第06話 白ハットの紳士

 リース達は宿の戻り一息入れた。

長旅の疲れがどっと出たのかティアラはぐっすりと寝ている。

その寝顔は無防備であどけなく、年相応に見えた。

「この年であれだけの強さ……ティアラ、君は一体何者なの?」

帰ってくることのない質問を投げかける。

そのうちリースも疲れたのであろう、ゆっくりと眠りの世界に誘われていった。


月に照らされた山の中。

二人の男が剣を交えている。

幼きティアラはただ見守ることしか出来ない。

父の戦う姿は凛々しく、優雅に思えた。

対する男もまた力強く、父に負けないぐらい優雅だった。

剣の交わる音だけが山に響く。

時折放たれる魔法は邪道と言わんばかりにその戦いには不釣り合いだと感じた。

何刻ぐらいだろうか?

随分二人は打ち合っている。


そのうち父が膝をついた。

対峙する男の剣が父の前に突きつけた。

月の明かりだけでは父の表情など分からない。

しかし、ティアラにはしっかりと父の表情が見て取れた。

それはとても満足し、満たされた表情だった。


「ダメ─」

ティアラは慌てて父の元に駆け寄る。

しかし剣の斬撃のほうが早かった。

父はその場に倒れこんだ。

ティアラが駆け寄り父を揺さぶるが、既に反応は無かった。絶命したのだ。

ティアラの憎しみを込めた目が対峙する男に向けられる。

男は無表情のままでティアラをじっと見つめ返す。

男の左目の上には二本傷があった。

ティアラはその傷をしっかりと目に焼き付けた。

男は剣を収め、その場から立ち去る。

立ち去る男をじっと見つめ下唇を噛みしめる。

そして動かなくなった父に視線を戻し、涙を流した。


ティアラは頬に流れる涙で目を覚ました。

見慣れない天井がティアラを少し困惑させる。

上半身を起こし周囲を見渡したティアラは隣にリースが居ることで少し落ち着いた。

「また、あの夢……」

ティアラは立ち上がり窓の前に立つ。

窓から見える都は、朝の始まりの独特な時間帯で東から登る太陽の光が建物に当たりその後ろに影を落とす。

少し靄のかかった空はゆっくりと目覚めるように太陽を受け入れる。

こうしてまた一日が始まるのだと感じながら、ティアラは部屋の外に出た。


部屋の外に出ると、まだ朝も早いのに隣の部屋から一人の男性が出てきた。

少し年配の白いハットをかぶった紳士風の男性。

服装は黒色のフォーマルスーツに丸眼鏡を掛けている。

自然とその男性に目が釘付けになるティアラに

「おや、これはこれは、おはようございます。今日もまた良い天気ですな」

男性はゆっくりとした口調で笑顔で声を掛けた。

「おはようございます。そうですね。良い天気ですね」

ティアラも挨拶をした。

「どうです?これから少し庭園を歩きませんか?」

男性は宿の庭を歩かないかとティアラに提案する。

「はい。私でよろしければ」

ティアラは丁寧な口調で承諾した。


二人は宿の庭に出る。

まだうっすらと暗い庭を二人で歩く。

「あなたはどうしてこの王都に?」

男性の質問に

「仕事です」

「そうですか。なんのお仕事をされているので?」

「ギルドの依頼でやってまいりました」

「そうですか。そうだと思いましたよ」

男性は納得した表情でうんうんと頷いた。

「なぜ?そう思われたのですか?」

ティアラは不思議に思い質問をする。


「私は少し特殊な力があるんですよ」

「特殊な力?」

「私は長年、加護者の研究をしてまいりました」

「加護者の研究?」

「はい。ですが、正確には加護者が契約する『存在』について研究してきたのです」

ティアラにはよく分からないことだと思った。

「『存在』の研究?」

「そうです。そしてある時から、『存在』の声を聴くことが出来るようになったのです」

「『存在』の声?」

「なので、あなたが加護者だとすぐに分かったのですよ」

不思議なぐらい人を引き付ける笑顔で男性はティアラに言った。


「私が加護者だと分かったのは『存在』の声を聴いたからという事ですか?」

「はい。その通りでございます」

「一体どのような声を?」

「あなたは、加護者の中でも特に珍しい方のようですね」

ティアラは男性の話を黙って聞くことにした。

「あなたは重複契約をされているのですね」

男性の言葉に動揺する。

「なるほど、雷帝龍『イブ・ラファエル』と邪王『エインセル』ですか。これはまた、とんでもない『存在』と契約をなさっているのですね」

「……それは彼女たちから聞いたのですか?」

「ふふふ、そうです。しかし『帝』の位と『王』の位の二つとは、本当にまあ凄い驚きですね」

「……あなたは一体何者ですか?」

ティアラは言い当てられてかなり動揺している。


「私は本来、考古学の研究が専門でしてね、その過程で『加護者』が契約する『存在』を知ったのです。『存在』は一体どういうもので、人類に何をもたらすのかをずっと考えていたんですよ。するといつの間にか『存在』の声を聴くことが出来たという次第です」

ティアラは男性の目をじっと見つめる。

男性は笑顔でティアラを見つめ返した。


「なるほど、本当の事のようですね。それではお願いします。私の契約については黙っていてもらえないでしょうか?」

「ほうほう。それはなぜゆえにございましょうか?」

「連れに余計な詮索をされるのは困るからです」

ティアラはリースに知られる訳に行かないと思っていた。

「分かりました。黙っておきましょう」

「ありがとうございます」

深々と頭を下げた。


「ところで考古学と言っていましたが、その研究とはどういった内容ですか?」

「この世界の神話や伝承を科学的に証明しようと遺跡や文献を調べると言ったことですね」

「なるほど、この国もそう言った物があるのですか?」

「もちろんですとも。遺跡や文献などは世界中どこにでもあるのですよ」

嬉しそうに話す男性の姿にティアラは微笑みかけた。


「そう言えば、お名前をお聞きしても?」

ティアラは男性の名前を知りたくなった。

何故知りたくなったのかは分からないが、この男性は人を引き付ける魅力がある。

「私めの名前は『インクィ・リターティス』と申します」

「ありがとうございます。私は『ティアラ・ノース』と申します」

「これはこれはご親切に、それではティアラ様、戻りましょうか」

「そうですね」


二人は宿の中に戻り、それぞれの部屋に戻った。

部屋に戻ったティアラはリースがまだ寝ているのを確認すると、一つの機械を取り出した。

通信機のような機械を操作すると、ザザーと音が鳴り、やがて人の声が聞こえた。


「ティアラ、そちらはどうですか?」

機械から若い女性の声が鮮明に聞こえる。

「エリナ、こちらは今、王都に来ています。もう少し王都で調査します」

「分かりました。私も近いうちにそちらに合流することになると思います」

エリナと呼ばれた女性の声に驚くティアラ。

「え?なぜですか?」


「不確かな情報ですが、『神皇聖騎士団』の第7位が王都に入ったそうです」

ルートデインの『神皇聖騎士団』

その主要メンバーは謎に包まれている。そのうちの一人、第7位がこの王都に来ているという。

「なるほど、それは私一人では少し荷が重いかも知れませんね」

「はい。『サイクロプス』の存在もありますのでティアラには引き続き『サイクロプス』をお願いします。私は今の仕事が片付き次第、そちらに合流します」


「分かりました。それまで出来るだけ『神皇聖騎士団』と『一つ目』の情報を入手しておきます」

ティアラはそう言って、機械を操作し、部屋が静寂に包まれた。

リースはその機械を片目を開けてみていた。

もちろんティアラ達の会話も全て。

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