第3話 『オーガ』vs『オーガ』

「くそ、マジで出やがった……。タイミングの悪いヤツだ。………エレナのやつ、気づくといいんだが。」


護衛の兄さんは悪態をついてはいるものの、オーガ一体くらいならば一人でもなんとか対応できるような雰囲気だ。一応、近くに仲間もいるらしい。


向こうのオーガのほうは、牙を剥き出し2人を威嚇していて今にも襲いかかりそうだ。俺はとてもハラハラして少女の方も見ると、俺を見ても平気だったのに、なぜか緑色のオーガには怯えていた。立っているのがやっとといったところだろう。


「グルゥ……ガアァァーー!!」


俺が少女を心配していると、緑色のオーガがついに護衛の兄さんに襲いかかる。


「チッ……!しゃあねぇな!」


護衛の兄さんはオーガの右腕の振り下ろしを懐に潜り込んで回避しつつ、その腕を剣で斬りつける。


「はっ……!」

「ギ、ガアァァアーーー!!」


オーガは腕の傷を左手で押さえて膝をつく。このままいけば護衛の兄さんが勝ちそうだ。

俺がそんな風に安堵していると、


「きゃあ……!」


少女の悲鳴が聞こえた。俺は護衛の兄さんから少し離れて立っていた少女の方を見る。すると、少女は座りこんでおり、その視線の先には向こう岸の少女に近い木の陰からもう一体の緑色のオーガが出てくるところだった。


「なっ………!?オーガが2体だと!?くそ……!お嬢様!すぐにそっちに………」


護衛の兄さんも少女の悲鳴に気づき、そちらに走り寄ろうとするが、


「グルゥアァァーー!!」


傷を負ったオーガが仕返しとばかりに護衛の兄さんの行く手を阻んで再度襲いかかる。


「邪魔だー!!クソ野郎!」


傷を付けられた怒りからか、護衛の兄さんの斬撃を何度もくらうがなかなか倒れない。


その間に少女に向かって下卑た視線を向けながら、もう一体のオーガが向かい始めた。


「い、いや………!こないで!!」


(これは……もう、隠れてる場合じゃねぇ!時には自分の状況を悪くしてでも、前に!)


俺は少女を助けるべく、吠えながら川へとおどり出る。


「ガアァァアーーー!!」

「んなっ!?3体目だと!?やめろぉぉー!!」


護衛の兄さんの叫び声が聞こえたが、気にしてる場合じゃない!俺は拳を握りしめて少女に覆い被さろうとしているオーガの顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。


その瞬間、俺の黒い腕に鮮血のような赤いラインが浮き出ると、インパクトの瞬間に威力が数倍に膨れ上がったのが体感としてわかった。


ドゴォォォォン!


生き物を殴ったとは思えない音が出て緑色のオーガが木を薙ぎ倒しながら飛んでいった。

俺が自分の凄まじい力に呆けていると、右脚に何かつかまる感覚がしたので目を向けると、少女がいまだ震えながらも俺のことを嬉しそうに見上げていた。


俺もオーガだっていうのに。


俺はしゃがみ込んで、少女の目を見つめてから無言で彼女の頭を落ち着けるように撫でる。すると、少女の震えは次第に収まっていき、まだ少し強張ってはいたが俺に笑顔を向けてくれた。そして、


「……ありがとぅ。」


そう、小さく呟いた。

その瞬間の俺の中で巻き起こった歓喜は言い表わすことのできないものだった。人に対等な「ひと」としてお礼を言われる、それだけのことが今までの俺は未経験だった。人と相対すれば常に怯えられる、オーガになった今でもそれは変わらないだろう。だけれど、異世界に来て初めて、ばあちゃん以外に俺のそばに寄ってくれる人に出逢えた。その事実が唯々、嬉しかった。


気づけば少女が不安そうな顔になって俺を見ている。どこか怪我でもしていたのだろうか?と不安になり少女を気遣うが、彼女は先ほどまで川を挟んでしていたように真っ直ぐに俺を見つめて、


「……どうして、泣いているの?」


と問いかけてきた。そこで初めて、俺が涙を流していることに気づく。慌てて涙を拭い、少女におそらく凶悪であろう笑顔をなるべく柔らかく見えるようにしながら向ける。それだけで彼女は不安げな表情を笑顔に変えて向けてくれた。


俺は孤独じゃなくなったんだ。



「お嬢様から離れやがれぇ!オーガァ!!」


護衛の兄さんの声でハッとする。声の方に顔を向けると、俺のことを睨みつけて剣を構えた護衛の兄さんが近くに立っていた。たった今最初のオーガを倒してきたのだろう。肩で息をしていて、疲労しているのがわかる。


俺はそっと少女の側から立って2、3歩後ろに下がる。護衛の兄さんはそんな俺をみて一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに少女と俺の間に入って俺に向かって剣を構えた。


「お嬢様……馬車が停まってるとこに走っていけやすかい?エレナにすぐに馬車を出してもらってくだせぇ!こいつぁ……俺じゃ無理だ!……ランクZの災害指定を受けた魔物、『ブライ・オーガ』!敵と認識したものに対しては魔王にも引けを取らない強さだ!冒険者ギルドにも報告を!」


護衛の兄さんは俺の種族を知っているようだ。薄々、ただのオーガではないと思っていたが、まさか災害とまで言われるとは……。

とりあえず、俺に2人を襲う気などないので、もう安心だろうか。

しかし、これからどうしようか。ゆっくりと森の奥に行くべきか……。


正直に言うと、この少女のそばに居たい。変な意味じゃないが、ペットでもなんでもいいので、この子の近くにいたいと、俺は強く感じたのだ。そんな想いが通じたのか、


「まってジルド!この子は悪い魔物じゃないの!わたしを助けてくれたのっ!だからお願い!この子と戦わないで!」


少女が必死に俺を庇ってくれる。これはかなりくるっ!泣きそうですよ、鬼いさん。この子、鬼殺しですわぁ。こんなことを考えている間にも護衛の兄さん改め、ジルドさんは俺を注意深く観察していた。


「……確かに、知性と理性が感じられやすが、魔物に絶対はないかと……。シュリアお嬢様の護衛として、これ以上の失態は晒せねぇんでね。」


ジルドさんは警戒しつつも、殺気らしきものは消してくれた。さっきからピリピリしていたのだ。中身は高校生なので、殺気とか怖いです。そんなことはジルドさんには伝わらないけどね。


それよりも重要な情報が聞けたよ。シュリアって名前らしい。彼女にぴったりな綺麗な名前だと思う。うん、シュリアちゃん、絶対忘れないぞ!シュリアちゃん、シュリアちゃん、シュリアちゃん………。


「シュ、リア。」

「「…っ!!?」」


あ、思わず声に出してしまった。テヘ。すんごくびっくりしてるな、2人とも。写真に納めたいくらいの表情ですね。ジルドさんのはいらないです。


「……あなたは、お話できるの?」


シュリアちゃんから質問された!よし!張り切って答えましょう!


「……デキル。」

「「っ!?」」


もうちょっと優しい声なら良かったよ。でも、シュリアちゃんは全然怖がってはいないようだ。むしろ、どんどんお目々の輝きが増してるような気がします。


「あなたはとても賢い子なのね!」

「……シュリアト、オハナシ、シタイ。」


シュリアちゃんが笑顔を向けてくれるので、俺も自然と笑顔になる。こんな幸せなオーガでいいんでしょうか?


ちなみに、俺が笑顔になったらシュリアちゃんは天使の微笑みを見せてくれたが、ジルドさんはビクってなった。やっぱり怖い顔なのね。


「………なぁ、お前さん、なんで魔物なのにお嬢様を助けた?」


ジルドさんも野暮な質問をしてくるもんだね、やれやれ。


「……オレハ、シュリアノコト、スキニナッタ。マモルノハアタリマエ。」

「……へぇ、魔物のくせに、いっちょ前に男してんのかい。」

「ジルド!そんな言い方ないわ!この子は心がきれいなの!心の在り方に人も魔物も関係ないわ!」


出会って間もないというのにシュリアちゃんはことごとく俺のウィークポイントをついてくる。そりゃあ、惚れますわ。


「………お前さんは魔物、シュリアお嬢様は人族、これは覆せねえぞ?わかって言ってんのか?」

「ソンナコト、カンケイナイ。シュリアノソバニイタイダケ。」


俺にとって第2の人生の、いや、魔物生の大事な場面だ、真剣に返答する。


「……………。」


ジルドさんは黙り込んでしまった。しかし、黙考している間も俺から目は離さない。それだけ真剣にシュリアちゃんの護衛をしてきたのだろう。


「なら、この子をわたしの従魔にする!そうすれば問題ないわよね!」


このシュリアちゃんの言葉に、俺とジルドさんは揃ってポカーンとしてしまった。


「ちょ!?お嬢様!?本気ですかい!?ランクZの魔物と従魔契約なんて聞いたこともない!あれは互いの了承のうえで、額と額を付けて詠唱しないといけないんですぜ!?知性があるなら、なおさら危険だ!騙そうとしてる可能性だって……」

「それはないわ!だってわたしがこの子に一目惚れしたんだもの!絶対にわたしのことは傷つけないわ!」


ええ〜〜……。それ、とっても嬉しいんだけど理由になってないよ、シュリアちゃん。意外と強引な性格だったのね………まぁ、そんなところもかわいいですけどね!


どうやら、ジルドさんも俺と同じことを思ったらしいが、なにやら気が抜けている。俺、いますよー?


「はぁ…。なんかもう、お嬢様がそう言うと大丈夫な気がしてきやしたよ………。ただ、こいつが妙な動きを一瞬でも見せたら、俺は死ぬ覚悟でこいつを止めまさぁ。それだけは覚えておいてくだせぇ。」


ジルドさんは最後に俺をひと睨みすると、ひとまず剣を下ろした。ちょー怖かった。内心で俺が震えていると、ジルドさんの後ろからシュリアちゃんがそろそろーっと出てきた。さっきの勢いはどうしたんだろうか?俺は片膝をついて目線を合わせて迎える。


「あなたはわたしの従魔………いえ、『友達』になってくれる?」


………こんなに、こんなにたくさんの欲しかったものを、シュリアちゃんは俺にくれると言うのか。前世では誰に求めても拒絶されたものを、向こうから求めてくれた。


向こうで生きていれば、いずれはばあちゃんの言ったように俺の本質に向き合ってくれるひとにも出会えたかもしれない。でも、シュリアちゃんに感じるものは、そんな『誰でもいいもの』じゃなかったんだ。出逢うのは『シュリアちゃんじゃなきゃダメ』だった。


心の在り方を大切にする者どうし、「心が惹かれ合う」のは必然だったと今は信じたい。


「モチロン。シュリアハ、オレノ『ハジメテノ』トモダチ。」

「ふふっ。……ありがとう。」


はそう言って、そっと俺の額と自分の額をくっ付ける。


「我、シュリア・ディム・ネーヴェルクと汝、ブライ・オーガの『ツァールト』は魔の契約を以って、今ここに主従の縁を結ぶ。【契約フェアトラーク】」


この世界で初めて見る魔法は、優しい光で俺たちの、『ツァールト』とシュリアの行く先を照らしてくれていた。


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