと日本語で書かれている。
ケイは看板に書かれている文字を見て不思議に思った。マイハウスに置いてあった本は、謎の言語で書かれていた筈だ。あそこに置いてあった本はなんだったのだろうか。
「あそこが冒険者ギルドです!」
「看板に書いてるからわかるよ」
「もう! そういうイジワルなこと言わないでくださいよ!」
頬を膨らませて抗議してくるアリシアを宥めながら、ギルドの扉を開ける。
建物の中は多くの人で賑わっていた。ほとんどが男性で、剣や槍などの武器を携えている。数は少ないが女性もいて、彼女たちは弓や杖などの遠距離攻撃用の武器を持っていた。どうやら全員冒険者のようだ。
ケイは【
ウィンドウが出ると怪しまれる可能性があるので、試しに『ウィンドウ出るな』と念じてみた。すると、ウィンドウは表示されず、情報が直接頭の中に流れ込んできた。意外と融通が利くようだ。
一通り見てみると、戦士や狩人、魔術師などの初心者向けの【
(【タナトス】を始めて間もないプレイヤーと同じくらいの弱さだな)
あまりのステータスの低さに落胆したケイは、この世界の冒険者は【職業】のシステムを理解していないことに気付いた。
【タナトス】の【職業】はメインとサブの二つに分けられる。メインは現在設定されている【職業】のことで、サブはそれ以外の全ての【職業】のことを表す。
ステータスはメインに設定されている【職業】によって大きく変動するが、サブの合計レベルが高いほど、ステータスにボーナスが付与されるのだ。
メインがレベル30の剣士でも、サブのレベルが全て1の場合と全て30の場合では、ステータスに5倍以上の差が生まれる。
しかし、ここの冒険者はサブのレベルを全く上げていないようだった。
「まずは受付に行きましょう」
アリシアがそう言うと奥にあるカウンターまで連れていかれる。
カウンターの前に着くと、綺麗な女性が座っていた。腰まで伸びている金色の髪、美人モデルと言われても不思議ではない整った顔には、優しい微笑みが浮かんでいる。あと、アリシアより胸が大きい。大抵の男は彼女の姿を見たら一目惚れしてしまうであろう。
一応彼女のステータスも確認するとレベル56の騎士だということがわかった。ステータスは周りの冒険者よりも高かったが、彼女もサブのレベルは全く上げていないようだ。
「すみませんリーゼさん、報告したいことがあるんですけど」
「こんにちは、アリシアさん。クエストの達成報告ですか?」
彼女はリーゼという名前らしい。穏やかな声でアリシアに対応していた。
「いえ、違います! 西の森で起きた出来事についてです」
「西の森、ですか?」
アリシアは、リーゼに先ほどまでの出来事を一から説明した。
「なるほど、西の森で謎の大きな音が……」
「はい。あの森にはフェンリルより強いモンスターっているんですか?」
「いえ、そのような情報は入ってきていませんね」
「そうですよね……」
アリシアの後ろで黙って話を聞いていると、リーゼと目が合った。
「それで、アリシアさん。そちらの方は?」
「あっ、この人は私をフェンリルから助けれくれたケイさんと言います!」
「ど、どうも初めまして。ケイと申します」
「初めましてケイさん。この度はアリシアさんを助けていただきありがとうございます」
「いえいえ! 当然のことをしたまでですから!」
襲われる原因を作ったのは自分なのだ。感謝されると心が痛くなる。
「では、ケイさん。あなたは西の森で起きたことについて、何か知っていることはありませんか?」
「私もアリシアと同じで、音は聞きましたが原因はわかりません」
「そうですか……。ではこの件については、ギルドの方で調査団を派遣することにします」
予想以上に事が大きくなり始めて不安になる。やっぱり素直に言ってしまったほうがよかったのだろうか。
「ご報告ありがとうございました。他に何かご用件はありますか?」
「実はもう一つあるんです。ね、ケイさん?」
「えっと、冒険者登録をしたいんですが」
「あら、ケイさんは冒険者ではなかったんですね」
少し驚いた表情でケイを見るリーゼ。何か変なことを言ってしまっただろうか。
「では、手続きを始めますのでステータスの開示をお願いします」
「えっ!?」
いきなりの要求に、思わず声を上げてしまう。
ケイの慌てた様子を見て、リーゼが説明をしてくれた。
「各クエストは危険度に応じて推奨ステータスが設定されていますので、冒険者一人ひとりの強さを把握しなければいけないんです」
「な、なるほど……」
確かに、【タナトス】でもクエスト毎に推奨ステータスが設定されていた。だが、ケイのステータスで受けられないクエストはなかったので、すっかりその存在を忘れていた。
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔でリーゼが質問してくる。
ここで、ステータスは見せられないと言って冒険者登録をやめると不審に思われるだろう。
しかし、周りに人がいる状態でステータスを表示するのは危険だ。ウィンドウが表示されるため、盗み見られる可能性がある。
「えっと、別室とかで手続きできないでしょうか?」
「……何故でしょうか?」
ケイの返答にリーゼが首を傾げる。
「ちょっとややこしい事情がありまして……」
うまく誤魔化す方法が思いつかなかったので、適当に答える。
「リ、リーゼさん! 私からもお願いします!」
アリシアが加勢してくれたことに驚いたが、ただの冒険者の発言でどうにかなるだろうか。
リーゼは少し悩む素振りを見せたが、すぐに答えを決めたようだ。
「……理由はよくわかりませんが、アリシアさんの頼みならば仕方ありませんね。別室で手続きをしましょう」
「い、いいんですか?」
ひと悶着あるだろうと身構えていたが、あっさり解決してしまった。
どうやら、アリシアはただの冒険者というわけではなさそうだ。
「はい。ではこちらの部屋へどうぞ」
アリシアと一緒にカウンター奥の部屋に案内された。
部屋の中にはカウンターに置かれていたものより高そうな椅子やテーブルが置かれている。応接室かなにかのようだ。
3人とも席に着いたところで、ケイはステータスのウィンドウを開いた。今回も表示したのは【職業】の情報だけだ。
「これが、別室をお願いした理由です……」
リーゼはウィンドウに書かれているレベルを見ると、動きが止まった。
アリシアは小声で「やっぱり驚きますよね……」と言っている。
「……すみませんケイ様。少々席を外させていただきます」
「えっ? あっはい、どうぞ……」
「ありがとうございます。それでは、しばらくお待ちください」
そう言って、リーゼは慌てた様子で部屋を出ていった。
2人きりになった部屋でアリシアが笑いながら話し始めた。
「リーゼさんのあんなに慌てた顔、初めて見ました!」
「そうなのか? まぁ、あんまり慌てそうなイメージはないが」
「そうなんです。リーゼさんはどんな状況でも冷静だって有名な騎士なんですから!」
「騎士なのに受付嬢なのか」
「受付嬢は趣味だそうですよ」
「趣味!?」
ただの美人さんだと思ったら、意外とおもしろい人なのかもしれない。
今度いろいろ話をしてみようと思ったケイだった。
その後も2人で談笑していると、5分ほどでリーゼが戻ってきた。
「お待たせしました、ケイ様。ギルド長がお話をしたいとのことなので、部屋までお越しくださいますか?」
「…………ギルド長?」
アルベルドに着いてからまだ30分。いきなりアルベルド最強と言われる人に呼び出されたケイは、驚きのあまり目が点になっていた。
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