最終話 なんで私なの?

「大丈夫か、和奏わかな

 すべての道具係が鳥居の中に駆け込むのを確認し、清彦きよひこが私に近づいてくる。


 気づけば。

 私は泥だらけで田んぼに座り込み、清彦を見上げていた。


「なんとか」

 私は詰めていた息を吐く。


「もう大丈夫だ。神輿みこし御旅所おたびしょに入った。あいつらは手出しできないし、それにもう、鎮められた」

 清彦はそう言った後、表情を引き締めて私を見下ろした。


「ありがとう。本当に申し訳ない、たまきのために」

 清彦が私に頭を下げるから、笑って首を横に振る。「気にしないで」。そう言ってから首を傾げる。


「だけど、なんで私なの?」


 それが、不思議だった。

 私をアメノなんとかに選んだのは清彦だ。自分が猿田彦さるたひこになるから、アメノなんたらは私を指名してくれ、と清彦は言ったのだろう。


 だけど。

 なんでこんな何の役にも立たない素人を清彦は選んだのか。


「お前がいいと、思ったから」

 ぽつり、と清彦は呟く。


「小学生の時……。一緒にハナタカをした時から」

 私は目を見開く。


「あんた、私を馬鹿にしてたじゃない!」


「馬鹿になんてしてない」

 清彦は言いにくそうに首を横に振った。


「俺がこんなにしんどいのに、こいつ、弱音は吐かないわ、泣かないわ……。俺、あの時、必死で……。カッコ悪いところなんて、お前に見せられないし」

 きまりが悪そうに、清彦は私から目をそらす。


「お前が泣きそうになったとき、俺、なんか安心して顔が緩んだんだ……。ああ、こいつでもこんな表情するんだって。そしたら、すげぇ、睨まれて」


「そりゃ、睨むでしょ! あんた、笑ったのよ⁉」


「笑ったつもりはなかったんだけど……。ごめん」

 清彦はそう言うと、私の腕を掴み、引き起こしてくれた。


「猿田彦をやると決めたとき、天宇受賣命あめのうずめはお前がいいと思って……。その。お前しかいないって……」

 後半は小声であんまり聞き取れない。首を傾げると、咳払いをして私を見た。


「約束だ。連休中、好きな物を好きなだけ食わせてやるよ」

 そんなことを言うから、私はにやりと笑う。


「後悔しないでよ。私、大食いなんだから」

 

         ◇◇◇◇


 数日後。

 スマホで猿田彦を検索した私は、アメノなんちゃらが、天宇受賣命の事だと知る。あの、天岩戸の前で踊った神様だ。


 そして。

 猿田彦と言うのは、天から神様がこの国に降りてきた際に、先導をして案内した神様なのだそうだ。

 一説によるとに迎えたとある。

 それを知った私は。


『天宇受賣命はお前がいいと思って……。その。お前しかいないって……』


 そんな清彦の言葉を思い出し、真っ赤になっていた。


 ……考え過ぎよ。


 私は頭をぶるぶると振る。別に深い意味なんてない。たんに、天宇受賣命を引き受けても、音をあげない女の子が欲しかっただけ。


 私は自分自身にそう言い聞かせ、迷った末にスマホの検索エンジンを閉じる。写真フォルダのアプリをタップして、先日明彦さんから送られた写真を眺めた。


 なんか、深い意味があって言ったの?


 そこには。

 泥で汚れた水干姿の私と、ずぶ濡れになった狩衣姿の清彦が。

 カメラに向かってはにかむ姿が映っていた。



                  了

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祭礼の夜に 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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