4.新米冒険者 アリシア
「さてと、アルベルドまであとどれくらいかな?」
森を抜け、広い草原に出ると圭はすぐにマップを確認した。あと3kmほどで着くようだ。
「……ん?あれか?」
アルベルドがあるはずの方角を見ると、遠くに人工物が確認できた。
ここからでは正確な高さはわからないが、かなりの高さの壁が街を囲むように建てられている。
あそこがアルベルドで間違いなさそうだ。
「なかなかデカい街みたいだ」
遠目から見ても、先ほどまでいた森より大きいということがわかる。
あれなら、いろいろな情報を得ることができるだろう。
「まずは何について調べるかな……」
歩きながら知りたい情報の優先度を考える。
この世界は何なのか、どんなモンスターがいるのか、自分の他に現実世界から来た人間はいるのか。他にも知りたいことがどんどん浮かんでくる。
ふと、一つの疑問が生まれた。
「……言葉って通じるのか?」
マイハウスに置いてあった本を思い出す。見たことが無い言語で文字が書かれていたはずだ。
もしかしたら、この世界の人々は自分の知らない言葉を話すかもしれない。
「やべえ! それだと詰む!」
頭を抱えて慌てだす。
日本語すら正しく使えてる自信のない圭にとって、これは死活問題だった。
「誰か助けてえええええ!!!」
突然、遠くから声が聞こえた。
「な、なんだ!?」
声がした方向を見ると、一人の少女がこちらに向かって走ってきていた。
あの様子からすると、何かに追われて逃げているようだ。
【
「考えるのはあとだ!」
そう言うと同時に圭は駆け出す。
モンスターに襲われている少女を救うために。
◆
「むふふー、今日から私も冒険者だー」
草原を歩く一人の少女が、顔をにやつかせながら独り言を呟く。
彼女の名前はアリシア。16歳の誕生日の今日、昔からの憧れだった冒険者になった。
彼女はそのままの勢いで初めてのクエストを受注し、街の外に出ていた。
「クエスト内容は『薬草20個の納品』か」
手に持ったクエストの受注書を確認する。
「確か、薬草は西の森で採れるんだったよね」
ギルドで聞いた情報を思い出す。
アルベルドから西に3kmほどの場所にある森は、薬草の群生地で、森の入り口周辺は弱いモンスターしかいないということから、新米冒険者御用達の場所になっているそうだ。
森の奥には強いモンスターが出るらしいが、よっぽどのことがなければ出会うことはないらしい。
「ちょっと不安だけど、お父さんからもらった弓があるから大丈夫だよね」
アリシアは背負った真新しい弓を撫でる。
この弓は今朝、父であり、尊敬する冒険者でもあるブレストから貰ったものだ。
誕生日と冒険者就任祝いということで、かなり奮発して買ったそうだ。
「よーし!この弓でお父さんが驚くくらいの冒険者になってみせるんだから!」
空高く拳を突き上げ、そう宣言するアリシア。
「あれ? ここが西の森かな?」
いろいろ考え事をしているうちに、目的地に着いていたようだ。
マップのウィンドウを開き、場所を確認すると、西の森で間違いないようだ。
「さてと、薬草はどこにあるかなー」
早速、目標である薬草を探し始める。
「あっ! あった!」
開始からわずか3分ほどで1つ目の薬草を発見した。
薬草を引き抜くと、すぐにアイテムボックスへ入れた。
「これも薬草だ!」
引き抜いた薬草の近くに、3つほど纏まって生えている薬草を見つける。
全て引き抜き、先ほどと同様にアイテムボックスに収納する。
「ふふーん! なんだ、余裕じゃない!」
順調な滑り出しに、つい笑顔になるアリシア。
このペースで採取できれば、30分程度で集めきれるだろう。
「私には冒険者の才能があるのかも!」
自画自賛していると、後ろで何かが動く音が聞こえた。
「なに!?」
アリシアは素早く弓を取り出し矢をつがえ、音がした方向を見る。
そこには1匹のウルフが立っていた。
音の正体がウルフだとわかり、アリシアは安堵する。
ウルフは過去に父との訓練で何度か倒したことがあった。
しかも、1匹しかいないようだ。まず負けることはないだろう。
不意打ちが気付かれたウルフは、アリシアに向かって一直線に走り出す。
「遅いよ!」
冷静に狙いを付けて矢を放つアリシア。矢は一直線に飛び、そのままウルフの眉間に吸い込まれていった。
ウルフはその場に崩れ落ちると、二度と動き出すことはなかった。
「ふぅ、初めての戦闘もうまくできたね」
構えた弓を下ろし、胸を撫で下ろす。
―――ドオォォォォォォォン!
直後、森の奥からもの凄い音が響いた。
「キャッ! 今度はなに!?」
すぐさま森の奥に目を向けるが、そこにモンスターの姿は見えない。
「……一体何が起きたの?」
周囲を警戒しながら、逃げる準備をするアリシア。
あの音の発生源が、ギルドで聞いた強いモンスターだった場合、勝ち目がないと判断したからだ。
―――ドオォォォォォォォン!
再度、森の奥から音が聞こえた。
「まずい予感がする……」
アリシアは薬草採取を諦め、街の方に向かって走り出す。
後ろを警戒しながら走っていると、アリシアを追ってくる気配を複数感じた。
「もう! どうなってるの!」
意味不明な状況に愚痴をこぼしながら、走るスピードを上げる。
だが、背後の気配との距離は、開くどころか段々縮まってきていた。
このままでは追いつかれると思ったアリシアは、弓を強く握り締め、戦う覚悟を決めた。
「やってやるわ!」
そう叫ぶとともに振り返り、迫る気配に対して弓を構えた。
しかし、またアリシアに理解できないことが起きた。
間近まで迫っていた気配は、アリシアを見向きもせず、そのまま抜き去っていったのである。
「…………えっ?」
決死の覚悟で戦おうとしたアリシアは、あまりに拍子抜けな結果に口をぽかんと開けていた。
「わけがわかんないよ……」
脱力して、その場に座り込む。
何度か深呼吸し、少し冷静になったアリシアは、これまでに起きたことを少し整理することにした。
「森の奥から大きい音が2回聞こえて、そのあと何かが迫ってきて、そのまま私を追い抜いていった……」
先ほどまでの出来事を順番に呟く。
腕を組んでしばらく考えてみるが、さっぱりわからなかった。
「とりあえず、ギルドに報告しなきゃ」
一度考えるのをやめ、アルベルドへ帰るため立ち上がる。
周りを見ると、どうやら森の出口付近まで逃げてきていたようだ。ここからならアルベルドにすぐ着くだろう、と急ぎ足で森を抜けた。
「…………へ?」
草原に出ると、目の前に5匹の狼がいた。
5匹ともさっき倒したウルフより体が一回り大きく、全身を覆う毛は茶色ではなく灰色だった。
その姿を見て、アリシアは驚愕する。
(まさか、フェンリル!?)
ギルドで聞いた強いモンスターとは、フェンリルのことだろうと確信するアリシア。
父から聞いた話だと、1匹倒すのにはレベル30の剣士並みの強さがないと難しいらしい。
レベル5の狩人であるアリシアには、どう足掻いても勝てないモンスターだ。
(どうしよう……。1匹でも無理なのに、5匹なんて絶対に無理だよぉ……)
あまりの状況の悪さに涙目になるアリシア。
「お父さん、お母さん。ごめんなさい。どうやら私はここまでのようです……」
目を閉じ、最期になるであるだろう言葉を口にするアリシア。
「………………あれ?」
しばらく待っていたが、何も起きなかった。
不思議に思ったアリシアは、目を開ける。
相変わらず、目の前には5匹のフェンリルが立っていた。だが、一向にアリシアを襲おうとはしてこない。
(なにか様子が変だ……)
フェンリルたちをよく見ると、体が震えていることに気付いた。
視線もアリシアではなく、森に向けられている。
(何かに怯えてこっちに気付いてない? もしかして、逃げるチャンス!?)
この絶望的な状況を打破する可能性を見出したアリシアは、必死に逃げる算段を立てる。
(前方にはフェンリル。後方は森。逃げるとしたら、左右のどちらか……)
迷っている暇はないので、とりあえず右方向へ逃げることにした。
(気付かれないようにしなきゃ)
姿勢を低くし、音を立てないよう静かに移動する。
フェンリルたちはアリシアに気付いていないようだ。
(お願い! そのまま気付かないで!)
アリシアは心の中で懇願する。
願いが通じたのか、無事フェンリルたちの視界から抜けることができた。
(はぁ……よかっ)
――バキッ!
不意に、足元から大きな音が聞こえた。
恐る恐る下を見ると、折れた枝が転がっていた。
どうやら、さっきの音は枝を踏んだときの音のようだった。
「ハハハ……、まさか気付いてないよね……?」
淡い期待を抱きつつ振り返ると、フェンリルたちと目が合った。
(ですよねー。気付かないわけないですよねー)
最悪の事態に陥ったアリシアは、涙を流しながら全力で駆け出した。
「ごめんなさいいいぃぃぃ!」
謎の謝罪をしながら走る。
それと同時に、フェンリルたちもアリシアを追って走り出した。
火事場の馬鹿力というやつなのだろうか、アリシアは自分でも驚くほど瞬足を発揮していた。
しかし、圧倒的なステータス差のあるフェンリルにとってはそんなこと関係がない。少しずつではあるが、両者の距離は確実に縮まってきていた。
「誰か助けてえええええ!!!」
神にも縋る気持ちで叫ぶ。
(もうダメ! このままじゃ追いつかれる!)
すぐ後ろまで迫ったフェンリルたちの気配を感じ、絶望する。
数秒後には、噛み付かれ、そのまま食い殺されるであろうと自分の未来を想像する。
(誕生日に死ぬのはいやだなぁ……)
そんなことを考えながら、死を覚悟するアリシア。
瞬間、一筋の風がアリシアの横を通り抜けた。
「えっ?」
次に、獣の叫び声が聞こえた。
叫び声は5つ。追ってきていたフェンリルと同じ数だ。
同時に、背後に感じていた気配も消える。
何が起きたのか不思議に思ったアリシアは、足を止め振り返る。
そこには、フェンリルの死体に囲まれた、黒ずくめの剣士が立っていた。
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