5.弟子

 圭は走りながら【分析アナライズ】を発動する。

 すぐにモンスターの情報が表示され、少女を襲っているのがフェンリルだということがわかった。


(フェンリルか。そこまで強いモンスターじゃないな)


 簡単に倒せるレベルのモンスターだとわかり安堵する。

 少女との距離もかなり近くなっていた。この距離なら無事に助け出せるだろう。

 剣を構えた圭は、さらに走りを加速させ距離を詰める。

 そのまま少女とフェンリルの間に滑り込み、剣士のスキル【真空刃しんくうじん】を発動させた。

 大きく振るった剣から真空の刃が生まれ、5匹のフェンリルを同時に切り裂く。

 フェンリルたちは悲鳴と血飛沫を上げながら地面に倒れ、数度痙攣したのち、息絶えた。

 5匹全ての死亡を確認した圭は、少女の無事を確かめるため振り返る。


「大丈夫ですか?」

「えっ!? は、はい! だ、大丈夫です!」


 どうやら日本語は通じるようだ。


(……かわいいなこの子)


 助けた少女の姿を見て、そう思う圭。

 身長は160cm程度だろうか。少しあどけなさが残る顔に、茶髪のポニーテール。胸はそこそこ大きくてスタイルもいい。ひとことで言うとかわいい。


「……あの、どうかしましたか?」


 少女の顔をまじまじと見ていると、小首を傾げながら質問された。


「い、いや! 怪我とかしてないかなって」

「はい! おかげ様でどこも怪我してないです!」

「そ、それはよかった」


 胸をチラ見していたことがバレていないかと、内心焦りながら答える。


「あっ、お礼を忘れてました! 助けていただきありがとうございます!」


 少女はそう言いながら勢いよく頭を下げた。


「偶然通りかかっただけですから、気にしないでください」


 圭は頭を上げるよう少女に言う。


「お優しい方なんですね」


 笑顔でそう返す少女。

 その可愛らしい笑顔を見て、圭は顔が赤くなるのを感じた。


「それにしても、とてもお強いんですね! あなたも冒険者なんですか?」


 目をキラキラさせながら少女が聞いてくる。

 表情がコロコロ変わる娘だなと思いつつ、圭は返答を考える。

 【タナトス】では全てのプレイヤーが冒険者という設定だったが、この世界の冒険者と同義なのかは現状では判断できない。

 とりあえず、適当に嘘をつくことにした。


「えーっと、冒険者ではないです。遠くの街から来た旅人で、今はアルベルドっていう街を目指しています」

「あっ、旅の方だったんですね。アルベルドを目指しているそうですが、よかったら一緒に行きませんか?」

「えっ?」

「私、アルベルドから来た冒険者なんです。いろいろ案内できますし、お礼もしたいですから!」


 いきなりの提案に困惑する。


(情報を得られるチャンスだけど、こんなかわいい女の子相手だと緊張するなぁ……)


 24歳で未だ童貞である圭は、女の子と2人きりになる状況に慣れていなかった。


「……ダメ、ですか?」


 上目遣いで少女が聞いてくる。


「あ、お願いします……」


 その顔は卑怯だ。断れるはずがない。

 これを断る男はホモだろう。断言する。


「ありがとうございます! 私、アリシアっていいます。あなたのお名前は?」

「えー、圭と申します」

「ケイさんですね! これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします。とりあえず立ち話もなんですし、歩きながら話しましょうか」

「はい!」


 自己紹介が終わった2人は、アルベルドへ向けて歩き始めた。


「そういえばアリシアさん。どうしてあの森にいたんですか?」

「アリシアでいいですよ。敬語もいりません!」


 初対面の女の子をいきなり呼び捨ては、難易度が高いと思ったが、この子は呼び捨てするまで何度も言ってくる感じがしたので、大人しく従うことにした。


「……じゃあ、アリシア。どうしてあの森にいたんだ?」

「えっとですね。あの森には薬草の採取のために行っていました」

「ギルドのクエスト?」

「はい、そうです」


 どうやらこの世界にも【タナトス】と同様に冒険者ギルドが存在するようだ。


「あっ、そうだ! ケイさんもあの森の近くにいたんですよね?」

「そうだけど、どうかした?」

「森の奥からとても大きな音が聞こえませんでしたか?」

「大きな音?」

「ドオォォーンって音が2回聞こえたんですけど知りません?」


 森の奥。大きい音。2回。

 この3つのキーワードから何か悪い予感を感じるケイ。


「そのあと、音に怯えて逃げてきたフェンリルと出会ったんです……」


 先ほどの出来事を思い出したのだろう。アリシアは俯きながらそう呟いた。

 その横で話を聞いていたケイは顔が青ざめていた。


(もしかしてアリシアが襲われたのって、俺のせい!?)


 森の奥で自分が作った更地を思い出す。

 あれだけのことをしたのだ、危険を感じた森のモンスターが逃げ出していても不思議ではない。

 十中八九、そのときに逃げたフェンリルがアリシアを襲ったのだろう。

 今回は運よく助けることができたが、自分のせいで人が死んでしまうところだったのだ。


「でも、ケイさんのおかげで助かりました!」


 襲われる原因を作った男に満面の笑顔を向けるアリシア。


「ハハハ、ドウイタシマシテ」


 居た堪れない気持ちになったケイは片言で返事をする。


「どうしました? いきなり話し方が変になりましたけど?」

「い、いや! なんでもない!」

「そうですか? うーん、それにしてもあの音は一体なんだったんでしょう?」

「も、ものすごく強いモンスターの仕業じゃないか?」

「その可能性が一番高いですけど、あの森にそこまで強いモンスターがいるとは聞いたことがないんですよね」


 むむむ、と言いながら隣で考えているアリシアを見て、ケイはどうするか考える。


(正直に話したほうがいいかな……。でも、あの音は俺が剣を振ったときの音です、って言っても信じてくれないだろうなぁ……)


「うーん、ケイさんも知らないみたいですし、この件はギルドに報告するしかなさそうですね」

「そ、それがいいと思うよ」


 咄嗟に誤魔化してしまった自身の情けなさに悲しくなる。


「あの、ケイさんにもう一つ質問なんですけど、いいですか?」

「なに? 遠慮せずに聞いていいよ」

「ありがとうございます! えっと、ケイさんの【職業ジョブ】ってなんですか?」


 突然、アリシアの口から【タナトス】の用語が出てきた。

 やはり、この世界は【タナトス】と全く無関係というわけではなさそうだ。


「【職業】? 剣士だけど」

「剣士ですか!?」


 驚いた様子のアリシアに、なにかおかしなこと言ってしまったかと不安になる。


「俺、変なこと言ったかな?」

「いえいえ!ただ、すごいなって思いまして」

「すごい?」

「はい。5匹のフェンリルを一瞬で倒していましたから、てっきり何かしらの上位職だと」

「まぁ、剣士と言ってもレベル100だからね。あれくらい出来て当然だよ」


 ケイがそう言った瞬間、アリシアの歩きが止まった。


「どうかした?」


 不思議に思って振り返ると、アリシアが目を点にしながらこちらを見ていた。


「……ケイさん、今なんて言いました?」

「えっ? レベル100の剣士だから、あれくらい出来て当然だよって」

「レ、レベル100!?」


 アリシアが大きな声を上げた。

 その様子を見たケイは、自分がなにかマズいことを言ったと確信した。


「あ、あの! ステータスを見せてもらってもいいですか!」


 そう言いながらケイに詰め寄るアリシア。

 密着してこようとするアリシアを手で制しながら、急いでステータスのウィンドウを開く。

 各パラメーターの数値まで見せるのは危険な予感がしたので、【職業】の情報だけ表示することにした。


「み、見せるからいったん離れて!」

「あっ、すみません! ちょっと興奮してしまって……」


 冷静さを取り戻したアリシアは、顔を少し赤らめながら体を離した。


「それで、これが俺のステータスだけど」


 ケイはアリシアが見やすいように、ウィンドウを彼女の前に移動させる。

 アリシアは食い入るように、表示されている情報を確認した。

 どうやら、自分が出したウィンドウは他人にも見えるようだ。


「本当にレベル100の剣士なんですね……」


 そう言うと、アリシアは何かを考え始めて黙ってしまう。

 しかし、ケイは何故そんなにアリシアが驚いているのかわからなかった。

 ケイのように全ての【職業】のレベルを100にしている者はいないが、初心者でも1ヶ月ほど頑張れば、1つの【職業】くらいはレベル100にすることができる。

 しかも、剣士という初心者向けの【職業】である。レベル100はそう珍しいものではないはずだ。


「あ、あの! ケイさん!」


 意を決したアリシアが、なにかを期待する目でケイを見つめる。


「私を弟子にしてください!」

「……はい?」

「アルベルドにいる間だけでもいいです! お願いします!」

「ちょ、ちょっと待って。一旦落ち着いて!」

「……やっぱり、ダメですよね」


 悲しそうな表情で俯いてしまったアリシアを見て、もの凄い罪悪感を感じる。


「いや、ダメというかなんというか……。とりあえず理由を聞いていいか?」

「理由ですか? それはですね、ケイさんがとっても強くて優しい人だからです!」

「…………それだけ?」

「はい!」


 自信満々に頷かれるが反応に困る。

 出会って間もない男に対して、何故弟子入りを志願してきたのか全くわからない。


「質問なんだけど、なんで俺なんだ? 街にいる他の冒険者じゃダメなのか?」

「ケイさんより強い人がアルベルドにいないからです!」

「……マジ?」

「はい! アルベルド最強と言われるギルド長でも、【職業】のレベルは70後半という噂です」


 レベル70後半で最強。そのレベルを超えるケイは驚かれても仕方ないということか。


「うん。俺が強いから弟子になりたいってことはわかったけど、よく知りもしない男相手に弟子入りはおすすめ出来ない」

「大丈夫です! さっき私を助けてくれた優しい人ですから!」


 あまりにも世間知らずな発言に少し頭が痛くなる。どうやらこの子は男という生き物をよく知らないらしい。

 童貞のケイに、手を出す勇気は無いが。


(どうするかなぁ……。フェンリルの件があるから断りにくいんだよな)


 罪悪感からか、無下に断りづらい。


「じゃあ、最後の質問。弟子入りしたいということは、強くなりたいんだよな? 何故強くなりたいんだ?」


 強くなりたい理由。それが不純なものだった場合、絶対に断ることにした。


「強くなりたい理由ですか……」


 アリシアがどう答えるのか。ケイは答えを待つ。


「昔、今日みたいにモンスターに襲われたことがあったんです。今より小さかった私は何も抵抗できず、死を待つだけでした。でもそのとき、1人の冒険者が私を助けてくれました」


 そこで一度言葉を区切ると、アリシアはケイに笑顔を向けた。


「ケイさんのように優しい方でした」


 思わぬ不意打ちに顔が赤くなるケイ。そんなケイの反応に気付いていないのか、そのまま話を続けるアリシア。


「あのとき、思ったんです。私もいつか強くなって、誰かを助けられる存在になりたいって。それが、私の強くなりたい理由です」


 確かな決意を宿した瞳で、真っ直ぐケイを見るアリシア。その瞳からは一切嘘を感じられない。

 ケイは断ることをやめた。自分になにが出来るかわからないが、彼女の夢の手助けをしたいと、そう思った。


「はぁ……、わかったよ。君を弟子にしよう」

「本当ですか!?」

「あぁ。男に二言は無い」

「ありがとうございます! ケイさん!」


 今日一番のかわいい笑顔で喜ぶアリシア。

 その笑顔に釣られてケイも笑う。


(まぁ、かわいい女の子が弟子になったんだ。役得だろう)


 知らない世界へ来たその日のうちに、人生初の弟子が出来たケイは、アリシアと共にアルベルドへ向けて、再び歩き始めた。

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