Ⅲ
ウィータとステルラは結ばれることとなった。反対するものは誰一人としていない。彼らのだれもがステルラの努力をたたえ、ウィータの決断の遅さに苦笑しつつも祝った。
彼らに愛を誓う神はいなかった。神は彼らにとって今のからだを押し付けてきた存在であって、慕うものではなかったからだ。ただ、ある意味では信じているのかもしれない。彼らは人間のように神の神秘を目の当たりにする生活を送っていないが、彼らの先祖がそう記しているので、存在しているのだという考えはあった。
彼らの婚姻は、神に誓うのではなく先祖や同胞に誓うのが常であった。仲睦まじく、幾久しくともにあるように、つらいことがあれば貯め込まないように、そうやって狭い世界の中で互いを見つめあいながら過ごすのが穏やかであるためのひとつだった。
人間らしい婚姻をしなくていいのかというウィータの疑問は一瞬にして消し去られた。ステルラは人間であるが、もはや同胞のひとりである。生きる時間や、体の強さが違ったとしても、彼女は彼らとともにあることを望み、彼ららしく生きることをとうの昔に決めていた。
しばらくしてステルラに子供が宿った。このころには、ウィータとステルラに関わることは同胞すべての喜びとなっていた。かつてステルラが回復したときのように宴が催され、同じ毎日を重ねるだけであった彼らは羽目を外して祝福した。やがて子供は生まれ、育児はふたりだけではなく村全体の手によって行われた。人間を拾ったことはあれど、人間と彼らの混血はさすがに前例がなかったのだ。彼らは心底気を払っていたに違いない。どこまで人間の血をひき、どこまで彼らの血を受け継ぐのか、見当もつかない。少なくとも七つを越えるまでは人間と変わらない、か弱い子どもである。彼らの特異な体質は、彼らが七つになってやっと発現するものであった。不安はとめどなくあふれていただろう。しかし彼らは、子どもはたいそう慈しんだ。子どもは愛をもって育てるのが彼らの流儀であったが、それ以上に、ずっと見守ってきたふたりの愛のあかしであることが強かった。
周りの心配をよそに子供はすくすくと育った。たくさん食べ、たくさん眠り、たくさん笑う子供であった。立ち上がったときはステルラが村中を駆け回ったし、はじめて親を呼んだときはウィータが滝のような涙を流した。歩き始めたときなどは、村のほとんどがその姿を見にウィータの家へ押しかけたほどであった。
絵にかいたような幸せだった。愛にあふれた日々であった。それはこれからも、すくなくともステルラが死するまでは続くであろう暖かい平穏であった。幸せであるべきであった。ウィータも、ステルラも、村の者たちも誰もが疑わない未来であったのだ。
だがそれは、子どもが七つを超える直前に打ち砕かれた。
ウィータの目の前には、色とりどりの花々とともに血に濡れた女と子供が横たわっていた。子どもの手は強く女の服を握り、女の腕は子どもを抱き込んでいた。ふたりの顔は涙でぬれている。ウィータの愛する妻と息子であった。
三人で村の外に出た。息子が森や太陽を見たがっていて、ウィータはしぶしぶながらそれを了承したのだ。ステルラの瞳がほんのすこし輝いていたのも一因であったかもしれない。彼女はウィータが村へ連れて帰ってきてから一度も外に出たことがなかったからだ。当時の彼女は出たがらなかったし、ウィータも無理に連れ出そうなんて思わなかった。日光が届かないと言えど、村の中には光があったし、水も、風も、ほんの少しではあるが草木もあったからだ。
周りを警戒しながら森を出て、いの一番に花畑へ連れて行った。捨てられた人間の子供や、同胞たちの墓である場所だ。息子は初めて見る大量の花にはしゃぎまわっていたし、ステルラは息子を見守りつつもときおり優しい手つきで花を撫でていた。彼女は墓であることを知っていたから、同じく捨てられた人間を思ったのかもしれない。ウィータはそっとその柔らかい肩を撫でて、その場を離れた。外に出るならばと、妻と息子のために薬になる草花を摘み取ろうと考えたためだった。
これまでの日々があまりにも穏やかであったからかもしれない。温かかったからかもしれない。ウィータはそのとき、この近辺で人間を見ることはあくまで稀であるということを忘れていたわけではなかった。ただ、妻がしっかり者であるということを信じ切っていた。彼女は警戒して周りを見ることに長けていなかったのだ。
遠くで悲鳴が聞こえ、ウィータが焦って花畑に戻ったときには遅かった。ウィータが一等愛するふたりはすでにこと切れ、体は冷え始めていた。
ウィータが気が付いたときにはすっかり日が暮れて、まわりには同胞が集まっていた。ウィータの声は枯れ、顔は涙にぬれていた。息絶えたふたりの頬はすっかり乾ききっていた。
血に濡れた体を丁寧に拭い、新しい服を着せた。ふたりが一番気に入っていた服だ。ウィータがこうして彼女の世話をするのは久しくなかった。同胞の数人は穴を掘り、同胞のひとりはあたらしい花を持ち寄っていた。彼らにとって死は悲しいものではないはずであった。毎日を過ごすための大切なものであった。同胞がいなくなったとき、彼らはおめでとうと言葉をかけるのだ。笑みながら、花を手向けて頑張ったね、というのが常であった。そのおだやかな空気は、今の場にはなかった。
穴の中に二人を横たえ、彼らはそっと土をかけた。すき間を埋め、足元から優しく土をかけていく。顔が見えなくなり、花が植えられた。花畑の面積が少し増えた。
穏やかな生活にもたらされた暖かさは一瞬で消え去った。奪われた。相手などもうわかり切っていただろう。あのあたりにいたというだけで、誰かを傷付けるようなものはひとつしか浮かばなかった。
彼らはそれぞれに必要なものを持ち、村を出た。彼らが一斉に住処を開けるのはその日が初めてであった。
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