第4話 オーガとエルフ

契約フェアトラーク】の魔法の光が収まっていき、元の川岸の風景に戻る。俺はいまだシュリアと額を重ねていた。とても心地よく、俺の心音まで伝わってしまいそうなくらい静謐な空気であった。


「………おい。もう離れていいだろ。」


むっ。無粋な輩が側におったわ。ジルドさんが若干機嫌悪そうに腕を組んでいたが、俺はあえて無視して警戒はされないように、ゆっくりとシュリアを片腕で座らせるような形で抱えあげる。


「おい!言葉わかってんのに無視かよ!?」


ジルドさんがうるさいなぁ。シュリアも俺にもたれ掛かりながら、溜め息をついて首を横に振っていた。


「な……お嬢様まで!お、俺がなんかおかしいですかい!?」

「「ジルドは空気が読めないね。(ジルドハクウキガヨメナイナ。)」」

「早速、主従の息がぴったりでよろしいことだなぁ!!?」


そんなやり取りをしてから、ジルドさんがひとつ深く溜め息をつくと、こちらに向き直る。


「まぁ……契約したんなら、もうお嬢様に危害は加えられないか。そこだけに関しては強力な拘束力がある魔法だからな。……お嬢様を泣かせたら、俺が許さねぇからな。」

「ワカッテイル。オレモ、ジルドトトモニシュリアヲ、マモル。」


真剣な言葉には真剣に答える。ジルドさんの覚悟は本物だったと思うから。


「はぁ……溜め息が止まらねぇよ。全く、とんでもない魔物が生まれたもんだな。………お嬢様、とりあえずエレナにも事情を説明しなきゃなんねぇんで馬車のとこに戻りやしょう。」

「分かったわ。」


俺はシュリアを抱えたまま、ジルドの後をついて行く。その間、シュリアはずっと嬉しそうに俺のことを見つめていた。





しばらく歩いて行くと、不意にジルドが立ち止まってこちらに振り向く。


「おい、「この子はツァールトよ。」………ツァールト、俺の他にいる護衛はエレナっつってな、そいつぁエルフなんだが……その、オーガ嫌いなんだわ。………死ぬなよ?」


ジルドさん!?それ、もっと早く言うべきことじゃない!?俺の命に直結することだよね!!?しかも、なにフラグ建てちゃってんの!?「お前もな」って言えばいいの!?


「大丈夫よ!きっとツァールトならエレナだって仲良くなれるわ!ツァールトはとってもいい子だもの!」


……シュリアさん?期待してくれるのは嬉しいですけどね?俺、内心はビビリまくってますよ?


「……まぁ、取り敢えず行ってみるか。」


ジルドさん、他人事だと思って……。恨めしく思いつつも、渋々、ジルドさんの後につづいて街道に出る。


木がなく、ある程度は平らにしてあるようだ。幅は馬車がすれ違えるほどだろうか?


少し離れたところに豪奢な馬車が停まっていた。ジルドさんがそちらに向かっていくので、どうやらあれがシュリアたちの馬車らしい。


「……スゴイ、ナ。」

「ふふっ。ツァールトには変なものにみえるかしら?」


俺の馬車を見ての呟きに、シュリアが楽しそうに聞いてくる。


「ヒトゾクハ、アレニノッテイドウスルンダロウ?」

「すごいわ!ツァールトは馬車を知っているのね!わたしの家はここバルティア王国のネーヴェルク公爵家っていう貴族でね?あの馬車は『勇者』が伝えた、ばね?っていうものを利用してて、長い間座っていてもおしりが痛くなりにくいのよ?」

「ソ、ソウナノカ。シラナカッタナ。」


シュリアは嬉々として話しかけてくれる。ちょっとびっくりしたが、シュリアの話す様子を見ていると、心が温かくなる。


それにしても、勇者、か。召喚されたのだろうか?……あちらの世界から。

今は気にしてもしょうがないけどね。


馬車の近くまで来るとジルドさんがエレナさんというエルフの女性を呼びに行った。俺がいて大丈夫なのか確認するためなのだが……かなりビビってます。


「なんだ?ジルド、遅かったじゃないか。お嬢様はご無事だろうな?」

「まぁ、な……取り敢えずこっち降りてきてくれよ。その……冷静に、な?」

「?はっきりしないもの言いだな。一体、どうしたと……っ!?」


降りてきたエレナさんは長いプラチナブロンドの髪をひとつに纏めて肩から胸にかけて流しており、今は俺を見て驚愕しているのがうかがえる瞳は翡翠というべき色の、スレンダーな美女であった。


「ブライ・オーガだとっ!?何故ここに!?」

「お、落ち着け?な?」

「落ち着いてなどいられるかッ!!私の仲間の仇だぞっ!」

「わかってる!だけど、こいつぁお嬢様の従魔だ!お前さんの仇とは別だ!」

「オーガなどっ!オーガなど皆同じだ!穢らわしく、野蛮な魔物ではないかっ!!」


これは……エレナさんとオーガの間には深い因縁がありそうだな。今にも俺を殺しに来そうだ。


ふいに、左胸に手を当てられシュリアのほうを見ると、不安げにしながらも問いかけてくる。


「ツァールトなら……エレナとも仲良くなれると、わたしは思ったの。………できる?」


ふぅ……ちょっと怖いんだけど、かわいい主人の望みだしね。最大限の努力をしてみますか。


「マカセロ。」


一言だけ言って、エレナさんのところに向かう。


「!おい!今くんな!洒落になんねえぞ!?」

「ジルド!ツァールトは任せろって言ってくれたわ!お願い!信じて!」


ジルドさんもシュリアの言葉に渋々、エレナさんを離す。


エレナさんは俺を憎々しげに睨みつけている。それでも俺はゆっくりとエレナさんに近づく。すると、一瞬エレナさんは怯えの色を瞳に写した。………ここだな。


俺は立ち止まって真摯に言葉を紡ぐ。


「オレハ、オーガダ。ダガ、シュリアハトモダチニナッテクレタ。オレハ、エルフノアナタトモ、ナカヨクナリタイ。……オレハ、ダメダロウカ?」

「っ!?」


予想外の言葉だったのだろう。かなり動揺したようだ。心の動揺は隙である。だからこそ、すぐに心は落ち着こうとする。エレナさんも、少し落ち着きを取り戻し、やがて長く息を吐いた。


「…………すまない。確かにお前は私の知るオーガとは異なるようだ。だが、少なくとも今は仲良くなれる気はしない。私には余り近寄らないでくれ……頼む。」


そう言ってエレナさんは馬車の後ろに乗り込んでいった。


ふぅ……。まぁ、なんとか繋がったかな?シュリアのためだけじゃなく、俺自身もジルドさんやエレナさんと仲良くなりたいからな。


それにしても、近寄らないでくれ、てのはかなり悲しいな………ぐすん、いいもんね、遠回しに「俺じゃなくて、もっと気の合う人がいるんじゃないかなあ」とか鈴木くんに言われたことあるし!?それに、今はシュリアがいるもんね!ちょーラブラブだしぃ!?……ラブラブだよね?え?死語?聞こえない。


「……んじゃあ、お嬢様、取り敢えず屋敷に帰りやしょうか。………、グランバルド様にも報告しなきゃならんでしょうし。」


渋い顔になってそう言うと、御者台に登った。ん?ジルドさんが様ってつけるんだから、おそらくグランバルドさんってのがシュリアのお父さんだよな?必ず報告するべきなんじゃあ………。まぁ、報告内容である俺が言うことじゃないけどね。


「………わかってるわ。」


シュリアの表情が硬くなる。………彼女の力になれる事なら進んでやるつもりだ。


「シュリア、コレカラヨロシク。」


俺が声を掛けると、シュリアはハッとして次の瞬間には笑顔で俺に応えてくれた。


「えぇ!もちろんよ!ツァールト!こちらこそ、よろしくねっ!」


そう言うと、馬車に乗り込んでいく。

シュリアの心の支えになるために、自分がどうしたいのかを改めて考えないとな……。


「んじゃ、帰るぞー!」


こうして俺たちは出逢えた。おそらく長い付き合いになるのだろう。そんな気がする。

物思いにふけりつつ、俺は馬車を見送って………って、おい!?


え?俺走りなの!?ずっと!?ジルドさーん!乗せてー!忘れ物ですよー!?せめて街までどのくらいなのー!?おーしーえーてーー!!

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