Ⅴ
彼らにはつかの間の平穏が戻った。たくさんの人間を屠ったのと同じ手で、食事を作り、鍛錬を繰り返して眠る。戻ったのは平穏だけであった。かつてあった明るさはどこかへ行ったまま、彼女が来るまえよりもゆっくりで、すこしだけ暗い日常が繰り返されることとなった。笑わないわけではない。気持ちの穏やかさが途切れたわけでもない。ただ、彼らは心が疲れていた。強い感情は力を使う。毎日同じ日々を繰り返す彼らにとって、極端な感情の動きはひどい疲れをもたらすものであった。
戦から数年して、彼らの疲れがようやく癒えたとき、ひとりの同胞が村へ戻ってきた。自傷するでもなく、村でただ同じ日々を繰り返すわけでもなく、外へ出て気付かれないように旅をすることを決めたひとりであった。彼は言った。
「人間たちの動きが変わってきている」
人間たちは彼らとは違い、神を信じて生きるものであった。神をあがめ、その使いとされる巫女《プレケス》に死期を読んでもらい、その通りに死ぬのが正しいものだとしていた。だが、ウィータが先導して起こした戦争を機に神を捨てる考えが広まり始めているのだという。あの戦で、彼らはたくさんの人間を殺したが、そのなかに死期に読まれていないのにも関わらず死んだものが多数いたのだ。人間たちの考えとして、死期を守らないものは悪徳である。守らなければ罰として、その一族は死ねない体をもたらされるのだとされていた。だが、そうはならなかった。半狂乱になって自殺を試みたものが望み通りに死んだ。傷をつけてもすぐさま再生される、彼らのような体になる人間は一人としていなかったのだ。
神はいないのではないか。人間がそう思うのもおかしくはなかった。此度の戦争で、神は信じる我らを救ってくださらなかった。罰の象徴である彼らにも何ももたらさなかった。神がいないなら、神の言うとおりに死んだおのれの子供は? 親は? もっと行きたかったに違いないのになぜ殺させたのか。人間の混乱は怒りに変わり、その矛先はこれまで大切にされ、あがめられていたプレケスに向かっているのだというプレケスは神の使いだとされているが、あくまで人間でしかなかった。
「神を信じていたから、人間たちは恐れて俺たちに近付いてこなかった。人間はもっと長く生きるべきだと言い始めるやつらもいる。この先何を考えるかわからない、早く逃げたほうがいい」
突然そう言われた彼らは戸惑った。なにせ、その問題となった戦で不可侵を言いつけたばかりである。しかし、旅をする同胞はさらに言った。文書でしっかりと文言を交わさなければ、彼らは簡単にそれを破るのだと。
彼らよりも近いところで人間を見てきた同胞は正しかった。彼らがどうするべきかと言葉を交わしているうちに村へ乗り込んできたのである。その人間たちは兵士ではないようであったが、みな例外なく武器を携えていた。
彼らの言い分はこうだ。
「人間がこれから長く生きるために、あなたたちの知恵を借りたい」
やわらかい言い方をしたとしても、それは制圧であった。彼らは培った武器を使って応戦したが、向かってきた人間たちも馬鹿ではなかった。放った矢に毒を仕込んだのだ。彼らには毒の類も効かないが、少しの間動きは鈍くなる。その隙を見て彼らはいくばか捕えられた。自分の責であると感じていたウィータは必死に仲間を取り返そうとしたがそれは成せず、人間たちは捕らえた数人をつれて彼らの村を去っていった。
捕らえられた仲間は去り際に逃げろ、と言った。ウィータは追いかけようとしたが村のものはみな止めた。連れていかれた者たちとて、この前の戦を勝ち抜いた、優れた武器の使い手である。隙を見て逃げるだろう。弔い合戦となったあの戦いは村の総意だった。おまえが責任を感じることはないのだと、ウィータを言い聞かせたのだった。
画して彼らは、これまでの平穏を捨てて村を出ることになった。全員で固まるとまた見つかりやすいからと数人ずつに分かれ、果ては一人になって当てのない旅に出たのだ。
捕らえられた同胞がどうなったか、旅に出た彼らがどうなったのかは定かではない。人間に交じって暮らしているのかもしれない。またどこかに小さな村を作っておだやかに暮らしているのかもしれない。ただ一つ言えるのは、彼らが決して野蛮な種族ではないということだ。彼らをかつての凶行に走らせたのは人間であり、彼らの望みはただ穏やかに暮らすことで得られる死であった。
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