第9話 ジルドの実力
俺とジルドさんは早速、ネーヴェルク公爵家専用の訓練場の使用許可を得て向かった。
さすがは武門の家というところか。訓練場はそこそこの広さがあり、綺麗に整備されていた。ちらほらとグランバルドさんの私兵とおぼしき兵士の姿も見られる。
皆、俺とジルドさんが入ってきたことで驚いているようだ。
「あれがお嬢様の従魔か……。」
「一緒にいるのはジルド元近衛騎士団長殿だぞ……。」
ひそひそと話しているが、結構聞こえてしまう。ジルドさんには尊敬の眼差しが向けられているな。
ジルドさん団長って呼ばれてたけど、まさか近衛騎士団長だったとは。確か王族の人たちを護るような立場だろ?実は結構偉い人?
それにしても、引退するには若すぎる気がするが………。
「………俺の肩書きが気になるか?」
どうやら疑問が顔に出ていたらしい。あまり触れて欲しくなさそうだったが、聞いてもいいのだろうか。
俺はジルドさんの問いに、ゆっくりと頷いた。
「自慢じゃあないが、俺は近衛騎士団長なんて大層な立場にあったんだ。王族の方々に信頼されててな。」
懐かしむように目を細めて薄く笑うジルドさん。その顔には少しばかりの悔しさが滲み出ていた。
「だけど、一年くらい前に魔王軍のはぐれ者どもがこの王都にまで入り込んだ事件があってな。そのときに魔族の呪術士を陛下に近寄らせちまったんだ。なんとかその魔族は切り捨てたんだが、死に際に俺に能力低下の呪いをかけていきやがった。そのせいで今の俺は昔の十分の一程度の強さしかねぇ。………まぁ、俺が甘かっただけなんだけどな。全く恥ずかしい話だぜ。」
自嘲気味に笑ったその声には元気がなかった。
魔物の俺が言えることかはわからないが……
「サイゴマデ、マモルベキモノヲマモレタノナラ、ジルドハリッパニシメイヲハタシタコトニナル、トオモウ。」
そう言ってジルドさんの顔を見ると、少し驚いたあと、強さを感じる笑顔で返してきた。
「へっ………ありがとよ。」
訓練場の闘技スペースらしきところに着くとジルドさんは訓練用の剣を持ってきて構えた。俺もローブを脱いで取り敢えず構えを取る。素手だけど。
まって!?俺の武器は!?えっ!?オーガは武器無しですか!!?絶対痛いだろ!!
「ジルド、オレノブキハ?」
「ん?お前さんに必要か?肌も既に鋼鉄並みの強度っぽいし、いらねぇだろ。そんじゃいくぞ!」
マジか!!?合図とかも無しですか!
ジルドさんは鋭い踏み込みで勢いそのままに俺の左肩に打ち込んできた。
俺は咄嗟に左腕を上げて斬撃を逸らそうとする。
ガギイィィン!
えっ?なんだこれ!?腕を斬られると思ったのに、実際には金属同士を打ち合わせたような硬質な音が鳴ってジルドさんの剣を弾いた。
俺は左手をよく見るが、かすり傷ひとつ見当たらない。
「だから言っただろ?お前さんに少なくとも今は武器なんて必要ねぇよ。ちなみに今のは森でオーガを倒したときと同じくらいの斬撃だからな。」
ジルドさん、容赦ないわ〜。確かになんともなかったけど!心の準備というものがあると思います!だいたい、護る立場にありながら自分から斬り込ん「よし、次々いくぜ!」ちょ!まだ準備が!!
ジルドさんの本当に弱体化しているのか怪しい斬り込みを次々と弾いていく。周りからは余裕があるように見えるかもしれないが、実際にはそんなことはない。
もうやだぁー!この人、目とか的確に狙ってくるんですけどぉー!!あんた本当に騎士なんてやってたの!?やり方がえぐいわ!!
多分これでも手加減されているんだろうなと思いつつ、拙い戦闘技術で攻撃をさばいていく。すると、段々と『体の動かし方』というものがわかってきた気がする。これがブライ・オーガの特性か……。
余裕が出てきたので反撃もしてみる。しかし、それはあっさりと避けられた。
「ムゥ………!」
「ははっ………おいおい、お前さん強くなるの早すぎねぇか?ブライ・オーガってこんなだったか………?」
それからも俺たちの攻防は日が傾き始めるまで続いた。
「フゥ………フゥ………。」
「はぁー………。よし、そろそろ決めるとするか。いくぞ。」
睨み合った状態で俺は頷く。
次の瞬間、互いに鋭く踏み込んだ。
今度こそと思って拳を振りかぶるが、突然ジルドさんが目の前から消えた。
「ナニ!?」
「【バニシング・ソード】!」
後ろか!!間に合わないっ!
咄嗟に振り向くがジルドさんは大上段に振りかぶっているところだった。
まぁ、最初にしちゃあ上出来じゃないだろうか………。
「ツァールト!頑張って!負けないでーっ!」
ハッとして目を見開くと視界の端に、叫んでいるシュリアの姿が映った。
「グオォォォオ!!」
俺の近距離での咆哮にジルドさんはほんの僅かに怯む。
その刹那、俺はジルドさんに向かってさらに距離を詰め、左手でジルドさんが振り下ろす剣を持つ手を掴み引き寄せる。
その勢いに任せてジルドさんを………投げ飛ばした。
「ちょ!?おま!離すんじゃねぇーよー!」
叫びながらジルドさんは横に宙を飛んだ。我ながら素晴らしい投げだった。………まぁ、ジルドさんなら大丈夫だろう。多分。
一息ついて構えを解く。
「ツァールト!」
ボフッ!という感じでシュリアが飛んできたので受け止めてゆっくりと抱き上げる。汗臭くないだろうか。嫌われないだろうか。それが今一番大事なことだ。決してジルドさんの安否なんかではない。
「やったー!わたしのツァールトの勝ちよ!ジルドに本当に勝っちゃうなんて、さすがはわたしの騎士さまね!」
よかった臭くはないみたいだ。これでひと安心です。
シュリアの満面の笑みにつられて、俺も笑顔になる。ふと、周りを見渡すと兵士の皆さんが拍手を送ってくれていた。
「すげぇ……あのジルドさんに勝っちまったぞ。」
「見事な投げ飛ばしだったな……。」
「シュリアお嬢様の騎士なんて羨ましい……。俺も抱き上げたい。」
おい、最後のやつ顔は覚えたぞ!シュリアに近寄るなよ!
俺は讃えてくれる兵士の皆さんにペコペコと頭を下げる。みんなが笑顔で俺のことを見てくれていた。ちょっと泣きそう……。
「いてて………やっぱり今の俺じゃあお前さんには勝てないか。森で出会ったときにそんな気はしてたが、想像以上だったぜ。知性があるせいかもな。」
腰をさすりながらジルドさんが戻ってきたが、少し気になることを言っていた。
「チセイ……?」
「ああ。普通のブライ・オーガは確かに特性によって劇的に強くなるが、それはあくまで身体能力の上昇だ。だけど、お前さんは俺の動きを見て、受けて、『技術』を学んでいただろ?それは知性のなせるわざだな。普通のブライ・オーガはあんな武闘家のような洗練された動きには成長しない。」
なるほど、これは思わぬ収穫だったな。技術を学べば、普通の魔物よりも強くなれるのか。
「それじゃあ帰りましょう?わたし、お腹すいちゃったわ!」
少し恥ずかしそうに上目遣いで言うシュリア。
「そうですね。帰りやしょうか。」
シュリアとジルドさんに頷いて返し、三人で訓練場を後にする。兵士の皆さんが手を振って見送ってくれた。もちろん、シュリアと俺で手を振り返す。気持ちの良いものだな。
俺たちを照らす夕陽は日本にいた頃よりもあたたかく、綺麗に感じられた。
「ジルド、シュリアトハナストキダケ、『シタッパトウゾク』ミタイダナ………。」
「!?う、うるせぇよ!敬語が得意じゃないんだ!!………王族の方々は寛容だったしな。もう、それには触れるなよ?」
「アア、………オレハフレナイ。(読書の皆さんがどう思うかはわからないがな!)」
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