「おいしい」と感じられた瞬間、呼吸が戻ってきたのかな。体に。心に。

フツウにすること、というのは、何なのか。鎖か、呪いか。
学校に通うこと。人と会話すること。何かをほしがること。
食べること。睡眠をとること。笑うこと。呼吸をすること。
フツウのことがフツウにできない苦痛は、言葉にならない。

ユキノは、不登校になってしまった自分を責め続けている。
母に対する息苦しさと後ろめたさと、自覚しづらい苛立ち。
閉じ籠もったまま、ぐるぐると、悪循環を繰り返す日々に、
突然、ちょっと変なマジョが不思議な料理とともに現れた。

英国育ちの若い男性マジョのニワトコさんは、料理上手だ。
ニワトコさんのホストマザーであるキワコさんも温かい人。
ユキノは、ニワトコさんやキワコさんと親しくなるにつれ、
少しずつ自分の心が見えてくる。心を言葉で表現し始める。

ユキノと母との葛藤は、形を変えながら続いていくだろう。
ニワトコさんにも自己解決できない苦悩があるのだろうし、
キワコさんは老いていく。タケシもつまずくかもしれない。
安っぽいハッピーエンドではないからこそ、温かく力強い。

ユキノは昔の私だ。
書きたい小説がまだある、まだまだ伸びしろがあるんだと、
それだけにすがっていた。ただただ、みじめな毎日だった。
食べることも眠ることも声を発することも下手くそだった。

「フツウじゃないから、だったら何だ」と、今なら言える。
今だから、ユキノの物語を、きちんとした距離感で読めた。
読めてよかったなあ、と思う。
魔女レシピの再現ごはん、作ってみたい。

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