第15話 動き出す影

 薄暗い広間で複数人の話し声が聞こえる。

 中央に大きな円形のくぼみがある。


 そのくぼみを囲むように通路らしきものが十あった。

 その通路の前にはカーテンのようなものが掛けられている。

 各通路の奥からわずかな光が漏れてカーテン越しに人影が見える。

 暗く閉ざされたカーテンが三つ、光で照らされた人影が七つ。


 中央のくぼみの中心に青い球状の機械が一つ置かれてた。

「首尾はどうなっている?」

 中央に置かれた青い球状の機械から男の声が聞こえる。

 声からして三十代から四十代といった感じが伺える。

 男の声は低い声だがはっきりと響き渡った。


「猊下、計画の八割は終了したと報告を受けています」

「うむ。オスカー、計画に必要な場合は協力を惜しむな」

「は!」

 オスカーと呼ばれた男の声は少し若かったが、しっかりとした返事で答えた。


「ただいま、『探究者』が最後の仕上げに入ったの事です」

 また別のカーテン越しからは落ち着いた女の声で付け足した。

「上々だな。ロゼは引き続き、管理を怠るな」

「は!畏まりました」


「猊下、ルクレット王国でクーデターを起こすことにどのようなメリットがあるのでしょうか?」

「ロルフよ、貴様は命じられたことをこなせば良いのだ。余計な詮索は身を亡ぼすぞ」

「は!申し訳ございません」

 ロルフと呼ばれた男は恐縮気味な返事をする。


「『メルドバーン大陸』に向かった『炎帝』と『巫女』からの報告は何か上がっているか?」

「は!今のところまだ何も報告は受けておりません」

「ふむ。了解した。ロゼよそちらのほうの管理も任せるぞ」

「は!畏まりました」

「それでは、各々計画の遂行に尽力せよ」

「は!」

 猊下の言葉に一同が返事をする。


 一人の男の前に数人のローブを着た者達が膝をついている。

「ジェロディ様、猊下はなんとおっしゃっていたのでしょうか?」

「計画の進捗の確認だ」

 ジェロディは不機嫌そうに答える。


 サイクロプスでの階位は『第2席』のジェロディであるが、計画の全貌を知らされておらず、計画自体にも参加していなかった。

 ゆえに自分は信頼されていないのではないかという疑問を抱くと同時に底知れぬ不安が込み上げる。


「『メルドバーン大陸』でも大規模な計画が発動される予定になっているみたいだが……確かに『炎帝』は分かるが……何故『巫女』なのだ!」

 ジェロディの前で膝をついている一人に声を荒げて叫ぶ。


「炎帝様とジェロディ様は同格でございます。それゆえに炎帝様の補佐として巫女様がご同行されたのではないでしょうか?」

 声を荒げるジェロディに落ち着いた態度で答える。

「ふん!物はいいようだな!」

「滅相もございません。事実だと思い発言致しました」

「分かった。もう良い」

 依然機嫌が直らないジェロディであったがそれ以上は何も言わなかった。


 ジェロディは椅子にもたれ掛かり、グラスを取る。

 ローブを着た男がすっと葡萄酒を注ぎ込んだ。

 注がれた葡萄酒を一気に飲み干し、グラスをローブの男に投げつけた。

「えーい!忌々しい!」

 再び声を荒げてローブの男にあたる。


「随分荒れているのね」

 聞きなれた女の声が部屋に響く。

 部屋の入り口付近に立っている女がゆっくりと部屋を見渡す。

「クリマ!なんの用だ?」

 ジェロディは入り口付近に立つ女に問う。


「ちょうど今、『探究者』からの報告があったのよ」

「『探究者』から?」

「どうやら王都にシグナルレンジの雷帝が入ったそうよ」

「雷帝?なんの為に?」

「さあ?それは分からないわ」

「それで?」


「『探究者』から協力要請よ」

「何?奴なら一人でも大丈夫だろ?」

「そうね。何も問題無いと思うけど……念には念をということじゃない?」

「なるほど……それでその協力要請は誰だ?」

「指定はしていないわ」

「ほう。それでは俺が行っても構わないという事だな?」


 ジェロディは鋭い眼光でクリマを見る。

「そうね。ただし、『探究者』の指示に従うことが絶対条件よ」

 クリマは笑みを浮かべジェロディに告げると

「数隊のエクエスレギオーを連れて行くと良いわ」

 と付け足した。

「了解した!」

 ジェロディの表情は破顔する。


「さすがは『請負人』ね。それでは頼んだわよ」

 クリマはウインクをして部屋を後にした。

「ジェロディ様、おめでとうございます」

 ローブを着た者達が一斉に述べると

「ああ、お前たちも一緒に来い!」

「は!」

 一斉に返事をした。

「雷帝か?一体どんな奴だ……楽しみで仕方ないな!」

 ジェロディは大きな声を上げて笑った。


「何?請負人が?」

「そうよ。十分でしょ?」

 機械越しに聞こえてくる女の声に苛立ちが隠せない。

「……大丈夫なのか?」

「あなたの心配は分かるわ。だけど適任だと思わない?」


「……炎帝は?」

「彼は今、『メルドバーン大陸』よ」

「……なるほど、流石は猊下といったところだな」

「ええ。あなたも計画を急いで次の段階に」

「ああ、分かっている。あの雷帝は請負人に相手して貰って、私は計画の遂行に専念するさ」

「頼んだわよ」

 女の言葉を聞いて男は機械を静かに机の上に置いた。


「さて『アルフレッド・イース』君の様子でも見に行きましょうかね」

 独り言を呟きながら男はホテルの部屋を後にした。


 ホテルを出て中央広間を西に歩くと王立魔導学園が見えてくる。

 その魔導学園の向かいに大きな建物があった。

 マルシェ商会の本部の建物だ。

 男はマルシェ商会の本部に入る。


 本部の一階部分は広いスペースが設けられており、所々に上質のソファーが置かれていた。

 所謂エントランスホールと呼ばれるものだ。

 エントランスホールにはたくさんの商人たちが集まっていた。

 男は正面のカウンターに向かい、女性スタッフに声を掛ける。

「会長の『アルフレッド・イース』様と面会の約束があるのだが」

 見るからに紳士な男を見て、

「少しお待ちください」

 丁寧な対応で答える女性スタッフ。

 女性スタッフは書類に目を通してから

「承っております。こちらのカードをお持ちになって六階の会長室まで向かってください」

 女性スタッフに手渡れた少し分厚い手のひらサイズのカードを持って階段に向かった。


 部屋の前で男は身だしなみを整え、扉をノックする。

「どうぞ」

 部屋の中からの返事を聞いて、扉を開ける。

 部屋の窓際に設置された上質な机に腰を掛ける青年がいる。

「これはマルキオー様。よくぞおいで下さいました」

「多忙なアルフレッド様に貴重なお時間を頂き恐縮でございます」

 マルキオーと呼ばれた男はマルシェ商会の会長でルクレット王国の経済連の会長を務めるアルフレッドにお辞儀をして挨拶をした。

「そんな所にお立ちにならずに、ささこちらへ」

 アルフレッドはマルキオーを机の前に設置しているソファーに促した。

「それでは、失礼致します」


 マルキオーはソファーに座ると、アルフレッドは部屋に合ったもう一つの扉を開けて

「飲み物を二つ用意してくれ」

 と扉の向こうに居るであろう人物に声を掛けていた。

 アルフレッドはマルキオーと対面する形でソファーに座り

「計画は順調です。あなたに頂いた情報のお陰でスムーズに事を運ぶことが出来ました」

「それはそれはよろしゅうございますな。それで決行はいつ頃になるのでしょうか?」

 マルキオーの問いに

「そうですね。遅くても数日中には……少なくともあの悪魔の法が執行される前には決行しないと行けません」

「悪魔の法……都市間関税のことですな」

「はい。その通りです。あの法案が通ればこの国の経済は大きく傾きます。王族や貴族はより一層裕福になるでしょうが、一般人には死活問題になるでしょう。その為に我々が食い止めなければなりません」


「それで『クーデター』を?」

「はい。我々には法を覆す権力などございません。法を決めるのは王と一部の貴族のみです。彼らの都合の良い法は一般人である我々には悪魔の法としか言えないのです」

「そうですか……クーデターとなると流血は避けられませんな……」

「覚悟の上です」

 アルフレッドの目には一点の曇りもなかった。

「王国軍と戦って勝てるのですか?」

 マルキオーはもっともな疑問を問いかける。


 洗礼された王国軍と一般人である商人が争っても勝てる見込みなど無い。

 そんな無謀な戦いに挑もうとしているからマルキオーは不安になる。

「その点につきましては、傭兵団を雇いました」

「傭兵団?」

「はい。傭兵団『白い狼』です」

「なるほど、あの帝国の『白い狼』ですか。それは心強い」

「これでこの国を根底から変えることが出来ます」

「私も微弱ながら力を貸しますぞ」

「ありがとうございます」

 アルフレッドはマルキオーにお辞儀をする。

 お辞儀をするアルフレッドを見ながらマルキオーは不敵な笑みを浮かべた。

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