丹念に作り込まれた知的なビルドゥングスロマン。

非常に熱量が高く、高品質な作品です。
同時に、とてもクールな側面を持つ作品でもあります。

簡単にストーリーを解説するなら――
魔法の発達した国『レジスタ共和国』は、破滅的な厄災を振り撒く人類の天敵『影の王』の出現を受け、未曾有の危機に瀕していた。
この厄災『影の王』討伐の為、人類に残された時間は十二年。
『レジスタ共和国』の魔法研究士達と主人公のアキムは、その十二年の期間内に無敵としか思えぬ『影の王』攻略を成し遂げねばならなかった。
――と、いう物語です。

この物語の肝となる部分は、やはり主人公・アキムの成長にあるのではと感じます。
物語序盤、好奇心旺盛で知識を得る事に貪欲なアキムは、しかしどこか人付き合いの下手な、周囲を見渡す事の出来ない、未熟な少年として描かれています。
そんなアキムが『影の王』討伐を巡り、様々な危機、謀略、悲劇、挑戦、戦闘を経て、少しずつ成長して行くのですが、その過程の積み上げ方が非常に見事で、お話を読み進める中でアキムに対して親近感が沸き、アキムと共に冒険している様な気持ちにさせられます。

アキムを取り巻く人間模様は非常にリアルであり、アキムに対して周囲の人々がどんな想いを抱いているのか、彼らの行動の意味は何か、真意は何処にあるのかという、人間の内面を深く掘り下げ、自他の問題について考えさせる様な構造となっており、この点も非常に興味深く読む事が出来ます。
登場するキャラクターもそれぞれ魅力的であり、ああ……彼はこんな事を考えていたのか、こんな風に思っていたのかと、何度も何度も心揺さぶられます。

また、この物語のタイトルにもなっている「ソフトウェア魔法」、この点も見どころの一つです。
強大な敵『影の王』と対峙するに辺り、過去の文献に習いつつ力を蓄えながらも硬直化してしまった組織の中にあって、主人公・アキムが柔軟な発想に基づいて研鑽された特殊な魔法体系――という感じでしょうか。
この柔軟な思考の基に成立する「ソフトウェア魔法」という考え方は、やがて魔法体系や戦術的観点のみならず、戦略的観点すら一新するほどの大きな思考・思想にまで広がって行くようで、『影の王』と戦う為にこれほどの……! と、その思考の展開に心を動かされます。

そして最大の見どころはやはり『影の王』との直接戦闘でしょうか。
直接戦闘が最大の魅力となる理由として、その戦闘に至るまでのエピソードの積み上げが本当に見事であるという、ここに尽きると思う次第です。
戦闘の行方を追う中で「なるほど、アレはこういう意味だったのか!」と、過去のエピソードを思い出しては納得を繰り返すという、ここに快感を覚えます。
同時に「なぜこんな事になったのか?」という危機と疑問の配し方も見事であり、後のエピソードで、どの様な回答が得られるのかという、そこに興味の持続が感じられます。
まさにビルドゥングスロマンという言葉が相応しい、読んで損の無い、一読の価値ある傑作だと感じた次第です。

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