3.初戦闘

 森を歩くこと数分、前方に何かの気配を感じた。

 【探索】サーチのウィンドウを見てみると、赤い点が先ほどよりも中心に近い位置に表示されている。


「東にいたモンスターで間違いないみたいだな」


 圭はモンスターの位置を確認すると、気配を殺しながら接近した。

 すると、すぐに一匹の狼を発見することができた。

 狼は大型犬と同じくらいの大きさで、全身が茶色の毛で覆われている。


「あれは確か……」


 その姿に見覚えがあった圭は【分析アナライズ】のスキルを発動してみた。

 【分析】とは視界に映っているモンスターのステータスを確認できるスキルだ。


 新たに現れたウィンドウに狼のステータスが表示された。


『モンスターネーム:ウルフ』

『HP:22』

『MP:0』

『攻撃力:12』

『防御力:8』

『魔法攻撃力:3』

『魔法防御力:6』

『素早さ:14』


「やっぱり【タナトス】に出てくるウルフだ……」


 【タナトス】に出てくる全モンスターのステータスを覚えている圭は、ゲームと全く変わらない情報が表示され、少し驚く。


「ということは、そこまで警戒する必要はないかな」


 ウルフは【タナトス】の中でも雑魚中の雑魚だ。どんな【職業ジョブ】でもレベル1のときから簡単に倒せてしまうほど弱い。

 全ての【職業】がレベル100の圭にとっては、ミジンコのような存在だった。


「ちょっと拍子抜けだけど、戦闘開始だ」


 そう呟くと、圭はウルフに向かって駆け出した。

 その瞬間、自分の体とは思えない脚力が発揮され、残像が見えるほどのスピードでウルフに急接近する。

 そして、文字通り一瞬でウルフの背後に回ることに成功した。


 目の前のウルフは圭の接近に気付いていないようだが、モンスター相手に待つ義理など無いので、そのまま剣を横に振り抜いた。

 直後、爆音と共にウルフが消滅した。


「へ?」


 圭が間抜けな声を上げる。

 軽く剣を振っただけなのに、何故ウルフが消滅したのか。倒したのであれば死体が残るはずだ。

 しかも、同時に発せられたあの爆音はなんだったのか。


「新手のモンスターか!?」


 最悪の事態を想定した圭は、急いで周囲を警戒する。


「…………ふぇ?」


 先ほどよりも間抜けな声を上げた圭は、目の前の光景を見て唖然としていた。


 そこには、更地が広がっていたのだ。

 ウルフがいた場所から、前方50mほどに渡って広がる扇状の更地。

 大量に生えていた雑草、木が全て無くなり、完全に土がむき出しになっている。


「……なにが起きたんだ?」


 突然の出来事に困惑する。

 何故、森が更地になったのか。

 広範囲を殲滅できるスキルが存在するが、使用した覚えはない。

 ただ剣を振っただけなのだ。


「まさか……ねぇ?」


 ありえないと思いつつも、もう一度剣を振ってみることにした。


 圭はその場で180度回転すると、さっき歩いてきた場所目掛けて剣を振り抜いた。

 再度、爆音が響く。


「マジか……」


 やはり、原因は自分のようだ。

 先ほどと同じ形をした更地が、目の前に出来上がっていた。


「危険すぎるだろ俺……」


 自分に二つ名を付けるとすれば【歩く天災】だろうか。


「…………ステータスを下げたら直るかな?」


 そう言うとすぐにステータスとアイテムのウィンドウを立ち上げる。

 慣れた手つきでウィンドウを操作し、【職業】を勇者から剣士にチェンジさせる。


 剣士は初心者向けの近接戦闘職だ。全てのステータスが勇者の半分以下だが、レベルを100まで上げればそこそこ戦える。


 次に、装備の変更。

 流石にSSSランク装備は危険と判断したため、Aランク装備を取り出す。


「【黒龍の剣】【執行者のコート】【ヒュドラの手甲】【パンサーブーツ】でいいかな」


 武器と防具を次々と取り出し装備していく。

 装備が完了すると、銀の鎧を纏っていた男から、黒のロングコートに黒の剣を携えた黒ずくめの剣士に変身していた。


「これでかなりステが下がったと思うが」


 改めてステータスのウィンドウを確認する。


『キャラクターネーム:ケイ』

『【職業】:剣士(100Lv)』

『HP:20692』

『MP:1184』

『攻撃力:7670』

『防御力:6531』

『魔法攻撃力:3466』

『魔法防御力:3190』

『素早さ:8047』


「……これだけ下がれば大丈夫だよな?」


 一抹の不安を感じつつも、先ほどと同様に剣を振ってみる。

 ブン、と刀の風切り音だけが聞こえる。


 次は全力で剣を振ってみた。

 さっきよりも大きい風切り音が聞こえたが、爆音とは程遠い。


「はぁ……よかった」


 二つ名が【歩く天災】になることは無さそうだ。


「ゲームではこんなこと起きなかったんだがな」


 更地を眺めながら思い出す。

 【タナトス】ではどんな強力なスキルを使っても建物などのオブジェクトを破壊することはできない。

 森の中でどれだけ暴れても雑草ひとつ刈ることはできないはずだった。


「ただ単純に【タナトス】の世界に入ったわけじゃなさそうだ」


 謎がまた一つ増えてしまったと、腕を組んで考え込む。

 しばらくその場で考えてみたが、さっぱりわからないので先に進むことにした。


 その後はモンスターと遭遇することなく、無事に森を抜けることができた。

 あの爆音で、森にいた全てのモンスターが逃げ出したことに、圭は気付いていないが。

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