【C++】ソフトウェア魔法の戦術教本~影の王を撃て!~

くら智一

▼「ソフトウェア魔法VS.影の王」

Ver1.1 最弱の魔法

最弱の魔法(1)

 身もふたもない話に聞こえるかもしれないが、この世界に「ソフトウェア魔法」など存在しない。100年ほど昔、異邦人によって伝授された「魔法」なる異能の力に対して、アキムという若者が独自の概念を組み合わせ発展させたものを何者かが「ソフトウェア魔法」と呼び始めた。


 アキム・ミヤザワは世界の異端者である。「役に立たない」と烙印を押された文献の愛好家だ。無用な書物から無用な知識を得ようとする愚か者だが、一方で槍の尖端せんたんの如く鋭い感性はすべてを「ソフトウェア魔法」に必要な材料だと納得させる力を持っている。


 今からつづるエピソードは、剣を持つ兵士が国の存亡を賭けて戦っていた文明未成熟の時代。風変わりな発想を持つアキム・ミヤザワが、「魔法」を研究する同僚たちと切磋琢磨した日々、そして祖国たるレジスタ共和国を滅ぼそうとする「影の王」といかにして戦ったのかをでまとめた冒険活劇だ。


 ひとつ耳を貸していただければ光栄である。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――震えるほど凄い。私は輝く光景に目を細めた。


 仰げば青色の波が空を覆っていた。足元のはるか下には一面緑の草原に白いローブを着た人間たちが整列している。彼らは縦10人、横10人の正方形の集団を作っていた。一様に同じ方角を向いて100名が一糸乱れることなく等間隔に肩を並べている。正方形は横に向かって10組並んでいる。


 ひるがえって彼らの視線の先、蒼穹そうきゅうの向こうには、禍々まがまがしい気配に包まれた黒く巨大な球体が宙に浮かんでいる。


 白いローブ姿の集団100名の先頭中央に立つ人物が右手を天に向かって掲げた。後方にいる者たちは祈るように両手を合わせ、口元を動かす。長い文言をつぶやいているようだ。


 集団の先頭から別の2名が進み出た。純白の衣装の長い袖を両側へ広げて何かを叫ぶ。彼らの身体から光が満ちあふれ、まばゆい発光に飲み込まれた身体は端から溶けて形を崩した。まるで人でなくなったかのように白い粘土状の姿へ変身を始める。


 2人が身体を白くいびつな形に変えてひとつとなる。粘土となった彼らはゆっくり姿を変え、何やら筒状のものを作り上げる。やがて細部にいたるまで形を整え、1台の大砲が誕生した。口径50センチメートルにも及ぶ砲身は、照準を視線のはるか先、巨大な黒い球体へ合わせていた。


 背後に並んでいた者たちも次々と身体を白い塊に変えた。今度は100名近い人間が一箇所に集まり、金属製の機械を思わせる装置を作り上げていく。白色の精密機械……異様なサイズのコンピューターだ。一部がコードとして伸び、砲台へと連結した。


 すでに人間の姿をした者は残っていない。精密機械と砲台は音を立てて起動し、振動と同時に輝く力を生み出し始めた。人間だった身体はハードウェア。そこから生じた力を集めて大砲へ送る機能はソフトウェアだろうか。機械が低いうなり声を上げると、間もなく砲口が輝き始める。


 機械と大砲はひとつずつではない。左右に幅広く10組存在した白いローブ姿の集団は、残らず同様の姿に変身した。


 砲口が発する轟音。同時に膨張した光が飛び出した。10箇所で起こった。大きな光弾は長く尾を引きながら、蒼穹の下を直進する。まるで巨大な光の矢だった。矢は標的に向けて最短距離を稲妻の如く通り抜ける。射線の先、空中に浮かぶ黒く巨大な球体は瞬く間に10本の光の矢が突き刺さり、身体の一部が弾け飛んだ。光弾は続々と砲台から発射され、光の束に串刺しとなった球体は原型をとどめぬほどバラバラに崩れていった。


 ――最高の気分だ。


 高揚感に包まれた最中さなかだった。唐突に空の彼方からアキムと叫ぶ声が聞こえてきた。いつの間にか空は色を失い、世界全てが白い機械と同じ無彩色へと変わっていく。私は両腕いっぱいに広げていた想像の翼を折り畳んだ。世界は姿を消し、急速に暗転した。





「アキム、昼間から床に寝そべって読書か。頼もしい奴だな……」


 木の香り漂う図書館で仰向あおむけに寝転んでいた私は、頭上から不意に声をかけられて気だるい視線を向けた。季節は10月初頭の中秋。柔らかな日差しが窓から降り注いでいた。顔の前方では愛読書がページを広げている。


 誰に話しかけられたのかは確認せずともわかっていた。魔法研究所のレッドベース先輩だ。年齢は17歳の私より4歳年上の21歳。背がとりわけ高く、赤色の頭髪を額の上で跳ね上げている。お洒落しゃれにも余念が無く、懐に入れた小さな金属の手鏡を取り出しては時折、クシを片手に整え始める。


 年齢はたいして変わらないが聡明な魔法士であり、魔法研究所では先輩後輩を問わず人気があった。自分も身なりだけは先輩と同じ白のローブをまとっているが、不似合いなのか印象はまるで違うみたいだ。


「放って置いてください。読書にはのめり込む性分なんです」


「アキム……7日後には『影の王』のしもべが動き始める。魔法士としての自覚があるなら最低限、集会だけでも顔を出したらどうだ?」


 レッドベースは魔法研究所の新入生である私に目をかけてくれている。ここレジスタ共和国が誇る魔法研究所は、新しい魔法研究生を4年に1回募集している。彼は1期上の先輩研究生だ。きっと世話好きな性分なのだろう。年下への面倒見が良い。


 やれやれ……私は不平を口の中で転がしつつも、手にしていた本を脇へ置いた。ローブのしわは気に留めず、床から背を起こしてあぐらの姿勢で座る。


「先輩……、私が魔法研究生を続けているのは国立図書館の蔵書目当てなんです。魔法士としての責務はいずれ必ず果たします。今日は見逃してください」


 頭を下げて返答し、再び本に手を伸ばそうとした。


「まあ、待てって……」


 レッドベースは表紙の寸前まで伸びた指先を制した。床に腰を下ろしあぐらをかく。


「おまえのやりたいことは知っている。だが、先輩の俺が後輩をさとす理由もわかるよな。国を脅かす黒い球体『影の王』は強大な存在だ。魔法研究士、魔法研究生全員にとって影の王撃退は100年の悲願。無論おまえの活躍だって求められているんだぞ」


 魔法に携わる「魔法士」は2種類いる。「魔法研究士」は私たちの教官だ。「魔法研究生」は勉強しながら、あくまで研究士を補佐するのが本分らしい。


 赤髪の先輩は私の反応を眺めているようだったが、不意に高い声をあげた。


「……ん? おまえの趣味も酔狂だな。そりゃあ役に立たない書物だろう?」


 役に立たない書物……レジスタ共和国では、現実と異なる内容が絵図入りで記された書物を総称、時には蔑称して「役に立たない」教科書と呼んでいた。


「確かに国からは価値がないと酷評されています。人間が空の上にのぼるとか、夜でも明るい土地があるとか、フィクションを現実のように書いてある文献など、誰もがおかしな目で見るのは当たり前です。けれど、同じような書物がたくさん存在しているんですよ。国立図書館で保管している以上は何か意味があるはずです。むしろ普段目を向けられないから重要な情報が落ちているかもしれないじゃないですか……」


 夢中になってしゃべってしまった。先輩の手が落ち着け、と目の前をさえぎった。


「おまえの主張には一理ある。でも時と場合によりけりだ。『影の王』との戦いにはレジスタ共和国の未来がかかっている。影どもの問題が片付いたあと、ゆっくり読書を楽しめばいいさ」


 正論だ。年長だからか大抵、正しいことを言う。私は置いた本をつかんで立ち上がった。


「わかりました。集会に出席します。『趣味』は空いている時間で続けることにします……」


 レッドベース先輩は満足げに、口の端をニヤリと吊り上げた。


「それで良い。魔法研究の一環として不必要な知識はないというのが俺の持論だ。アキム、おまえの読書がいつか影の王攻略の足がかりになることを願っているよ」


 赤髪の先輩は立ちあがり、国立図書館の出口へ歩き出した。私も彼の背中に続く。人のまばらな木造の図書館がことさら寂しくなってしまうが、致し方ない。

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