Ⅵ
花畑の中心で、二つの声がする。男と少年のものだ。男が囁くように言った。
「あのときに一生分の愛を与えた。あのときに一生では背負いきれないほどの罪を負った。私の行動で私たちは人間に追われ、村を出ざるを得なくなった。平穏を失った」
「後悔しているの?」
「いいや」
「ほかのポエナに悪いと思ってる?」
「いいや」
「満足しているんだね」
「そうだよ。だからこうして、穏やかな気持ちで話せる」
「本当にもうすぐ死んでしまうの」
「視えるだろう」
「視えるよ。あなたはこの場所で、眠るように死ぬんだ」
「私たちはみんなそうさ」
「長かった?」
「どうだろう。短かったような気もするね」
「あまり嬉しそうではないね」
「そうかな?」
「悲願なんでしょう。どうしようもなく焦がれていたんでしょう?」
「そうだね」
「僕が大きくなるのを見るたび目を細めていたね」
「子供の成長はうれしいものだよ」
「追手を殺すたびにうらやましそうだった」
「人間は簡単に死ねるからね」
「でも、いまは悲しそうな顔をしてる」
「まさか今はの際に未練があるなんて思いもしなかったんだ」
「まだ生きていたい?」
「体は喜んでいるんだよ」
「ナイフはあるよ」
「それはお前が生きるためのものだよ」
「わがままだね」
「そうだね」
「どうして僕を拾ったの」
「寂しかったからさ」
「どうして育てようと思ったの」
「もう少し時間があると思っていた。お前がちゃんと大人になるまでくらいは大丈夫だと思っていたんだ」
「神様に嫌われた体なのに、神様の言うとおりに死ぬんだね」
「今は、人間たちが誰も信じていないから、私が代わりに行ってやるんだよ」
「神様を憎んでいたんじゃないの?」
「昔はそうだったね」
「いまは?」
「そう悲観するような一生じゃなかった。お前のおかげだね」
「たのしかった?」
「ああ。とても」
「もっと、生きていたい?」
「死ぬなら、今がいい」
「……そう」
「ああ、時間だ。さいごの確認をしよう」
「うん」
「ひとつめ」
「プレケスであることを言わない」
「ふたつめ」
「ポエナの話は知らないふり」
「みっつめ」
「出来るだけ健康な生活を心がけること」
「よっつめ」
「あなたのあとを、追わないこと」
「よくできました。いい子だね」
「ああ、ほんとうに長く生きた。ありがとう、我がままに付き合ってくれて。ありがとう、私の息子になってくれて。おまえのおかげで、私は幸せだった」
「さようなら、おめでとう」
「ウィータ」
「……おとうさん」
花畑の中心で、掘り返され、少し沈んだ冷たい土のうえで、男が横たわっている。少年の視たとおりのすがたで、眠ったように死んでいる。そばにいた少年はまだほんのりとぬくもりを持った頬に触れた。もう、少年に対して笑むことはない。もう、少年を優しいまなざしでみることはない。叱られることも、褒められることもない。
男の頬に、ぽたりとしずくが落ちた。次から次へと滴るそれは、男のまぶたを、鼻を、口元を、そして少年の手を濡らした。
少年はしばらく男を見つめたあと、そっと、となりで山を作っていた土を掬った。ぱさり、ぱさりと少しずつ男のうえに落としていく。空いた空間を埋めるようにして、男と同じ高さまで土を流し、そうしてから足の先に取り掛かった。だんだんと体に積みあがっていく中で、最後の最後まで、顔は埋めなかった。
空は満点の星空であった。少年は男と根が切れないように丁寧に抜いた花を、男が埋まる土の上に植え替えた。誰にも見つからないように、わからないように、丁寧に、丁寧に。その手つきは、かつて男が愛する妻を看病したときと似通っていた。
了
ポエナの衝動 おかみ @okaming222
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