8.ギルドカード
1階の部屋に戻ったケイたちは、冒険者登録の手続きを再開した。
「こちらが、冒険者の身分証であるギルドカードです」
リーゼが一枚のカードをケイに手渡す。
名刺くらいのサイズのカードには、特に変わった装飾はなく、ケイの名前と【職業】の情報だけが書かれている。
「ギルドでクエストを受注、報告する際に必要となりますので無くさないようにしてください。カードを紛失した場合は、再発行の手数料が発生しますのでご注意を」
「わかりました」
「諸注意に関してはこちらの資料をお渡ししますので、あとでご確認ください」
そう言って、リーゼは辞書並みの厚さがある紙の束を机に置いた。
あまりの量の多さにケイは顔を顰める。
どうやら、ギルドにはかなり細かいルールがあるようだ。お金や人の命などが関わるため仕方ないのかもしれないが、この量を読むのはさすがに面倒くさい。
「何かご不明な点があれば、その都度ギルドに問い合わせいただいてかまいませんので」
「あっ、そうなんですか?」
「はい。ほとんどの方は資料を読んだりしませんので」
リーゼが苦笑しながる告げる。
どうやら、自分以外にも読む気のない人間がいるみたいだ。まぁ、この厚さだと仕方ない気もするが。
「アリシアはちゃんと読んだのか?」
何気なく、隣に座っているアリシアに聞いてみた。
「ふぇっ!?」
話しを振られると思っていなかったのだろう。アリシアは素っ頓狂な声を上げた。
「わ、私も今日貰ったばかりなのでまだ読んでないです。ははは……」
明らかに目を逸らしながら答える。恐らく、読む気がなかったのだろう。近くに仲間がいて安心した。
「……あれ? 今日資料を貰ったってことは」
「はい。アリシアさんは今朝冒険者になったばかりなんですよ」
ケイの疑問にリーゼが答えてくれた。
アリシアのステータスも確認していたケイは、他の冒険者よりもかなりステータスが低いことが気になっていた。だが、今日冒険者になったというなら納得だ。
「ですがアリシアさん、ちゃんと読まないとブレスト様に叱られますよ?」
「うぅ、分かってますよ……」
リーゼにそう言われ、アリシアは肩を縮めた。
「ブレスト?」
知らない名前が出てきたため、ケイは首を傾げた。
「ブレスト様はこのギルドの副ギルド長で」
「そして、私のお父さんです!」
リーゼの言葉に被せながら、アリシアがドヤ顔で教えてくれた。本当に表情がコロコロ変わる娘だ。
「…………えっ? アリシアのお父さんが副ギルド長!?」
サラッと重要なことを言われて驚いたケイは、口を大きく開けたままアリシアの方を向く。そんなケイの様子を見たアリシアはちょっと勝ち誇ったような顔をしていた。
(あれ? もしかしてアリシアってお嬢様とかそんな感じなのか?)
受付での出来事を思い出す。アリシアの一言で別室に案内されたのは、副ギルド長の娘の頼みだからだったのだろう。
それに、ギルド長に会った時もアリシアについては聞かれなかった。恐らく、ギルド長と面識があったのだ。
アリシアが副ギルド長の娘ということに納得すると、嫌な予感がしてきた。
(すごい娘を弟子にしちゃったな。ブレストさんが怖い人だったらどうしよう……)
どこの馬の骨ともわからない男がいきなり「あなたの娘さんを弟子にしました!」なんて言って現れたら、どんな親でも困惑するだろう。しかも、その親が冒険者ギルドの人間なのだ。最悪の場合、暴力沙汰の可能性だってある。
(彼女の家にご挨拶するときって、こんな気持ちなのかな)
胃が痛くなるのを感じながら、そんなことを考える。
「話を戻しますが、一通り資料に目を通すことをお勧めします。例え知らなかったとしても、ルールを破った場合は罰金や罰則が課せられますので」
「法の不知はこれを許さず、ですか」
「お詳しいんですね」
リーゼは驚いた様子でケイを見る。昔、学校の授業で習った言葉を適当に使ってみたが、こちらでも通じるらしい。
「わかりました。犯罪者にはなりたくないんでしっかり読むことにします」
溜息をつきながらケイは答えた。現実世界とこちらの世界では常識が全く違う可能性がある。「白米を食べたら死刑」なんてルールがあるかもしれない。そんなしょうもないことで死にたくはないので、諦めて読むことにした。
「ありがとうございます。わからないことがありましたら、私に聞いてくださって構いませんので。それと、アリシアさんもちゃんと読んでくださいね?」
もう一度釘を刺されたアリシアは小さな声で「はい……」と呟いていた。
「さて、ここまでで何か質問などはありますか?」
「いえ、今のところは特にないですね」
「わかりました。それでは最後に、ギルドカードの発行手数料として10シルバーを頂きます」
10シルバー。いきなりケイの知らない通貨が出てきた。
【タナトス】で使用されている通貨はゴールドだけのはずだ。シルバーなんて聞いたことがない。ゴールドはカンストまで保有しているケイだったが、この世界では無一文の可能性が浮上してきた。
冷や汗が出るのを感じながらも、ダメもとでゴールドを出してみることにした。10ゴールドだけ取り出しケイは、それをそっと机の上に置いた。ゴールドはその名の通り金貨で、1枚1枚が500円玉くらいのサイズだ。表面には精巧なドラゴンのレリーフがあり、素人目で見てもかなり美術的な価値が高い印象だ。
「こ、これしか持ってないんですけど、大丈夫ですか?」
恐る恐るリーゼの様子を伺う。机に置かれた10枚の金貨を見たリーゼは目をぱちくりさせていた。
「……あの、ケイ様。1枚で足りますが?」
「……あれ? そうなんですか?」
リーゼの反応からすると、ゴールドも普通に使えるようなので安心した。それに1ゴールドは10シルバーより価値が高いということもわかった。
「では、両替してきますので少々お待ちください」
1枚の金貨を手に取ったリーゼはそれを持ったまま部屋を出ていった。
ケイは額に浮かんだ汗を拭いながら椅子の背もたれに体を預ける。冒険者ギルドに着いてから緊張の連続だ。モンスターと戦ったときよりも体が疲れてしまった。
少しの間、目を閉じようかと考えていると隣から視線を感じた。もちろん、その視線はアリシアのもので、キラキラした瞳でこちらを見つめている。
「ケイさんすごいです! 強いだけじゃなくてお金持ちなんて!」
お金持ち? その言葉を聞いてケイは疑問に思う。10ゴールドなんて【タナトス】の中でははした金だ。回復アイテムの一つも買えやしない。
「……そんなにすごいの?」
「はい! ゴールドは王族や貴族、商人の方が使うものなんですよ? 平民なんて殆ど使う機会はないですね」
アリシアの説明を聞いたケイは心の中でお金の勘定を始めた。10ゴールドでここまで驚くということは、これがかなりの大金ということ。さらに、ケイはゴールドを12桁ほど所持している。つまりは多分、一生遊んで暮らせるだけの大金を持っている、ということになるだろう。
金銭面での不安が解消されたケイは、少しだけ気持ちが楽になった。お金さえあれば、生きるのに必要な衣食住は揃えることができるからだ。
ただ、これ以上お金を持っていることは隠すことにした。宝くじが当たったことを他の人に話してはいけないのと同じで、人に狙われるリスクを回避するためだ。お金は争いの種になりやすい。
そんなことを考えていると、リーゼが部屋に戻ってきた。
その手には先程まで無かった大きな革袋を持っており、何かが大量に入っているせいか、袋がパンパンに膨れていた。
「お待たせいたしました。こちらは、手数料を差し引いた990シルバーとなります」
そう言ってリーゼは革袋をケイに手渡した。受け取る際にある程度の重さは覚悟していたが、ほとんど重さは感じなかった。自分のステータスに合わせて筋力が上昇しているのかもしれない。
「一応、中身の確認をお願いします」
リーゼに言われ、革袋の口を開く。中には大量の銀貨が入っていた。1枚のサイズはゴールドより一回り小さいくらいだろうか。表面には鷲のレリーフが描かれており、ドラゴンほどの精巧さではないが、それでも十分綺麗だ。目視で正確な枚数は数えられないが、何百枚も入っていることはわかった。
中身の確認が終わり、次は所持金として収納できるかを試す。
机に置かれていた9ゴールドと一緒に『収納』を念じてみると、革袋ごと銀貨が消えていった。所持金を確認すると、ゴールドの他に先ほど収納した990シルバーが追加されていることがわかった。
「確認、大丈夫でしょうか?」
「はい。問題ないです」
「ありがとうございます。それでは以上で、冒険者手続きは終了となります」
なんとか無事に手続きを終えることができたようだ。ギルドに着いてからさほど時間は経っていないようだが、精神的にかなり疲れた。ギルド長に呼び出されたのが一番の原因だろう。
椅子から立ち上がり、部屋を出ようとするとリーゼに呼び止められた。
「ケイ様、すみません」
「どうかしましたか?」
振り返りリーゼの顔を見ると、照れたような笑みを浮かべてこちらをチラチラと伺っていた。頬も少し赤くなっている。
「もし、よろしければなんですが、後日一緒にクエストを受けてもらえないでしょうか?」
先程までの事務的な対応ではなく、女性らしい笑顔で、もじもじしながら聞いてくるリーゼの姿を見て、ケイはドキッとした。綺麗な人のこういう仕草が、こんなにも破壊力があるとケイは知らなかった。
どう返答しようか悩んでいると、潤んだ瞳でこちらを見つめ、追撃を仕掛けてきた。
「……ダメ、でしょうか?」
「わ、わかりました!」
その顔は卑怯だ。断れるはずがない。
これを断る男はゲイだろう。断言する。
隣にいたアリシアは「か、かわいい……」と小動物を愛でるような瞳でリーゼを見ていた。
「うふふ、ありがとうございます。では、楽しみにしていますね」
ケイの返事を聞いたリーゼは、花が咲いたような笑顔で喜びを表現する。その姿を見たケイは、顔が熱くなるのを感じた。恐らく、耳まで真っ赤になっているだろう。
「呼び止めてしまい申し訳ございません。それでは、またのお越しをお待ちしております」
笑顔のままリーゼがお辞儀をすると、それに合わせてケイは足早に部屋を出て行った。赤くなった顔を見られるのが恥ずかしかったからだ。
それに少し遅れて、アリシアが小走りでケイに付いて行く。部屋を出る間際に振り返り「また来ますね!」と、リーゼに手を振った。
二人を見送ったリーゼは、自分の胸に手を当て深呼吸をした。
「一目惚れ、というものでしょうか」
誰にも聞こえないような小さな声で、そっと呟く。
「……受付にはまだ戻れそうにないですね」
真っ赤になった顔が元に戻るまで、リーゼは部屋で深呼吸を繰り返した。
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