第18話 鈴だ

 もう一体いる。


 担ぎ手達はそれに気づき、神輿を回転させて避けようとしたらしい。傾いた神輿の中からは、環のものらしい巫女装束の袖が漏れ出る。黒い影の腕が、その袖を掴むのが見えた。


 咄嗟に。

 私はその腕を木刀で打つ。


 手応えは無かった。

 たしかに木刀は影の腕を切ったが、なんの抵抗もなく、振り抜いてアスファルトに切っ先を打ち付ける。ごつん、と鈍い痛みが掌に伝わった。


 黒い手は。

 離れない。


 担ぎ手たちが、手を振り払うように神輿を揺すった。手は離れない。逆に、環の体が神輿から徐々に出てくる。


 どうしよう……っ!!


 戸惑って周囲を見回すと、私の髪に付けていた鈴がりりり、と鳴る。


 途端に。

 黒い手が、動きを止めたような気がした。環の腕を掴んだままだが、様子をうかがっているように見える。


 鈴だ‼


 咄嗟にそう思った。

 私は木刀を放り出し、髪に結った鈴を、リボンごとほどいた。


「こっちよ! こっち!」 

 私はリボンを握って、先端の鈴をぶんぶんと振った。りりりりりり、と虫の声に似た音が響く中、私は影の手を凝視する。


 手は。

 環の袖から離れた。


 鈴だ! 鈴に反応してる!


「こっち、こっち!」


 私は無茶苦茶にリボンを振り、鈴を回す。腕を上下させ、走っては飛び跳ねる。踊るように、鈴を振った。


 影が。

 神輿から離れて私に向かう。


 私は必死に走る。権現へ続く道から離れ、側の田んぼに飛び込んだ。だがすぐに、泥濘に足を持って行かれ、たった数歩で私は膝をついて転倒した。しゃらん、と鈴が私の手を離れて飛んでいく。ぐい、と足首を何かにつかまれ、私は悲鳴を上げて振り返る。


 影が。

 私の足を掴んでいた。


 悲鳴を上げ、身を竦ませたその時だ。


 影の後ろから、突如、清彦きよひこが現れた。


 大きく長杖を振りかぶり、影に向かって振り下ろす。

 長杖の先端は影を頭頂部から真っ二つに斬り、そして周囲の闇に溶けた。


 清彦は荒い息のまま、首をねじった。田んぼから道路に向かって怒鳴る。


「走れ!」

 清彦の怒声が響いた。


「神輿を御旅所おたびしょに!」

「応っ!!」 


 担ぎ手が叫び、一斉に走り出す。その神輿を追うようにして、神餞しんせんのぼり社名旗しゃめいきがなびきながら御旅所の鳥居めがけて駆け込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る