4.新米冒険者 アリシア

「さてと、アルベルドまであとどれくらいかな?」


 森を抜け、広い草原に出ると圭はすぐにマップを確認した。あと3kmほどで着くようだ。


「……ん?あれか?」


 アルベルドがあるはずの方角を見ると、遠くに人工物が確認できた。

 ここからでは正確な高さはわからないが、かなりの高さの壁が街を囲むように建てられている。

 あそこがアルベルドで間違いなさそうだ。


「なかなかデカい街みたいだ」


 遠目から見ても、先ほどまでいた森より大きいということがわかる。

 あれなら、いろいろな情報を得ることができるだろう。


「まずは何について調べるかな……」


 歩きながら知りたい情報の優先度を考える。

 この世界は何なのか、どんなモンスターがいるのか、自分の他に現実世界から来た人間はいるのか。他にも知りたいことがどんどん浮かんでくる。

 ふと、一つの疑問が生まれた。


「……言葉って通じるのか?」


 マイハウスに置いてあった本を思い出す。見たことが無い言語で文字が書かれていたはずだ。

 もしかしたら、この世界の人々は自分の知らない言葉を話すかもしれない。


「やべえ! それだと詰む!」


 頭を抱えて慌てだす。

 日本語すら正しく使えてる自信のない圭にとって、これは死活問題だった。


「誰か助けてえええええ!!!」


 突然、遠くから声が聞こえた。


「な、なんだ!?」


 声がした方向を見ると、一人の少女がこちらに向かって走ってきていた。

 あの様子からすると、何かに追われて逃げているようだ。


 【探索サーチ】のウィンドウを見ると、こちらに接近する緑の点とその後ろから迫る5つの赤い点が映っていた。緑の点はあの少女だろう。


「考えるのはあとだ!」


 そう言うと同時に圭は駆け出す。

 モンスターに襲われている少女を救うために。



「むふふー、今日から私も冒険者だー」


 草原を歩く一人の少女が、顔をにやつかせながら独り言を呟く。

 彼女の名前はアリシア。16歳の誕生日の今日、昔からの憧れだった冒険者になった。

 彼女はそのままの勢いで初めてのクエストを受注し、街の外に出ていた。


「クエスト内容は『薬草20個の納品』か」


 手に持ったクエストの受注書を確認する。


「確か、薬草は西の森で採れるんだったよね」


 ギルドで聞いた情報を思い出す。

 アルベルドから西に3kmほどの場所にある森は、薬草の群生地で、森の入り口周辺は弱いモンスターしかいないということから、新米冒険者御用達の場所になっているそうだ。

 森の奥には強いモンスターが出るらしいが、よっぽどのことがなければ出会うことはないらしい。


「ちょっと不安だけど、お父さんからもらった弓があるから大丈夫だよね」


 アリシアは背負った真新しい弓を撫でる。

 この弓は今朝、父であり、尊敬する冒険者でもあるブレストから貰ったものだ。

 誕生日と冒険者就任祝いということで、かなり奮発して買ったそうだ。


「よーし!この弓でお父さんが驚くくらいの冒険者になってみせるんだから!」


 空高く拳を突き上げ、そう宣言するアリシア。


「あれ? ここが西の森かな?」


 いろいろ考え事をしているうちに、目的地に着いていたようだ。

 マップのウィンドウを開き、場所を確認すると、西の森で間違いないようだ。


「さてと、薬草はどこにあるかなー」


 早速、目標である薬草を探し始める。


「あっ! あった!」


 開始からわずか3分ほどで1つ目の薬草を発見した。

 薬草を引き抜くと、すぐにアイテムボックスへ入れた。


「これも薬草だ!」


 引き抜いた薬草の近くに、3つほど纏まって生えている薬草を見つける。

 全て引き抜き、先ほどと同様にアイテムボックスに収納する。


「ふふーん! なんだ、余裕じゃない!」


 順調な滑り出しに、つい笑顔になるアリシア。

 このペースで採取できれば、30分程度で集めきれるだろう。


「私には冒険者の才能があるのかも!」


 自画自賛していると、後ろで何かが動く音が聞こえた。


「なに!?」


 アリシアは素早く弓を取り出し矢をつがえ、音がした方向を見る。

 そこには1匹のウルフが立っていた。


 音の正体がウルフだとわかり、アリシアは安堵する。

 ウルフは過去に父との訓練で何度か倒したことがあった。

 しかも、1匹しかいないようだ。まず負けることはないだろう。


 不意打ちが気付かれたウルフは、アリシアに向かって一直線に走り出す。


「遅いよ!」


 冷静に狙いを付けて矢を放つアリシア。矢は一直線に飛び、そのままウルフの眉間に吸い込まれていった。

 ウルフはその場に崩れ落ちると、二度と動き出すことはなかった。


「ふぅ、初めての戦闘もうまくできたね」


 構えた弓を下ろし、胸を撫で下ろす。


 ―――ドオォォォォォォォン!


 直後、森の奥からもの凄い音が響いた。


「キャッ! 今度はなに!?」


 すぐさま森の奥に目を向けるが、そこにモンスターの姿は見えない。


「……一体何が起きたの?」


 周囲を警戒しながら、逃げる準備をするアリシア。

 あの音の発生源が、ギルドで聞いた強いモンスターだった場合、勝ち目がないと判断したからだ。


 ―――ドオォォォォォォォン!


 再度、森の奥から音が聞こえた。


「まずい予感がする……」


 アリシアは薬草採取を諦め、街の方に向かって走り出す。

 後ろを警戒しながら走っていると、アリシアを追ってくる気配を複数感じた。


「もう! どうなってるの!」


 意味不明な状況に愚痴をこぼしながら、走るスピードを上げる。

 だが、背後の気配との距離は、開くどころか段々縮まってきていた。

 このままでは追いつかれると思ったアリシアは、弓を強く握り締め、戦う覚悟を決めた。


「やってやるわ!」


 そう叫ぶとともに振り返り、迫る気配に対して弓を構えた。

 しかし、またアリシアに理解できないことが起きた。

 間近まで迫っていた気配は、アリシアを見向きもせず、そのまま抜き去っていったのである。


「…………えっ?」


 決死の覚悟で戦おうとしたアリシアは、あまりに拍子抜けな結果に口をぽかんと開けていた。


「わけがわかんないよ……」


 脱力して、その場に座り込む。

 何度か深呼吸し、少し冷静になったアリシアは、これまでに起きたことを少し整理することにした。


「森の奥から大きい音が2回聞こえて、そのあと何かが迫ってきて、そのまま私を追い抜いていった……」


 先ほどまでの出来事を順番に呟く。

 腕を組んでしばらく考えてみるが、さっぱりわからなかった。


「とりあえず、ギルドに報告しなきゃ」


 一度考えるのをやめ、アルベルドへ帰るため立ち上がる。

 周りを見ると、どうやら森の出口付近まで逃げてきていたようだ。ここからならアルベルドにすぐ着くだろう、と急ぎ足で森を抜けた。


「…………へ?」


 草原に出ると、目の前に5匹の狼がいた。

 5匹ともさっき倒したウルフより体が一回り大きく、全身を覆う毛は茶色ではなく灰色だった。

 その姿を見て、アリシアは驚愕する。


(まさか、フェンリル!?)


 ギルドで聞いた強いモンスターとは、フェンリルのことだろうと確信するアリシア。

 父から聞いた話だと、1匹倒すのにはレベル30の剣士並みの強さがないと難しいらしい。

 レベル5の狩人であるアリシアには、どう足掻いても勝てないモンスターだ。


(どうしよう……。1匹でも無理なのに、5匹なんて絶対に無理だよぉ……)


 あまりの状況の悪さに涙目になるアリシア。


「お父さん、お母さん。ごめんなさい。どうやら私はここまでのようです……」


 目を閉じ、最期になるであるだろう言葉を口にするアリシア。


「………………あれ?」


 しばらく待っていたが、何も起きなかった。

 不思議に思ったアリシアは、目を開ける。

 相変わらず、目の前には5匹のフェンリルが立っていた。だが、一向にアリシアを襲おうとはしてこない。


(なにか様子が変だ……)


 フェンリルたちをよく見ると、体が震えていることに気付いた。

 視線もアリシアではなく、森に向けられている。


(何かに怯えてこっちに気付いてない? もしかして、逃げるチャンス!?)


 この絶望的な状況を打破する可能性を見出したアリシアは、必死に逃げる算段を立てる。


(前方にはフェンリル。後方は森。逃げるとしたら、左右のどちらか……)


 迷っている暇はないので、とりあえず右方向へ逃げることにした。


(気付かれないようにしなきゃ)


 姿勢を低くし、音を立てないよう静かに移動する。

 フェンリルたちはアリシアに気付いていないようだ。


(お願い! そのまま気付かないで!)


 アリシアは心の中で懇願する。

 願いが通じたのか、無事フェンリルたちの視界から抜けることができた。


(はぁ……よかっ)


――バキッ!


 不意に、足元から大きな音が聞こえた。

 恐る恐る下を見ると、折れた枝が転がっていた。

 どうやら、さっきの音は枝を踏んだときの音のようだった。


「ハハハ……、まさか気付いてないよね……?」


 淡い期待を抱きつつ振り返ると、フェンリルたちと目が合った。


(ですよねー。気付かないわけないですよねー)


 最悪の事態に陥ったアリシアは、涙を流しながら全力で駆け出した。


「ごめんなさいいいぃぃぃ!」


 謎の謝罪をしながら走る。

 それと同時に、フェンリルたちもアリシアを追って走り出した。


 火事場の馬鹿力というやつなのだろうか、アリシアは自分でも驚くほど瞬足を発揮していた。

 しかし、圧倒的なステータス差のあるフェンリルにとってはそんなこと関係がない。少しずつではあるが、両者の距離は確実に縮まってきていた。


「誰か助けてえええええ!!!」


 神にも縋る気持ちで叫ぶ。


(もうダメ! このままじゃ追いつかれる!)


 すぐ後ろまで迫ったフェンリルたちの気配を感じ、絶望する。

 数秒後には、噛み付かれ、そのまま食い殺されるであろうと自分の未来を想像する。


(誕生日に死ぬのはいやだなぁ……)


 そんなことを考えながら、死を覚悟するアリシア。

 瞬間、一筋の風がアリシアの横を通り抜けた。


「えっ?」


 次に、獣の叫び声が聞こえた。

 叫び声は5つ。追ってきていたフェンリルと同じ数だ。

 同時に、背後に感じていた気配も消える。

 何が起きたのか不思議に思ったアリシアは、足を止め振り返る。


 そこには、フェンリルの死体に囲まれた、黒ずくめの剣士が立っていた。

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