もっと多くの人に読んでもらいたい、至極の創薬ドラマ

御影治也は冴えない研究者だ。大手製薬会社に務めながらも化粧品の基礎研究に回され、大きな研究テーマには携われず、単調な日々を送っていた。
そんなとき一匹のスキニーギニアピッグ(毛のないモルモット)の異変に気づく。彼は、「おこげ」と名付けたその実験動物から抗がん剤に活用できるかもしれない成分を見出した。
肝臓がんの危険性が高まっている自分の母親を救うために、御影治也はひっそりと新薬開発の研究を始める。

本作は新薬開発に携わる人々の努力と奮闘を描いた人間ドラマです。
画期的な抗がん剤を作ろうとする主人公が、様々な壁にぶち当たりながらも仲間たちと共に一歩ずつ乗り越えていく展開は、読んでいく内に頑張れと応援したくなります。
薬の開発ということで学術的な用語がありますが、著者の計らいで専門用語の解説もわかりやすく書かれている親切設計。
研究の進み具合や改善の方法なども、一般の人が日常的に使うモノや用語を交えて語られているため非常にわかりやすい!
研究者ってどんなことしてるの? 薬ってどうやって作られるの?
そんな疑問に答えてくれて、かつ面白さも詰まっている物語です。

本作で登場するキャラクター達もとても魅力的。
主人公「御影治也」
独り言が多くパッとしない男ですが、抗がん剤開発のためにひたむきに進む芯の強さと、見返りを求めない優しさを兼ね備えている。

ヒロイン「朝比奈みつき」
お姉さんタイプの女性で、彼女が登場するだけでほっとする癒やし系。

もう一人のヒロイン「伏見玲奈」
気が強くて頑固な一面もあるけれど、頼れる研究者であり打ち解けるほどに可愛さが増す素敵な女性。

相棒「マシュー・ウィリアムズ」
へんな関西弁を話す陽気な白人だけど御影治也の心強い味方。

この四人が様々な葛藤や苦難を乗り越え、ときにのんびりした日常を過ごし、秘めた思いや恋を発展させていくのですが、この四人がチームにまとまっている安心感が何とも心地よい。
御影&みつきさんの場合はひたすらほっこりさせられるし、御影&玲奈はひたすらニヤニヤさせられる。このキャラクター達がいたからこそ読み進められたといっても過言ではありません!

そしてちょっと真面目に語ります。
後半は創薬ドラマから一転し、予想を大きく飛び越える展開が待ち受けています。御影治也は自分の信念のもと、誰かを助けるために突き進んできました。しかし彼の前には大人のしがらみや人間社会の問題、そして世界そのものが立ち塞がります。
作中では確か「副作用のない薬などない。それでも医者は、リスクよりリターンが大きいから使う」という台詞があったと思います。
万能薬など存在せず、人は自分の身体を弄り遺伝子を組み替えてまで生きようと足掻く。そこに生命を壊すリスクを加えながら。
それは本当に正しいことなのだろうか?
生きるとは何だろうか?
まさに人間全てに掲げられた命題を真っ向から書こうとしている作者様の姿勢に、ひたすら感銘を受けるばかりです。

最後はサイエンスフィクションとして、あり得るかも知れない未来の姿が描かれています。読み終わったとき、どう捉えるかは人それぞれかもしれませんが、少なくとも心には残る終わりでした。
とにかく最後まで読んでみてください!!

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