身体能力自体は普通の人間となにも変わらない。鍛えれば強まるし怠ければ衰える。生まれつきで屋根のうえを飛び越すことができるわけでも、獣の足に追いつけるわけでも、人ひとりをつぶせるような握力があるわけでもなかった。ただ、彼らには滅多に死なないからだとそれに伴う時間があった。時間は彼らを猛者に変えた。できるだけ早く死ぬために生きる彼らは、なにかを続けることにたけていた。あるものは毎日弓を引いた。あるものは毎日剣を振るった。あるものは毎日鉄と向き合い、毎日金槌を振り上げた。他人に向けるためではない。傷付けるためでもない。異様に長い生をなるべく短くするためだけに、彼らはそれぞれにひとつのことを極め上げた。人間からすれば気が遠くなるような長い時間だ。

 その努力が、人間に向けられた時、どうなるか想像に難くない。

 友人が鍛えあげた剣をもって、向かってきた人間の首を薙いだ。手に振動が伝わる。血をまき散らして倒れるそれを見送ることなく、ウィータは剣を目の前の人間に突き刺した。斬って薙いで打って刺す。それを延々と繰り返している。彼らなら瞬きふたつで消え去るような傷でさえ、人間は死んだ。両手が赤く染まろうと、頬についたぬめりの感覚がなくなろうと、ウィータは手を止めることはなかった。それほどまでに憎かった。胸にたける炎は収まるどころか勢いを増して、延々とウィータの胸を焼き続けている。どういうつもりで殺したのだ。なぜ殺す必要があったのだ。お前たちがあがめていた力を持ったものだ。慈しまれて育つはずの子供だったのだ。死ぬために生きるおのれとは違う生を歩んだかもしれなかったのに、これからどう生きるのかを決められる年頃であったのに! そんな思いがうねり猛る。そのすべてがウィータの力となった。

 利き腕が飛んだ。すぐに胸を突かれた。ウィータは取れた腕を拾って下がる。再生のあいだの時間は仲間が稼いでくれる。一歩踏み込んできた人間が射抜かれた。首を刈ろうとした剣が仲間のそれで弾かれた。そうしているあいだにも、ウィータの身体には血の筋が這い、穴の開いた胸を、ちぎれた腕を元通りにする。あれだけ疎んだからだを、ここまでありがたく思うことはあとにも先にもこの一度きりだろう。このときのために、おのれは生まれたのだとすら思った。

 傷付いた仲間の代わりに剣をはじいて肉を絶つ。どこを突けば死ぬのかなんて手に取るようにわかった。傷付いて一番死が遠ざかるところを斬ればよかった。剣は体の一部のように動いた。人間は再生することもなく死んでいく。一つ剣を振るうたびに死体が出来た。

 勇猛に襲い掛かってきた人間たちの表情はみるみるうちにひきつっていった。隣の人間が一突きでやられるのを見るたびに、一瞬だけ剣筋が鈍る。その隙をついて横腹を薙いだ。腕を、首筋を、足の腱を斬った。それでも、彼らは進軍自体をやめることはなかった。一歩後ずさろうとも、そこから背中を向けることはなかった。そういうふうに訓練されているのだろう。プレケスに死期を予言されたものもいるのかもしれない。死期を決められ、その通りに死ぬのが美徳とされているこの世界で、彼らは臓腑に傷を受けるだけで息絶えることができるのだ。彼らはすぐに、こちらの悲願を叶えることができた。

 ウィータは盾で剣を受けた。甲高く耳をつく音とともにびりびりと腕に痺れがやってくる。嗚呼。遠くにいた同胞が人間の首筋を射抜いた。血が舞って新たに鉄のにおいが鼻をかすめる。嗚呼。視界がにじんだ。どうしようもなく叫びたかった。相手の剣がきらめいてウィータの足を切り落とした。重心が前に倒れて、手に持っていた盾で強く顔を打つ。同胞に足を握られるが、引き寄せる前にうなじを刺された。視界が赤く染まっていき、空気を取り入れたいのに、のどに空いた穴からそれが漏れていった。傷を受けた部分が発熱する。ウィータの体を赤い筋が這った。ウィータを殺そうとした兵士は、もう同胞に首を落とされていた。ごろりと土の上に転がった頭が、おびえた表情を貼り付けたまま彼の目の前にある。

 なんて羨ましいんだろう。人間はこんなに簡単に死ねる。おのれの種族が求めてやまない死を、戦に出ただけですぐに授けられるのだ。

 足がつながった。空気が漏れなくなった。ウィータは傷ひとつなくなった足で地面を踏みしめて立ち上がる。同胞に振り上げられた盾でいなし、その首を刎ねた。

 ウィータは死んでしまいたかった。愛した妻と子どもを奪われた悲しみのままこの世界を去りたかった。だというのにこの体はすぐには死ねず、悲しみはすぐに怒りと憎しみに変わり、これまでの積み重ねを振り上げるまでに至った。人間が至らせた。彼らはただ静かに毎日を繰り返すことが出来ればよかったというのに、ただ異端というだけで殺すのだ。幸せそうに笑う女を、これから先を見ることができるだろう子供を殺した。

 ああ、なんて憎らしいのだろう。血が地面を汚すたびに、ウィータは信じもしない神に叫ぶ。どうして、なぜ。おのれと違うというだけで他人を害するような生き物がこんなにも簡単に我らの悲願を給えるのだ。彼らは神に願ったことはなかった。ただ、できるだけ早く願いを叶えるために、日々努力を重ね続けた。怪我をしないように、病に侵されないように、適度に動き、適度に笑い、栄養のある食事をとっていた。自傷を続けるものだっていた。一握りではあるけれど、それだって努力には変わりない。再生するとて、傷付けば相応の痛みを伴うのだ。

 傷を受けては再生する。死にかければ再生する。願いを叶えるために貯めた日々を使って、彼らは何度だって立ち上がる。あと何回傷を付けられれば死ねるのだろう。ウィータはそんなことを考えながら人間を殺しつづけた。全く動かなくなった同胞を見ると羨望とともに感謝を贈った。妻子のためにありがとうと、おめでとう、と。痛みが苦手だった。平穏な日々を愛していた。ほとんどの同胞がそうだった。だというのにこうして武器を取ってくれたことをうれしく思う。彼らに憎しみを抱かせたのは人間だった。けれど、激情に駆られるほどに愛を持ったのはウィータの妻と子どもの存在だった。

 早く死にたい。そんな衝動が種族の習性だった。ウィータとてそれは変わらない。だけれど、いまは。ウィータは思う。憎らしいこれらが二度とこんなことをしでかさないように、悔い改めるまでは、おのれの命が尽きなければいい。

 彼らからすれば異端ともいえる願いだった。そんな願いを、神は受け入れたのだろうか。なんど切りつけられようと、彼よりも長く生きていた同胞が倒れようと、ウィータの身体は再生し続けた。戦場の前線を突っ切り、敵の将の首を人質に、今後害を与えることがないよう締約させたことで戦は終わりを告げる。国は兵士の半分以上を失ったが、彼らの種族の被害はその十分の一程度であったという。

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