ジョブマスター、世界を救う

名有り

1.目覚め

 目が覚めると見知らぬ天井が見えた。


「……ここは?」


 三代 圭みしろ けいは体を起こしながら辺りを見渡す。

 どうやら部屋にいるようだ。しかし、自分の部屋ではない。

 漫画が詰まった本棚、長年愛用しているパソコン、床に散らばったゴミ。

 自分の部屋にあるはずのものが一切なく、かわりに見たことがないものがたくさん部屋には置いてあった。


 日本語でも英語でもない、謎の言語で書かれた本が詰まった本棚。

 フラスコや試験管などの道具が積まれている机。

 大きな熊の毛皮が敷かれている床。


 他にもいろいろおかしなものが置いてあるが、ここが自分の部屋ではないということがわかった。


「確か、自分の部屋で寝たはずだが……」


 圭は昨日の記憶を思い出す。



 昨日は朝から【タナトス】をプレイしていたはずだ。


 オンラインゲーム【タナトス】


 7年前にサービスが開始した日本のオンラインゲームだ。

 このゲームの特徴は【職業】ジョブの豊富さで、その数は200を超える。【職業】にはそれぞれレベルが設定されており、圭は殆どの【職業】のレベルが最大の100まで上がっていた。

 しかし、唯一レベルが100になっていない【職業】があったので、そのレベル上げをしていた。


「よし、このモンスターを倒せば勇者のレベルが100になるな」


 パソコンのディスプレイを眺めながら圭が呟く。

 ディスプレイには巨大な悪魔と対峙する一人の男が映っている。男は全身に銀の鎧を纏い、右手には光り輝く金色の剣を持っていた。


 両者は静かに数秒向かい合っていると、不意に悪魔が動きだした。口を大きく開け、雄たけびと共に炎を吐き出す。炎は男を飲み込もうと一直線に伸びてくるが、もうそこに男の姿はなかった。


 男は目にも留まらぬスピードで悪魔に接近すると、その勢いのまま悪魔の腹部に剣を突き立てる。悪魔は痛みによる悲鳴を上げながらも、反撃しようと男に向かって右手を振り下ろす。


 頭上から巨大な手が迫るなか、男は慌てることなく剣を引き抜き、そのまま迫る手に対して剣を振った。直後、悪魔の右腕が消失した。


 悪魔は何が起きたのかわからないという表情で右腕があった場所を見つめる。

 男はその隙を見逃さず、次の攻撃のため跳躍した。悪魔の顔の高さまで跳ぶと、その顔に目掛けて剣を振り降ろす。剣はなんの抵抗もなく悪魔を縦に斬り裂いた。

 数秒の静寂の後、悪魔は声を上げることなくその場に崩れ落ちる。


「はぁ、レベルを1つ上げるのに1週間もかかった……」


 ため息混じりにそう呟く。


 圭は先ほどのモンスターを1週間で1000体以上狩っていた。

 あのモンスターは【ヘルデーモン】という名前で、ゲーム内でもトップクラスの強さを持つモンスターの一つだ。圭はそのモンスターを経験値効率がいいという理由でひたすら狩り続けた。

 簡単そうにやっているが、ゲーム内で【ヘルデーモン】を単騎で倒せるプレイヤーは数えるほどしかおらず、短期間で1000体も倒せるプレイヤーは1人しか存在しなかった。


 そう、それが自他共に認める最強の廃プレイヤー三代 圭。24歳である。

 サービス開始から一日も欠かすことなくプレイし、笑えないレベルの金額を課金したりもした。


「……本当に長い道のりだったな」


 圭はこれまでの努力を思い出しながら、最後になるであろうレベルアップの瞬間を眺めていた。


『勇者のレベルが100になりました』


ウィンドウにレベルアップを知らせる文章が表示された。

それと共に上昇したステータスの情報が表示されていく。


『HPが84上がりました』

『MPが32上がりました』

『攻撃力が43上がりました』

『防御力が36上がりました』

『魔法攻撃力が29上がりました』

『魔法防御力が21上がりました』

『素早さが31上がりました』


次に新しく取得したスキルの情報が表示される。


『新しいスキル【神を殺す一撃】を取得しました』


 仰々しいスキル名だなと思っていると、ウィンドウに新しい文章が表示された。


『全ての【職業】のレベルが100になったため、新しいスキル【全てを極めし者】を取得しました』


「【全てを極めし者】? 初めて聞くスキルだな」


 それもそのはず、【タナトス】で全ての【職業】のレベルを100にしたのは圭が初めてなので、誰も知るはずのないスキルだった。

 スキルの効果が気になった圭は、【全てを極めし者】の詳細を見てみることにした。


「なんだこれ?」


 スキルの効果が表示されるウィンドウを立ち上げてみると、そこには何も書いていなかった。


「バグか?」


 何度かウィンドウを立ち上げ直すが、やはり何も表示されない。

 圭は何も表示されないウィンドウを見つめながら考える。


「……わからん!」


 二徹した頭ではどれだけ考えても無駄だと思った圭は、運営に問い合わせメールを送ることにした。


『スキル【全てを極めし者】を取得しましたが、スキル詳細になにも表示されません。なにかの不具合でしょうか?』


 最低限の情報だけを書いたメールを運営に送り、パソコンの電源を落とす。


「とりあえずやること無くなったし、久しぶりにゆっくり寝るか」


 そう言いながら布団に飛び込む。目を閉じると1分も経たない内に眠りに落ちた。



「…………さっぱりわからん!」


 昨日の記憶を思い出した圭だが、なぜ知らない部屋で目覚めたのか、ということについては一切わからなかった。


「落ち着け落ち着け。これは夢かもしれない」


 圭は全く落ち着いていない様子で自分の頬をつねる。


「……痛い」


 残念ながら、夢ではないようだ。


「ん?」


 頬をつねっていると手に違和感を感じた。

 つねるのをやめ、手を顔の前に出すと、手には銀色の手甲が付いていた。


「こんなもの付けた覚えないが」


 寝る前はヨレヨレになったスウェットを着ていたはずだ。手甲なんて持ってないし、そもそも手甲を売っている店なんて知らない。

 手をマジマジと見ていると、更なる異変に気付いた。

 手甲だけではなく腕、肩、胸、腰、さらには足先まで全身が銀色の鎧で包まれていた。


「本格的に頭が混乱してきた……」


 圭はそう言いながら他におかしなところがないか全身を隈なく調べる。

 その時、ある違和感を感じた。


「この鎧、どこかで見たことがあるな」


 混乱する頭を必死に働かせ、記憶を辿る。


「…………そうだ!【タナトス】で俺が使っていた装備にそっくりなんだ!」


 改めて全身の鎧を見てみると、【タナトス】で長い間愛用してきたSSSランク防具【ゼウスの鎧】にそっくりだった。

 そっくりというかゲーム内と全く同じ形状をしていた。


「ものすごい完成度だな。これを作った人はすごい【タナトス】愛を持った人なのだろう」


 やっと自分の知っているものを見つけ、少し冷静になる圭。


「ん?よく見るとこの部屋も俺のマイハウスと一緒じゃないか」


 【タナトス】ではキャラ毎にマイハウスを作ることができ、内装などを自由に変えることができる。

 この部屋の大きさ、家具の種類、配置まで圭の作ったマイハウスと完全に一致していた。


「まさか、ゲームのやりすぎでこんな再現度の高い夢を見てしまったのか?」


 でもおかしい、さっき頬をつねって夢かどうか確認したはず。あの痛みは確かに本物だった。


「……誘拐された?」


 そう言いながらもすぐに考えを否定する。【タナトス】最強のプレイヤーである圭だが、現実世界ではただの一般人だ。それを誘拐した上に本物そっくりな鎧、マイハウスを準備するなど何一つとしてメリットが無い。


「…………もしかして、ここは【タナトス】の中なのか?」


 ありえないと思いつつも、ゲームの世界に入れたかもしれないと期待する圭。


「どうやったら確認できるかな……」


 とりあえず、ウィンドウを表示できるか試してみることにした。頭の中で【タナトス】のウィンドウを思い浮かべながら、『出ろ』と念じてみる。

 変化はすぐに起きた。見慣れた【タナトス】のウィンドウが突然目の前に浮かび上がったのだ。


「冗談半分だったんだけどな」


 本当に出来るとは思っていなかった圭は、苦笑しながらそう呟く。


「ウィンドウを出せたということは操作もできるのか?」


 圭はウィンドウに表示されているステータスという文字を押してみた。

 すると、すぐさま画面が切り替わりステータスが表示された。


『キャラクターネーム:ケイ』

『【職業】:勇者(100Lv)』

『HP:58359』

『MP:5623』

『攻撃力:23745』

『防御力:21637』

『魔法攻撃力:18521』

『魔法防御力:17482』

『素早さ:20485』


「ステータスまでゲームと同じか」


 そう言いながらウィンドウを操作し、アイテムのウィンドウを表示した。


「武器、防具、消費アイテム、お金、どれも全部昨日と同じ状態だ」


 一通りアイテムを確認した圭は、『閉じろ』と念じウィンドウを消した。


「マジでここは【タナトス】の世界っぽいな……」


 そう呟く圭の顔には、先ほどまでの焦りは一切感じられず、期待に満ちた笑みが浮かんでいた。

 7年もの間プレイしてきたオンラインゲーム。その世界に行ってみたいと妄想したのは一度や二度だけではない。

 原因はわからないが、現にゲームと同じことができる世界にいる。不安よりも期待の方が圧倒的に勝っていた。


「よっしゃ!ここで考えてても始まらないし、とりあえず外に出てみるか!」


 圭は居ても立っても居られないという感じで立ち上がり、部屋の扉を勢いよく開けた。


 最初に感じたのは強い日差し。眩しさのあまり圭は目を細める。

 次に感じたのは緑の匂いだ。都会では体験することができない強烈な木と草の匂い。

 徐々に光に慣れ、目を開ける。周囲を確認すると、そこは鬱蒼とした森の中だった。


「…………はい?」

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